自分の会社は関係ない——。そう思っていても、部品や原材料をたどれば、強制労働が潜んでいるかもしれません。いま、世界では約5,000万人が「現代奴隷」の状態にあるとされ、各国は強制労働で作られた製品を市場から締め出す規制を強めています。本記事では、強制労働・現代奴隷の意味と、米国UFLPAやEU・英国の規制、そして日本企業への影響と対応を、ILOや各国政府などの一次情報をもとに、わかりやすく解説します。
サプライチェーンの人権対応の土台は人権デューデリジェンスとはもあわせてご覧ください。
≡この記事の目次
- 1強制労働・現代奴隷とは
- ►強制労働・現代奴隷をひとことで言うと
- ►ILOによる定義と現代奴隷の全体像
- 2なぜいま企業の問題になるのか
- ►サプライチェーンに潜むリスク
- ►「知らなかった」では済まされない時代へ
- 3各国の規制①――米国UFLPAと輸入差止
- ►UFLPA(ウイグル強制労働防止法)と反証可能な推定
- ►関税法による輸入差止(WRO)
- 4各国の規制②――EU・英国・豪州
- ►EUの強制労働産品規制(市場からの排除)
- ►英国・豪州の現代奴隷法(開示・声明)
- 5日本企業への影響と人権デューデリジェンス
- ►日本の状況とガイドライン
- ►人権デューデリジェンスによる予防
- 6企業に求められる対応
- ►サプライチェーンの可視化とリスク評価
- ►是正・救済と継続的な取り組み
- 7強制労働・現代奴隷をどう捉えるか
- 8出典・参考(一次情報)
強制労働・現代奴隷とは
まず、強制労働と現代奴隷という言葉を整理します。「意思に反して働かされる」という状態を、国際的にどう定義しているかから入りましょう。
強制労働・現代奴隷をひとことで言うと
強制労働とは、ひとことで言えば、本人の意思に反して、無理やり働かせることです。より広い言葉が現代奴隷で、こちらは強制労働に加え、強制結婚や人身取引なども含む、意思に反して搾取される状態の総称にあたります。かつての奴隷制度とは形を変え、いまも世界のあちこちに残る人権侵害です。
見過ごされがちですが、これは遠い国の特殊な話ではありません。パスポートを取り上げられて働かされる外国人労働者、法外な手数料で借金漬けにされた労働者(債務労働)、劣悪な環境で働かされる子ども——。こうした事例は、私たちが日々手にする製品のサプライチェーンの奥で、いまも起きています。だからこそ、企業の問題として問われるのです。
ILOによる定義と現代奴隷の全体像
言葉の定義も押さえておきましょう。ILO(国際労働機関)は、1930年の強制労働条約(第29号)で、強制労働を「処罰の脅威の下で強要され、本人が自らの意思で申し出たものではない、いっさいの労働または役務」と定義しています。ILOは、強制労働を見分けるための11の指標(旅券の取り上げ、移動の制限、過度の時間外労働、賃金の不払いなど)も示してきました。
規模も深刻です。ILO・Walk Free・IOMの共同推計(2021年時点)によれば、世界で約4,960万人が現代奴隷の状態にあり、うち強制労働は約2,760万人、強制結婚は約2,200万人とされます。2016年の推計より、1,000万人増えたという数字です。決して過去の問題ではなく、いまも拡大している現在進行形の課題——。それが、強制労働・現代奴隷の全体像です。
なぜいま企業の問題になるのか
強制労働は、遠い国の話ではありません。サプライチェーンを通じて、あらゆる企業に関わる経営リスクになっています。背景を整理します。
サプライチェーンの奥に潜むリスク
原材料・鉱物
綿花・鉱物・農水産物など
リスクが潜む部品・加工
複数国をまたぐ加工工程
リスクが潜む最終製品・自社
規制違反・輸入差止・評判の低下として跳ね返る
自社が直接関与していなくても、取引先をたどった先の人権侵害が、経営リスクになる時代。
出典:ILO・各国政府の公開情報をもとにgreenote作成
サプライチェーンに潜むリスク
なぜ、強制労働が企業の経営問題になるのか。鍵は、サプライチェーンにあります。現代の製品は、世界中から集めた原材料や部品でできています。自社の工場はクリーンでも、その先の取引先、さらにその先の鉱山や農場で強制労働が使われていれば、企業はそのリスクを間接的に抱え込むことになる。
