「取引先から、製品ごとにQRコードで情報を出せるようにしてほしいと言われた」。EUへ製品を出す企業のあいだで、こうした話が増えています。背景にあるのがデジタル製品パスポート(DPP:Digital Product Passport)です。製品の素材・修理のしやすさ・リサイクル性といった情報を電子的に持たせ、誰でも読み取れるようにする仕組みです。
DPPは構想ではなく、すでにEUの規則に書き込まれています。しかも最初の義務化は2027年2月18日の電池パスポートで、期限が決まっています。この記事では、DPPの根拠となるESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規則)が何を求めているのか、先行する電池パスポートの対象と中身、そして日本企業が今できる準備を、規則の条文にもとづいて整理します。
※制度・適用時期は改訂されます。本記事は公表情報(2026年9月時点)に基づく解説です。個別の適合判断は各規則の原文および委任法をご確認ください。
この記事の目次
デジタル製品パスポート(DPP)とは
製品につく「デジタルな身分証」
欧州委員会はDPPを、製品・部品・素材のデジタルな身分証と説明しています。製品に付されたデータキャリア(QRコードなど)を読み取ると、その製品に関する情報を電子的に参照できる、という仕組みです。
紙の取扱説明書や社内のExcelに散らばっていた情報を、製品そのものに紐づけて外から読める形に置き換える、と考えると分かりやすいでしょう。サーキュラーエコノミーの観点では、修理・再利用・リサイクルの判断に必要な情報が、製品の最後の持ち主にも届くことが重要になります。
根拠はESPR(エコデザイン規則)
DPPの法的な土台は、ESPR(Ecodesign for Sustainable Products Regulation/持続可能な製品のためのエコデザイン規則、規則(EU)2024/1781)です。ESPRは2024年7月18日に発効しました。従来のエコデザイン指令がエネルギー関連製品を中心にしていたのに対し、ESPRはほぼすべての物品を射程に入れ、耐久性・修理可能性・リサイクル材の含有率などを製品グループごとに定めていく枠組みです。
ESPRはDPPのほかにも仕組みを含みます。たとえば売れ残った繊維製品と履物の廃棄を禁止し、全製品分野の大企業(将来的には中堅企業も)に対して、未販売の消費者製品に関する情報を年次で開示させる措置が置かれています。廃棄しないことを前提に設計させるという方向です。
ESPRがDPPに求めていること
DPPがなければ上市できない
ESPRの第3章はDPPに充てられています。その第9条は、情報要件について、適用される委任法および第10条・第11条に従ったDPPが利用可能でなければ、製品を上市(place on the market)または供用(put into service)できないと定めています。DPPは付属の書類ではなく、市場に出すための条件という位置づけです。
さらに同条は、DPPのデータは正確・完全・最新でなければならないと求めています。一度作って終わりではなく、更新の責任が伴います。ここが実務上いちばん重い部分になるでしょう。
モデル単位か、個品単位か
DPPの具体的な中身は、製品グループごとの委任法(delegated act)で決まります。第9条は、委任法が製品グループに応じて次の事項を定めると規定しています。
| 委任法が定めること | 実務での意味 |
|---|---|
| DPPに含めるデータ(附属書III) | どの項目を集めるか。社内に無いデータはサプライヤーから取る必要が出る |
| 使用するデータキャリア(1つ以上) | QRコードなどの方式。製品への表示方法を決める必要がある |
| データキャリアの表示レイアウトと位置 | 印刷・刻印の設計に関わる。製品設計側の話になる |
| モデル単位・バッチ単位・個品単位のいずれで作るか | ここで負荷が大きく変わる。個品単位なら製造番号ごとの管理が必要になる |
4つ目が分岐点です。モデル単位なら型式ごとの情報整備で足りますが、個品単位となれば1つひとつの製品に紐づくデータを持ち続けることになります。自社製品がどの単位を求められるのかは、対象となる委任法が出た時点で確認する必要があります。
