「有価証券報告書の様式が変わると聞いたが、自社は何をいつまでに準備すればよいのか」。2026年2月20日、企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)が改正され、公布と同時に施行されました。改正の中身は、SSBJ基準の適用、人的資本開示の拡充、そして総会前開示の促進という3つの柱に分かれます。
この記事では、金融庁が公表した改正の内容にもとづき、3つの柱がそれぞれ何を求めているのか、どの会社がいつから対応するのかを整理します。有価証券報告書のサステナビリティ開示や人的資本開示の全体像を押さえたうえで、府令レベルの要件を確認したい方に向けた内容です。
この記事の目次
開示府令改正(2026年)とは|3つの柱と適用時期
今回の改正は、正式には「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(令和8年内閣府令第5号)です。2026年2月20日に公布され、同日から施行されました。あわせて企業内容等開示ガイドラインも改正され、同日から適用されています。
改正の3つの柱
金融庁の説明によると、今回の改正は次の3点を目的としています。ひとつはSSBJ基準の適用開始に向けた環境整備、ふたつめは人的資本開示の充実、みっつめは有価証券報告書を定時株主総会の前に提出する「総会前開示」の促進です。
いつから適用されるのか
3つの柱は、適用の始まる時期が異なります。人的資本開示と総会前開示は2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、SSBJ基準は規模に応じて段階的に始まります。いずれについても、施行日以後に提出される有価証券報告書での早期適用が可能とされています。
| 改正の柱 | 対象 | 適用の始まり |
|---|---|---|
| ① SSBJ基準の適用 | 平均時価総額3兆円以上のプライム市場上場会社 | 2027年3月31日以後に終了する事業年度 |
| ② 人的資本開示の拡充 | 有価証券報告書の提出会社 | 2026年3月31日以後に終了する事業年度 |
| ③ 総会前開示の促進 | 総会前開示を行う会社 | 2026年3月31日以後に終了する事業年度 |
つまり、多くの会社にとって先に来るのは②の人的資本開示です。SSBJ基準の適用は対象会社が限られ、開始も1年後になります。順番を取り違えると、準備の優先度を誤りかねません。
柱①|SSBJ基準の適用が義務になる会社
対象は時価総額1兆円以上のプライム上場会社
改正開示府令では、時価総額1兆円以上の東京証券取引所プライム市場上場会社に対し、SSBJ基準に従ったサステナビリティ情報の開示が義務づけられました(改正開示府令19条の9第1項)。適用対象外の会社であっても、同基準を任意で適用することは可能とされています(同条2項)。
有価証券報告書では、原則として「サステナビリティに関する考え方及び取組」の項目に記載します。将来の第三者保証の範囲を明確にする観点からも、記載場所をそろえることが適当と説明されています。サステナビリティ情報の第三者保証は、今後の制度化が見込まれる論点です。
判定に使うのは「平均時価総額」
対象になるかどうかは、ある一日の時価総額ではなく「平均時価総額」で判定します。たとえば2027年3月期の有価証券報告書であれば、複数の事業年度末の時価総額を合計して年数で割った額を使います。金融庁の解説では、2024年3月31日・2025年3月31日・2026年3月31日の時価総額を合計して3で除した額という例が示されています。
段階的な適用の第一陣は、2026年3月31日以後に終了する事業年度の末日を基準として、5事業年度の末日における時価総額の合計を5で除した額が3兆円以上となるプライム市場上場会社です。この会社は2027年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書から適用されます。株価の変動で年度をまたいで対象が入れ替わりうるため、自社の位置は毎年確認しておくのが安全です。
二段階開示とスコープ3の経過措置
初年度の負担に配慮した経過措置が2つ用意されています。ひとつが二段階開示です。適用開始年度とその翌年度については、SSBJ基準に従って記載すべき事項を有価証券報告書にいったん記載せず、翌期の半期報告書を提出すべき期間の末日までに、訂正報告書で記載することが認められています。
もうひとつが、SSBJ基準側の経過措置です。適用初年度については、スコープ3の温室効果ガス排出量に関する定量情報を開示しないことができるとされています。算定の体制づくりに時間がかかる部分に、猶予が置かれた形です。
ただし経過措置を使う場合は、その事実を明らかにする必要があります。有価証券報告書の該当項目の冒頭では、SSBJ基準に準拠している旨、19条の9第1項と2項のどちらの適用を受けるのか、二段階開示や経過措置の適用を受けているかどうかを記載することとされています。「使うかどうか」ではなく「使ったと書けるか」まで含めて設計しておくとよいでしょう。
