「取引先から紛争鉱物調査の依頼が来た」「CMRTというExcelを渡されたが、何を書けばいいのか分からない」。電機・自動車・機械の部品を扱う会社では、調達やサステナビリティの担当になると必ず一度は通る場所です。
紛争鉱物とは、採掘や取引の過程で武装勢力の資金源になったり、深刻な人権侵害と結びつくおそれのある鉱物のことです。実務でまず対象になるのは、錫(すず)・タンタル・タングステン・金の4つで、頭文字から3TGと呼ばれます。
厄介なのは、日本にこれを直接規制する法律がないのに、調査依頼だけは毎年届くという点です。要請の出どころは米国とEUの制度、そしてその要求を連鎖させてくる取引先です。この記事では、誰が何を求めているのか、調査票は何を聞いているのか、依頼が来たら社内で何をどの順に進めるのかを、実務目線で整理します。
※制度・運用は改定されます。本記事は公表情報(2026年9月時点)に基づく解説です。実務判断の際は一次情報の最新版をご確認ください。
この記事の目次
- 1紛争鉱物とは|紛争の資金源になりうる4つの鉱物
- 3TGの内訳と、身近な製品での使われ方
- なぜ「紛争」鉱物と呼ばれるのか
- 2要請は3方向から来る|米国・EU・取引先
- 米国:ドッド・フランク法1502条とForm SD
- EU:紛争鉱物規則(2021年1月適用開始)
- 日本:法規制はなく、要請は取引先から流れてくる
- 3OECDガイダンス|すべての制度の土台にある5ステップ
- 5つのステップの中身
- 何を「リスク」と呼ぶのか
- 4CMRTとEMRT|取引先から届く調査票の正体
- CMRTが本当に聞いているのは製錬所の名前
- EMRT:コバルトとマイカ、そして広がる対象
- 記入でつまずく3か所
- 5依頼が来たときの進め方|5つのステップ
- 6よくある3つの誤解
- 7まとめ
- 8よくある質問(FAQ)
紛争鉱物とは|紛争の資金源になりうる4つの鉱物
紛争鉱物という言葉は、もともとコンゴ民主共和国(DRC)の東部を念頭に生まれました。鉱物の採掘場や輸送路を武装勢力が支配し、そこから得た収入が戦闘の継続に使われている、という構図が国際的に問題視されたことが出発点です。
その後、対象は「紛争」だけにとどまらなくなりました。強制労働や児童労働といった人権侵害、賄賂、資金洗浄なども同じ枠組みで扱われるようになり、いまでは「責任ある鉱物調達」という呼び方のほうが実態に合います。強制労働や児童労働の問題と地続きのテーマです。
3TGの内訳と、身近な製品での使われ方
3TGは、聞き慣れない金属の割に、ほぼすべての電子機器に入っています。自社が金属そのものを買っていなくても、購入した部品の中に含まれていれば調査の対象になります。ここが最初につまずく場所です。
| 鉱物 | 主な用途 | 自社製品に入り込む経路 |
|---|---|---|
| 錫(Sn) | はんだ、めっき、ブリキ | 基板の実装、端子のめっき。最も広く入り込む |
| タンタル(Ta) | タンタルコンデンサ | 小型・高容量のコンデンサとして電子部品に |
| タングステン(W) | 超硬工具、切削工具、重り | 加工部品、振動モーターの錘(おもり) |
| 金(Au) | 電子部品の接点、ボンディングワイヤ | コネクタ、ICのワイヤ、めっき |
※用途は代表例です。実際の含有は部品仕様書とサプライヤーへの確認で判断します。
この表からわかるのは、「うちは金属メーカーではない」という理屈が通らないということです。はんだを使った基板が製品に入っていれば、錫のサプライチェーンの一員になります。
なぜ「紛争」鉱物と呼ばれるのか
米国の制度が対象地域としたのは、DRCとその隣接国です。ただし、これはその地域からの調達を禁じる制度ではありません。禁輸にしてしまうと、合法的に採掘して生活している現地の小規模鉱山労働者から仕事を奪うことになるためです。
OECDも、リスクのある地域から一律に手を引くこと(撤退)を推奨していません。求められているのは、どこの製錬所を経由しているかを把握し、リスクがあれば改善に働きかけることです。ここを「DRC産を排除すればよい」と読み替えてしまうと、実務が的を外します。
要請は3方向から来る|米国・EU・取引先
紛争鉱物の要請は、次の3方向から来ます。自社に直接かかる法律がなくても、依頼が届く理由はここにあります。
上場企業に年次開示
輸入者にDD義務
契約と調査票で連鎖
米国:ドッド・フランク法1502条とForm SD