欧州委員会が登録簿とポータルを持つ
ESPRでは、欧州委員会がDPP登録簿(registry)を設置・管理し、上市または供用された製品に紐づく固有識別子の記録を保持することとされています。執行を進めるうえで必要な場合には、DPPに含まれる他のデータについても登録簿に保存すべき項目として指定されうる、と説明されています。
あわせて、顧客や事業者などの関係者が使える公開ウェブポータルの設置・維持も想定されています。企業が任意に情報を出すのではなく、当局側に照合の土台が置かれる形です。
なお、健康・安全・エンドユーザーの権利に関わる必須情報については、常に物理的手段で消費者に提供し、かつ製品に付されたデータキャリアからアクセスできるようにするべきとされています。DPPは紙の表示を完全に置き換えるものではない、という点は押さえておきたいところです。
先行するのは電池パスポート(2027年2月18日)
対象はLMT・2kWh超の産業用・EV用
DPPの考え方が最初に義務として動くのは、電池です。EU電池規則(規則(EU)2023/1542)の第9章は「デジタル電池パスポート」に充てられ、その第77条が次のように定めています。
LMT(light means of transport)電池とは、電動アシスト自転車や電動キックボードなど軽量な移動手段に使われる電池を指します。つまりEVだけの話ではありません。産業用電池は容量2kWh超が線引きです。
電池規則は全体としては2024年2月18日から適用が始まっており(第96条2項)、条項ごとに時期が分かれています。電池パスポートは、その中で2027年2月18日という後ろの期限が置かれた項目です。バッテリーリサイクルや紛争鉱物への対応と同じサプライチェーン情報の延長線上にあります。
情報は3段階に分かれる
電池パスポートには、電池モデルに関する情報と、個々の電池に固有の情報(使用に伴って生じる情報を含む)が、附属書XIIIに沿って含まれます。特徴は、誰が読めるかで開示範囲が分かれていることです。
| 区分 | アクセスできる者 |
|---|---|
| 一般公開 | 誰でも(附属書XIIIの1に定める情報) |
| 当局等に限定 | 通知機関・市場監視当局・欧州委員会(同2および3) |
| 正当な利益を有する者に限定 | 情報へのアクセスと処理について正当な利益を有する自然人・法人 |
「すべてを公開する」制度ではありません。営業秘密への配慮と、修理業者やリサイクル業者が必要な情報を得られることを、階層で両立させる設計です。実務ではどの項目がどの階層に入るのかが交渉と準備の焦点になります。
あわせて電池規則は、2kWh超の充電式産業用電池・LMT電池・EV用電池にカーボンフットプリント宣言を求めています。算定・検証の方法は委任法で定められ、その採択期限は電池の種類ごとに、EV用が2024年2月18日、外部蓄電を除く充電式産業用が2025年2月18日、LMTが2027年2月18日、外部蓄電付き産業用が2029年2月18日と規定されています。製品単位の排出量を出す作業は、カーボンフットプリント(CFP)の実務そのものです。
どの製品から広がるのか
ESPRは対象製品をあらかじめ列挙せず、優先順位づけを経て製品グループごとに規則を作っていく仕組みです。欧州委員会は2025年4月に第1次のESPR・エネルギーラベリング作業計画(2025-30)を採択し、今後数年で優先される製品を示しました。
欧州委員会の説明では、繊維製品と鉄鋼について準備作業が既に始まっており、その他の優先製品や分野横断的な措置の作業は作業計画の採択後に始まるとされています。自社製品が対象に入るかどうかは、この作業計画と、その後に出る委任法で決まります。
したがって現時点での見立ては、電池が先行し、繊維・鉄鋼が続くという順序です。裏を返せば、多くの製造業にとってDPPは「まだ自社の番ではないが、順番は回ってくる」段階にあります。EUDR(森林破壊防止規則)やCBAM(炭素国境調整措置)と同様、EU向け輸出のある企業は早めに構えを作っておく意味があります。
日本企業が今できる準備
委任法が出ていない段階でも、手戻りしにくい準備はあります。順序をつけると次のようになります。
1つ目は、対象になりうる製品の棚卸しです。EUへ出している製品と、そこに組み込まれている電池を洗い出します。電池は2kWh超か、LMTに当たるかで扱いが変わるため、容量と用途を確認しておきます。