柱②|人的資本開示の拡充
「従業員の状況」が有報の後半へ移る
人的資本については、記載場所そのものが動きます。従来「第1【企業の概況】」の5に置かれていた「従業員の状況」が、「第4【提出会社の状況】」の5「従業員の状況等」へ移されました。そのうえで、この項目は「⑴【人材戦略に関する基本方針等】」と「⑵【従業員の状況】」に分けられています。
従業員数などの数字を並べる欄だったところに、方針を語る欄が加わった、という位置づけです。人的資本経営を掲げてきた会社にとっては、社内の議論を開示の言葉に翻訳する作業になります。
新しく求められる3つの記載事項
新たに記載を求められるのは、次の3点です。
| 記載事項 | 押さえどころ |
|---|---|
| 企業戦略と関連づけた人材戦略 | 連結子会社ごとではなく連結会社全体として記載。「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」に書いた経営戦略と関連づける |
| 従業員給与等の額および内容に関する決定方針 | 上の人材戦略を踏まえた方針。提出会社に係るものに限定した記載も可能 |
| 従業員の平均給与の対前年比増減率 | 数値の記載。決定方針が平均給与にどう反映されたかを時系列で確認できるようにする趣旨 |
3点目が定量情報であることに注意が必要です。方針を書くだけでは足りず、方針と数値の対応が読めるようにすることが求められています。業績の影響で方針と実際の推移がずれる場合には、必要に応じてその旨を注記することも考えられると説明されています。
なお、女性管理職比率・男性育児休業取得率・男女間賃金差異については、女性活躍推進法等にもとづいて公表している場合に有価証券報告書へ記載する扱いが、2023年の改正で既に導入されています。DE&Iの数値開示や男性育休の取得率公表と地続きの論点です。
「最大人員会社」という考え方
給与等の決定方針は提出会社に限定した記載も可能ですが、例外があります。提出会社が主として子会社の経営管理を行う会社である場合には、提出会社に加えて最大人員会社の方針も記載することとされています。持株会社形態の企業グループでは、ここが実務の分かれ目になります。
最大人員会社とは、外国会社を除く連結子会社のうち従業員数が最も多い会社を指します。その会社の従業員数が連結会社の従業員数の過半数を超えない場合には、次に従業員数の多い会社も含みます。この場合、最大人員会社についても従業員数・平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与(賞与を含む)・平均年間給与の対前年比増減率を記載する必要があります。
最大人員会社の決算日が提出会社と異なることもあります。その場合は提出会社の決算日時点の情報を集める方法や、最大人員会社の決算日時点の情報を記載する方法などが想定され、データ集計のしやすさなどを踏まえて適切な方法で開示することが考えられるとされています。誰がどの数字を集めるのかを先に決めておくことが、初年度の実務では効きます。
柱③|総会前開示の促進
決議事項の記載が2項目に絞られた
有価証券報告書を定時株主総会の前に提出する総会前開示は、投資家が議決権を行使する前に詳しい情報を読めるという利点があります。一方で、総会でまだ決まっていない決議事項を記載する負担が壁になっていました。
改正開示府令では、総会前開示を行う場合の定時株主総会または取締役会の決議事項に係る記載事項を、自己株式の取得および剰余金の配当に関する事項に限定しました。投資家の関心が特に高いと考えられる項目に絞り、開示負担を軽くすることで総会前開示を促す狙いです。
あわせて臨時報告書の扱いも整理されています。総会前開示の実施の有無にかかわらず株主総会で決議事項が決議された場合、また総会前開示を行って有価証券報告書に記載した決議事項が修正または否決された場合には、臨時報告書の提出が必要とされています。
基準日の後倒しという実務対応
実務では、議決権行使や剰余金の配当に係る基準日を決算日と同じ日にすることが一般的です。総会前開示を進めるうえでは、議決権行使に係る基準日を後倒しし、そのうえで総会の開催日を後倒しする方策が有効と考えられると説明されています。その場合、剰余金の配当に係る基準日や、実務上は中間会計期間の末日に設定されている中間配当の基準日も後倒しする対応が考えられます。
基準日を動かすには定款の変更が必要になる場合があり、開示だけの話では終わりません。総会前開示は経理・IR部門だけで決められる論点ではないと押さえておくのが実際的です。
実務では何から手をつけるか
優先順位は、適用時期から自然に決まります。まず2026年3月31日以後に終了する事業年度に効く人的資本開示の拡充です。人材戦略を経営戦略と関連づけて書けるか、給与等の決定方針を文章にできるか、平均給与の対前年比増減率を出せるかを確認します。持株会社であれば最大人員会社の特定も必要です。