とくにリスクが高いとされるのが、綿花・鉱物・水産物・農産物などの一次産品です。こうした原材料は、生産地の状況が見えにくく、末端の労働環境を把握しづらい。「サプライチェーンの奥ほど、リスクが見えにくくなる」という構造が、問題を根深くしています。自社の一次取引先だけを見ていては、足元をすくわれかねないのです。責任ある調達の考え方は責任ある調達とはもご覧ください。
「知らなかった」では済まされない時代へ
かつては、「取引先のことまでは分からない」という言い分も通用しました。しかし、状況は大きく変わっています。「知らなかった」では済まされない時代になった。その背景には、次章以降で見る各国の規制強化と、投資家・消費者・NGOからの厳しい視線があります。
強制労働への関与が明るみに出れば、企業は製品の輸入差止、取引の停止、不買運動、株価の下落といった、現実的なダメージを受けます。人権への配慮は、もはや「よいことだから取り組む」という任意の慈善活動ではありません。企業価値を守るために避けて通れない、経営そのものの課題になっているのです。
各国の規制①――米国UFLPAと輸入差止
強制労働への規制で、いま最もインパクトが大きいのが米国です。UFLPAと輸入差止の仕組みを見ていきます。
疑わしきは、まず止める
↓
輸入者が反証できない場合
米国への輸入を差し止め
明確な証拠で反証できた場合
輸入が認められる
原則としてまず輸入を止め、問題がないことの証明を輸入者に求める(反証可能な推定)。米国のCBPが執行する。
出典:米国 税関・国境警備局(CBP)の公開情報をもとにgreenote作成
UFLPA(ウイグル強制労働防止法)と反証可能な推定
各国の規制のなかでも、実務への影響が最も大きいのが、米国のUFLPA(ウイグル強制労働防止法)です。2021年に成立し、2022年6月に中核となる仕組みが動き出しました。その柱が、「反証可能な推定(rebuttable presumption)」という考え方です。
これは、中国・新疆ウイグル自治区で生産された産品などは、強制労働で作られたものと「推定する」というもの。つまり、疑わしきは、まず輸入を止める。そのうえで、輸入者が「強制労働とは無関係だ」と明確で説得力のある証拠で反証できない限り、米国への輸入は認められません。従来のように当局が違反を立証するのではなく、企業の側に「潔白の証明」を求める——。ここに、UFLPAの厳しさがあります。
関税法による輸入差止(WRO)
UFLPAの土台には、もっと古い法律があります。米国の関税法(1930年制定)第307条です。この条文は、そもそも強制労働で作られた産品の輸入を全面的に禁じています。これにもとづき、税関・国境警備局(CBP)が、特定の企業や産品に対して「違反商品保留命令(WRO)」を出し、貨物を差し止めてきました。
UFLPAは、この仕組みを新疆ウイグル関連について大幅に強化・自動化したものと位置づけられます。実際、UFLPAの施行後、CBPは膨大な数の貨物を検査・差止の対象にしてきました。強制労働のリスクを見過ごせば、製品が国境で止められ、市場に届かない。この現実が、企業に対応を迫っているのです。
各国の規制②――EU・英国・豪州
規制は米国だけではありません。EU・英国・豪州も、それぞれの形で強制労働に切り込んでいます。
広がる規制の網
EU 強制労働産品規制
強制労働で作られた産品の、EU市場での流通・輸出を禁止。
2024年発効/2027年から適用
英国 現代奴隷法
一定規模の企業に、サプライチェーンの取り組みを記した声明の公表を義務づけ。
2015年(売上3,600万ポンド以上)
豪州 現代奴隷法
一定規模の企業に、現代奴隷リスクへの取り組みの声明を求める。
2018年
産品を市場から締め出す型(EU)と、取り組みの開示を求める型(英・豪)がある。規制の網は世界に広がっている。
出典:EU・英国・豪州政府の公開情報をもとにgreenote作成
EUの強制労働産品規制(市場からの排除)
米国が「輸入」を止めるのに対し、EUは「市場」からの排除をねらいます。2024年12月に発効した強制労働産品規制(Forced Labour Regulation)は、強制労働で作られた産品の、EU市場での販売・流通・輸出を禁止するというもの。企業に適切な準備期間を与えるため、実際の適用は36か月後の2027年12月からとされています。
特徴は、産品の生産国や企業を問わない点です。EU域内で売られるものであれば、どこで作られたものでも対象になる。当局が強制労働の関与を認定すれば、その産品は市場から回収・排除されます。強制労働の定義は、前述のILO条約29号を引いており、強制的な児童労働も含まれる。EUという巨大市場からの排除は、世界の企業にとって大きな圧力になります。関連する動きはCSDDDとはもあわせてご覧ください。