米国では、2010年のドッド・フランク法1502条を受けて、証券取引委員会(SEC)が2012年8月に規則を採択しました。対象は米国の上場企業で、製品の機能や製造に3TGが必要な場合、その調達状況を年次で開示します。
SECの公表情報によれば、2013年の暦年から適用が始まり、最初の報告の期限は2014年5月31日でした。以後も毎年5月31日が提出期限です。この日付は日本の担当者にも関係します。年初から春にかけて調査依頼が集中するのは、取引先が5月末の提出に間に合わせようとしているからです。
なお、この規則は訴訟を経ており、製品を「DRCコンフリクト・フリーと判明していない」と記載させる部分が無効とされた経緯があります。SEC企業金融部もこれを踏まえた見解を示しています。実務上は、断定的な「紛争鉱物フリー」表示を自社から打ち出すことには慎重であるべきだと言えます。
EU:紛争鉱物規則(2021年1月適用開始)
EUには紛争鉱物規則(規則2017/821)があります。欧州委員会の公表情報によると、要求は2021年1月1日から適用されており、EU域内で3TGを輸入する事業者に対し、責任ある調達を確保することを求めています。デューデリジェンスの考え方はOECDの手法に基づきます。
実務で役立つのは、EUが業界のデューデリジェンス・スキームを「同等」と承認する仕組みがある点です。欧州委員会は2025年10月16日に、後述するRMAP(責任ある鉱物保証プロセス)を同等のスキームとして承認しています。つまり、製錬所がRMAPに準拠しているかどうかは、EU側の要求に照らしても意味のある確認事項になります。
この規則については、欧州委員会が見直しに着手しています。2026年6月16日には見直しを支援する調達公告が出ており、内容が変わる可能性は残ります。
日本:法規制はなく、要請は取引先から流れてくる
日本には紛争鉱物そのものを規制する法律がありません。それでも調査依頼が届くのは、米国の上場企業やEUの輸入者が、自社の報告のために取引先へ同じ質問を流すからです。要求はサプライチェーンを下流から上流へ連鎖する設計になっています。サプライヤー行動規範の中に鉱物調達の条項が入っている場合、契約上の約束として答える立場になります。
国内の土台になるのは、経済産業省が2022年9月13日に公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」です。鉱物に限った文書ではありませんが、人権デューデリジェンスの進め方として、紛争鉱物対応もこの枠組みの中に位置づけられます。
EU側ではCSDDDやEUDRのように、対象品目ごとにデューデリジェンスを求める規制が並んでいます。紛争鉱物規則は、その中で最も古くから動いているものの一つです。
OECDガイダンス|すべての制度の土台にある5ステップ
米国の規則も、EUの規則も、業界の調査票も、参照している土台は同じです。OECDの「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」です。
OECDの公表情報によれば、このガイダンスは2011年に採択され、第3版が2016年4月6日に公表されています。政府が裏づけを与えた基準で、鉱山から最終製品の使用者まで、サプライチェーン全体の企業を対象にしています。欧州・中部アフリカ・中東・南北アメリカの規制や、欧州とアジアの市場・取引所の要求に取り込まれてきました。
5つのステップの中身
中身は5つのステップです。調査票の質問がなぜその順番で並んでいるのかは、この構成を知ると理解できます。
| ステップ | 内容 | 自社でやること |
|---|---|---|
| 1. 管理システム | 方針を定め、社内体制と記録の仕組みを作る | 調達方針への明記、担当と記録の場所を決める |
| 2. リスクの特定 | サプライチェーン上のリスクを特定し評価する | 対象部品の洗い出し、サプライヤーへの調査 |
| 3. 対応戦略 | 特定したリスクへの対応を設計し実行する | 改善要請、代替先の検討、経営への報告 |
| 4. 第三者監査 | 製錬所・精錬所のデューデリジェンスを第三者が監査する | 自社では行わない。監査済みかを確認する |
| 5. 年次報告 | デューデリジェンスの状況を年に1回開示する | 回答内容と根拠を残し、翌年に引き継ぐ |
出典:OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス(第3版)の枠組みをもとにgreenote作成