次に、自社がSSBJ基準の適用対象に入るかどうかの判定です。平均時価総額で決まるため、経理部門だけでなくIR部門とも数字をそろえておきます。対象に入る場合は、二段階開示やスコープ3の経過措置を使うかを早めに決めます。使う場合は、その旨を有価証券報告書に書くところまでが要件です。
総会前開示は、実施するかどうか自体が経営判断です。基準日や総会日程の後倒しを伴うため、法務部門を含めた検討が必要になります。サステナビリティ開示基準の全体像やISSB基準との関係もあわせて整理しておくと、社内説明がしやすくなるでしょう。
なお、非財務情報のうち将来情報、統制の及ばない第三者から取得した情報、見積り情報に係るセーフハーバー・ルールについては、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告(2025年12月26日公表)で提言され、今後の制度整備が検討されるとされています。将来情報の書き方は、この動向も見ながら固めていくことになります。
まとめ
- 2026年2月20日に開示府令が改正・施行された(令和8年内閣府令第5号)。柱はSSBJ基準の適用・人的資本開示の拡充・総会前開示の促進の3つ
- SSBJ基準は時価総額1兆円以上のプライム市場上場会社に義務づけ。第一陣は平均時価総額3兆円以上で、2027年3月31日以後に終了する事業年度から
- 二段階開示(訂正報告書での記載)と初年度のスコープ3定量情報の経過措置があり、使う場合はその旨の記載も必要
- 人的資本は「従業員の状況等」へ項目が移り、人材戦略・給与等の決定方針・平均給与の対前年比増減率が追加。持株会社は最大人員会社も対象
- 人的資本と総会前開示は2026年3月31日以後に終了する事業年度から。多くの会社にとって、先に来るのはこちら
greenoteでは、ESG・サステナビリティ開示の実務をわかりやすく発信しています。開示対応のご相談はお気軽にどうぞ。
出典・参考資料(一次情報)
リンク先は2026年9月時点で確認した各機関の公開情報です。制度・適用時期は改訂されるため、最新は各公式情報をご確認ください。
改正開示府令(金融庁):
「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の一部を改正する内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について(2026年2月20日公表)/
企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正-サステナビリティ開示基準の適用、人的資本開示の拡充、総会前開示の促進に向けた対応 等(金融庁企画市場局企業開示課による解説)/
サステナビリティ開示基準の適用、人的資本開示の拡充等 企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正の解説
金融審議会:
「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」中間論点整理(2025年7月17日公表)
SSBJ基準(サステナビリティ基準委員会):
サステナビリティ開示基準(適用基準・一般基準・気候基準)/
適用にあたっての関連情報/
有価証券報告書におけるSSBJ基準への言及について(注意喚起)
よくある質問(FAQ)
Q. 開示府令の2026年改正は、いつから適用されますか?
A. 柱によって異なります。人的資本開示の拡充と総会前開示の促進は、2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用されます。SSBJ基準の適用は段階的で、第一陣となる平均時価総額3兆円以上のプライム市場上場会社は2027年3月31日以後に終了する事業年度からです。いずれも施行日以後に提出される有価証券報告書での早期適用が可能とされています。
Q. 自社がSSBJ基準の適用対象かどうかは、どう判定しますか?
A. ある一日の時価総額ではなく「平均時価総額」で判定します。複数の事業年度末の時価総額を合計し、年数で割った額を使います。改正開示府令では時価総額1兆円以上の東証プライム市場上場会社が義務の対象で、適用対象外の会社も任意適用が可能です。株価の変動で対象が入れ替わりうるため、毎年の確認が必要です。
Q. 二段階開示とは何ですか?
A. SSBJ基準に従って記載すべき事項を有価証券報告書にいったん記載せず、翌期の半期報告書を提出すべき期間の末日までに、その事項を記載した訂正報告書を提出する方法です。適用開始年度とその翌年度についての経過措置で、初年度の負担を軽くする狙いがあります。利用する場合は、二段階開示の適用を受けている旨を有価証券報告書に記載する必要があります。