英国・豪州の現代奴隷法(開示・声明)
英国と豪州は、また違うアプローチをとります。産品を止めるのではなく、企業に「取り組みの開示」を求める型です。英国の現代奴隷法(2015年)は、年間売上が3,600万ポンド以上の企業に対し、サプライチェーンで現代奴隷を防ぐためにどんな取り組みをしているかを記した「奴隷と人身取引に関する声明」を、毎年公表するよう義務づけました。
豪州の現代奴隷法(2018年)も同様に、一定規模以上の企業に、現代奴隷リスクとその対応を記した声明の提出を求めています。これらは、罰則で縛るというより、情報開示を通じて企業の自主的な取り組みを促す仕組みです。「何をしているかを、社会に説明せよ」と迫ることで、対応を後押しする。輸入差止型(米・EU)と、開示型(英・豪)。強制労働をめぐる規制は、いくつもの形で世界に広がっているのです。
日本企業への影響と人権デューデリジェンス
日本には輸入差止のような規制はまだありません。しかし、日本企業も無関係ではいられません。その理由と、備えを整理します。
規制がなくても、無関係ではない
日本
輸入差止のような直接の規制はまだない。経済産業省のガイドライン(2022年)で人権尊重を要請。
↓ しかし
各国規制の影響を直接受ける
米国・EUに輸出する日本企業や、その供給網に入る企業は、UFLPAやEU規制の影響を受ける。
↓
備え=人権デューデリジェンス
サプライチェーンの人権リスクを調べ・防ぎ・是正する取り組みで、規制で罰せられる前に予防する。
規制の有無にかかわらず、取引を通じて世界の規制とつながっている。
出典:経済産業省・各国政府の公開情報をもとにgreenote作成
日本の状況とガイドライン
では、日本はどうでしょうか。日本には、米国やEUのような強制労働産品の輸入差止・市場排除の規制は、まだありません。法律で罰するのではなく、企業の自主的な取り組みを促すアプローチがとられています。その中心が、経済産業省が2022年に策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」です。
このガイドラインは、企業に対し、国連の指導原則にもとづいて人権を尊重し、人権デューデリジェンスに取り組むよう求めるものです。ただし、あくまで法的拘束力のない指針であり、罰則はありません。とはいえ、日本企業が強制労働と無縁でいられるわけではない。むしろ、輸出や取引を通じて、世界の規制と直接つながっているのが実情です。
人権デューデリジェンスによる予防
日本企業にとって重要なのは、米国やEUに製品を輸出する企業、あるいはそうした企業に部品・原材料を供給する企業は、各国規制の影響を直接受けるという点です。サプライチェーンに強制労働のリスクがあれば、取引先から取引停止を求められたり、輸出先の国境で貨物が差し止められたりしかねません。規制がない国の企業だから安全、とは言えないのです。
そこで欠かせないのが、人権デューデリジェンスです。これは、自社とサプライチェーンにおける人権への負の影響を調べ、防ぎ、是正する継続的な取り組みを指します。規制が「強制労働の産品を止める」ハードローだとすれば、人権デューデリジェンスは、企業が自ら進んでリスクを予防する営みです。規制で罰せられる前に、自ら備える——。この予防の姿勢こそが、これからの企業に問われています。
企業に求められる対応
では、企業は具体的に何をすればよいのか。規制の「罰」を避けるためだけでなく、人権を尊重するための対応を整理します。
見えるようにして、直し続ける
可視化
サプライチェーンをたどり、取引先の先まで把握する
リスク評価
リスクが高い地域・品目・工程を特定する
是正・救済
問題があれば取引先と改善し、被害者を救済
開示・継続
取り組みを公表し、繰り返し見直す
↻ 一度きりでなく、繰り返し続ける
調べて・直して・続けることが、実効性のある対応になる。
出典:ILO・経済産業省の公開情報をもとにgreenote作成
サプライチェーンの可視化とリスク評価
企業に求められる対応の出発点は、サプライチェーンの可視化です。自社が、どこから、何を、誰を通じて調達しているのかを、一次取引先だけでなく、その先までたどって把握する。ここが見えなければ、リスクの管理は始まりません。まずは、供給網の地図を描くことが第一歩になります。