注目すべきはステップ4です。監査するのは自社ではなく、製錬所・精錬所を対象にした業界プログラムです。部品メーカーや組立メーカーが自力で鉱山まで遡る必要はありません。やることは、経由している製錬所が監査済みかを確認することです。
何を「リスク」と呼ぶのか
ガイダンスは、何を問題として扱うかも示しています。武装勢力への直接・間接の支援、強制労働や児童労働などの深刻な人権侵害、公務員や保安部隊による不正、賄賂や原産地の偽装、資金洗浄、鉱物に関する税や手数料の不払いなどです。
ここから分かるのは、紛争鉱物対応が環境の話ではなく、人権とガバナンスの話だということです。社内で担当を決めるとき、環境部門に置くと実態と噛み合わないことがあるのは、この性質のためです。
CMRTとEMRT|取引先から届く調査票の正体
実務の入口は、ほぼ例外なく調査票です。世界的に共通で使われているのが、RMI(Responsible Minerals Initiative)が無償で公開しているテンプレートです。
CMRTが本当に聞いているのは製錬所の名前
CMRTは長いExcelですが、聞かれていることは絞られます。会社情報、どの範囲についての申告か(会社単位か製品単位か)、方針とデューデリジェンスの実施状況に関する質問、そして製錬所リストです。
核心は製錬所リストです。鉱物は製錬の工程でひとつに混ざるため、原産地を追跡できる最後の地点が製錬所になります。だからこの1点に情報が集約されます。RMIは製錬所ごとに識別番号を割り当てており、名前の表記ゆれはこの番号で解消します。
RMAP(責任ある鉱物保証プロセス)は、その製錬所を第三者が監査するプログラムです。前述のとおりEUが同等スキームとして承認しており、「経由先がRMAP準拠か」は自社の回答の質を左右する確認事項になります。
EMRT:コバルトとマイカ、そして広がる対象
対象は3TGだけではなくなってきました。EMRTはコバルトとマイカを扱います。電池材料が絡む会社では、CMRTとEMRTの両方を求められることが増えています。コバルトはDRCの採掘における児童労働が長く問題視されてきた鉱物で、電池のリサイクルや電池メーカーの調達方針とも直結します。
鉱物の調達は、いまでは人権だけでなく供給の安定という文脈でも語られます。経済安全保障とサステナビリティの重なりが大きくなっている領域です。
記入でつまずく3か所
回答作業で時間を失うのは、たいてい次の3か所です。
- 申告範囲の取り違え:製品単位での回答を求められているのに、会社単位で提出してしまう。差し戻されて二度手間になります。依頼メールの指定を最初に確認します。
- 製錬所名の表記ゆれ:同じ製錬所が別名で書かれていると重複します。RMIの識別番号で突き合わせるのが確実です。
- サプライヤーからの回収率が上がらない:様式・期限・提出先を一度に伝えていないと、往復が増えます。最初の依頼文で3点を固定します。
依頼が来たときの進め方|5つのステップ
依頼が届いてから提出までを、順番に並べると次のようになります。初年度は時間がかかりますが、2年目以降は差分の更新で済みます。
| ステップ | やること | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| ① 依頼内容の確認 | 指定された様式の版、申告範囲、提出期限を確認する | 版が古いまま社内展開してしまう |
| ② 対象部品の切り分け | 部品表から3TGを含む可能性が高い部品を絞る | はんだ・めっき・コンデンサ・接点を見落とす |
| ③ サプライヤーへ展開 | 同じ様式・同じ期限・窓口を一本化して依頼する | 個別対応にすると回収と集計が破綻する |
| ④ 製錬所リストの照合 | 回答された製錬所が監査済みかを確認し、不明分を管理する | 不明を空欄にして提出してしまう |
| ⑤ 記録と引き継ぎ | 回答と根拠、未確認先の一覧を残す | 担当が変わると翌年ゼロからやり直しになる |
④で「不明」が残ることは珍しくありません。重要なのは、空欄で出すのではなく、どこまで確認し、何が未確認で、次に何をするのかを書けるようにしておくことです。デューデリジェンスは結果の完全性ではなく、努力の合理性を問う枠組みです。年次の管理表を作る際は、ESG実務チェックリストのような形で社内に固定してしまうと運用が続きます。
よくある3つの誤解
最後に、実務でよく見かける誤解を3つ挙げます。
- 「金属を買っていないから対象外」:購入部品に含まれていれば対象です。判断は自社の購買品目ではなく、製品に何が入っているかで決まります。