2つ目は、いま社内にあるデータの所在確認です。素材構成・リサイクル材の含有率・製品単位の排出量といった項目が、どの部門のどの様式に存在するのかを整理します。存在しない項目は、Scope3の算定と同じく、サプライヤーから取得する設計が必要になります。
3つ目は、個品単位で識別できるかの確認です。製造番号やロット番号で1つひとつを追えるかどうかは、既存の生産管理システムに依存します。委任法が個品単位を求めた場合に何が足りないのかを、先に把握しておくと判断が早くなります。
4つ目は、表示との整合です。健康・安全に関わる必須情報は物理的手段でも提供する必要があるため、DPPを入れても表示がなくなるわけではありません。環境訴求の表示規制とあわせ、製品に何をどう書くかを一体で考えるほうが手戻りが少ないでしょう。
まとめ
- DPPは製品・部品・素材のデジタルな身分証。根拠はESPR(規則(EU)2024/1781、2024年7月18日発効)
- ESPR第9条は、DPPが利用可能でなければ上市・供用できないと定め、データは正確・完全・最新であることを求める
- データ項目・データキャリア・表示位置・モデル/バッチ/個品のどの単位で作るかは、製品グループごとの委任法で決まる
- 最初の義務化は電池。EU電池規則第77条により2027年2月18日から、LMT電池・2kWh超の産業用電池・EV用電池に電池パスポートが必要
- 電池パスポートの情報は一般公開/当局等限定/正当な利益を有する者限定の3段階に分かれる
- ESPRでは繊維と鉄鋼の準備作業が先行。自社の番が来る前に、データの所在と個品識別の可否を確認しておく
greenoteでは、ESG・サステナビリティ規制の実務をわかりやすく発信しています。EU規制対応のご相談はお気軽にどうぞ。
出典・参考資料(一次情報)
リンク先は2026年9月時点で確認した各機関の公開情報です。制度・適用時期は改訂されるため、最新は各公式情報をご確認ください。
ESPR(エコデザイン規則):
規則(EU)2024/1781 本文(EUR-Lex。第3章「デジタル製品パスポート」・第9条)/
欧州委員会「Ecodesign for Sustainable Products Regulation」(発効日・DPPの位置づけ・主要日程)/
欧州委員会「Implementing the ESPR」(繊維・鉄鋼の準備作業の状況)/
ESPR and Energy Labelling Working Plan 2025-30(2025年4月採択の第1次作業計画)
EU電池規則:
規則(EU)2023/1542 本文(EUR-Lex。第9章「デジタル電池パスポート」・第77条・第96条)/
欧州委員会「Batteries」(規則の概要と関連法令)
よくある質問(FAQ)
Q. デジタル製品パスポート(DPP)はいつから義務になりますか?
A. 製品グループごとの委任法で決まるため、一律の開始日はありません。先行するのは電池で、EU電池規則第77条により2027年2月18日から、LMT電池・容量2kWh超の産業用電池・電気自動車用電池に電池パスポートが必要とされています。ESPRの側では、2025年4月に採択された第1次作業計画で優先製品が示され、繊維製品と鉄鋼の準備作業が先行しているとされています。
Q. DPPがないと、EUで製品を売れなくなるのですか?
A. ESPR第9条は、適用される委任法および第10条・第11条に従ったDPPが利用可能でなければ、製品を上市または供用できないと定めています。つまり対象となった製品グループについては、DPPは市場に出すための条件になります。ただし対象と時期は委任法で個別に定まるため、自社製品の該当関係は原文と委任法で確認する必要があります。
Q. DPPの情報はすべて公開されるのですか?
A. すべてが一般公開されるわけではありません。電池パスポートを例にとると、情報は附属書XIIIに沿って、誰でも見られる一般公開の情報、通知機関・市場監視当局・欧州委員会のみがアクセスできる情報、そして情報へのアクセスと処理に正当な利益を有する自然人・法人のみがアクセスできる情報の3段階に分かれています。営業秘密への配慮と、修理・リサイクル事業者の情報ニーズを両立させる設計です。