そのうえで、リスク評価を行います。すべてを一度に完璧に調べるのは困難なため、強制労働のリスクが高い地域・品目・工程に狙いを定めて、優先的に確認する。前述のとおり、綿花や鉱物などの一次産品はリスクが高いとされます。リスクの高いところから、重点的に手を打つ。限られた資源で実効性を上げるための、現実的な進め方です。
是正・救済と継続的な取り組み
リスクを調べて終わり、ではありません。問題が見つかったときに、どう対応するかが本質です。強制労働の兆候が確認されたら、取引先とともに改善に取り組み、状況によっては被害を受けた人の救済にも関与する。ただ取引を打ち切るだけでは、労働者がより悪い状況に追い込まれることもあり、慎重な判断が求められます。
そして、これらの取り組みは、一度きりでは意味がありません。サプライチェーンは常に変わり、リスクも移り変わる。だからこそ、調べ、直し、公表し、また見直すという営みを、繰り返し続けることが重要です。英国や豪州の現代奴隷法が声明の公表を求めるのも、こうした継続的な取り組みを促すためだと言えます。人権への対応は、ゴールのないマラソンなのです。
強制労働・現代奴隷をどう捉えるか
強制労働とは、処罰の脅威の下で意思に反して強要される労働であり、現代奴隷はそれらを含む搾取状態の総称です。世界では約4,960万人が現代奴隷の状態にあるとされ、米国のUFLPAによる輸入差止、EUの強制労働産品規制、英国・豪州の現代奴隷法など、各国が規制を強めています。日本に直接の輸入規制はまだないものの、輸出や供給網を通じて、日本企業も各国規制の影響を受けます。
大切なのは、強制労働への対応を「規制で罰せられないための守り」だけで捉えないことでしょう。その根っこにあるのは、サプライチェーン全体で人権を尊重するという、企業の責任です。可視化・リスク評価・是正・開示を、一度きりでなく続けていく。それが、規制対応にとどまらない、本質的な取り組みになります。人権デューデリジェンスや責任ある調達とあわせて捉えると、全体像が見えてきます。ESGの全体像はESG完全ガイドもご覧ください。
自社の製品の向こう側にいる、顔の見えない働き手に思いを寄せること。強制労働・現代奴隷への対応は、企業が「人」を大切にしているかを問う、S(社会)の中核的なテーマなのです。なお本記事は制度を中立に整理したものであり、最新の内容はILOや各国政府などの公表資料でご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 強制労働と現代奴隷はどう違いますか?
A. 現代奴隷は、強制労働や強制結婚、人身取引などを含む広い概念で、意思に反して搾取される状態の総称です。強制労働はそのうち、処罰の脅威の下で強要され、本人が自らの意思で申し出たものではない労働を指します。ILOなどの推計では、2021年時点で世界に約4,960万人の現代奴隷がおり、うち強制労働は約2,760万人とされています。
Q. UFLPA(ウイグル強制労働防止法)とは何ですか?
A. 米国の法律で、2022年6月から反証可能な推定が発効しました。中国・新疆ウイグル自治区で生産された産品などは強制労働で作られたものと推定され、輸入者が強制労働と無関係だと明確な証拠で反証できない限り、米国への輸入が差し止められます。米国の税関・国境警備局(CBP)が執行し、これまで多数の貨物が対象になっています。
Q. 日本企業にも関係がありますか?
A. 関係があります。日本には輸入差止のような規制はまだありませんが、米国やEUに輸出する日本企業や、そうした企業に部品・原材料を供給する企業は、各国規制の影響を直接受けます。サプライチェーンに強制労働のリスクがあれば、貨物の差止や取引停止、評判の低下につながりかねません。経済産業省のガイドラインなどをふまえ、人権デューデリジェンスで予防することが求められます。
出典・参考(一次情報)
- ILO(国際労働機関)「強制労働・現代奴隷・人身取引」
- 米国 税関・国境警備局(CBP)「Uyghur Forced Labor Prevention Act (UFLPA)」
- 経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」
最終更新日:2026年7月1日
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。