- 「DRC産を使わなければよい」:制度は禁輸ではありません。一律の撤退は現地の小規模採掘者の生計を奪うため、OECDも推奨していません。求められるのは把握と改善です。
- 「一度出せば終わり」:報告は年次です。取引先の提出期限に合わせて毎年更新が必要になります。EcoVadisなどの評価でも、調達に関する文書と運用の証跡が問われます。
まとめ
紛争鉱物対応は、鉱山まで遡る調査ではありません。製錬所という一点に情報を集め、そこが監査済みかを確認し、確認できた範囲と残った課題を毎年書けるようにする作業です。
日本には直接の法規制がないため、動機はどうしても「取引先に求められたから」になります。それでも、対象部品の切り分けと窓口の一本化を初年度に済ませておけば、2年目からの負担は大きく下がります。責任ある調達の全体像の中では、紛争鉱物は最も古くから運用が固まっている領域です。ここを整えることは、他の調達テーマにも流用できます。
greenoteでは、ESG・サステナビリティをわかりやすく発信しています。ご相談はお気軽にどうぞ。
お問い合わせはこちら出典・参考(一次情報)
- OECD「Responsible mineral supply chains」(デュー・ディリジェンス・ガイダンスの位置づけ、2011年採択・第3版2016年4月6日公表)
- 欧州委員会「Conflict Minerals Regulation」(規則2017/821・2021年1月1日適用開始、2025年10月16日のRMAP同等承認、2026年6月16日の見直し公告)
- 米国証券取引委員会(SEC)「Conflict Minerals」(2012年8月採択、2013暦年から適用・初回報告期限2014年5月31日、訴訟関連文書と企業金融部の見解)
- RMI「Conflict Minerals Reporting Template(CMRT)」(原産国と製錬所・精錬所の情報を伝達する無償テンプレート)
- RMI「Extended Minerals Reporting Template(EMRT)」(コバルト・マイカのデューデリジェンス情報)
- 経済産業省「日本政府は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました」(2022年9月13日)
※制度・テンプレートは改定されます。本記事は2026年9月時点の公表情報に基づく解説です。実務判断の際は一次情報の最新版をご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. CMRTは毎年提出する必要がありますか?
A. はい、年次での更新が前提です。米国の制度では上場企業が毎年5月31日までに報告を提出するため、取引先からの依頼は年初から春に集中します。前年の回答をそのまま出すのではなく、サプライヤーの変更や製錬所の増減を反映した差分更新にするのが実務的です。
Q. 中小企業にも回答義務がありますか?
A. 法律上の義務ではありません。日本には紛争鉱物を直接規制する法律がないためです。ただし契約上の要請として届くため、取引継続の条件になり得ます。規模に応じた対応で構いませんが、「対象外」として返すと取引先側の報告が埋まらないため、押し戻される可能性が高くなります。
Q. 製錬所が分からない場合はどう回答すればよいですか?
A. 空欄のまま提出するのは避けます。サプライヤーに照会し、どこまで確認できて何が未確認かを記録した状態で出すのが正しい形です。デューデリジェンスは結果の完全性ではなく、確認の合理性を問う枠組みだからです。未確認先は翌年の宿題として一覧に残します。
Q. 「紛争鉱物フリー」と表示してもよいですか?
A. 断定的な表示は慎重に扱うべきだとされています。米国では訴訟を経て、製品を「コンフリクト・フリーと判明していない」と記載させる部分が無効とされた経緯があります。表示のしかたによっては根拠を問われる主張になりかねないため、確認できた範囲を事実として書く形が無難です。
最終更新日:2026年9月4日
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greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
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