人権デューデリジェンスとは|国連指導原則・5つのプロセスと法制化の動向を解説

2026.06.12
ESG開示

ある日とつぜん、取引先から「御社のサプライチェーンに人権上の問題はないか」と問われる。そんな場面が、いまや珍しくなくなりました。問われたときに答えられる備えが、人権デューデリジェンスです。

人権デューデリジェンスとは、企業が事業やサプライチェーンに関わる人権への負の影響を特定・防止・軽減し、その対処状況を説明する、継続的なプロセスを指します。土台となるのは、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」です。略して人権DDとも呼ばれます。

本記事では、人権デューデリジェンスの意味から、国連指導原則の3つの柱、5つのプロセス、対象となる人権とサプライチェーン、日本やEUの法制化の動向、そして企業の実務対応まで、わかりやすく解説します。お役に立てれば幸いです。

国連指導原則(UNGP)の3つの柱

2011年、国連人権理事会で全会一致で承認

柱1

国家の人権保護義務

国家は人権侵害から人々を保護する義務を負う

柱2

企業の人権尊重責任

企業は人権を尊重する責任を負う(人権DDの根拠)

柱3

救済へのアクセス

被害者は実効的な救済を受けられるべき

企業の尊重責任を果たす中核的な手段が「人権デューデリジェンス」です。

この記事の目次

人権デューデリジェンスとは|企業に求められる人権配慮

まずは、人権デューデリジェンスという言葉の意味と、その根拠となる国際的な原則を押さえましょう。ここを理解すると、企業に何が求められているのかが見えてきます。

人権デューデリジェンスとは

人権デューデリジェンスは、企業活動が人々の人権に与える「負の影響」に、責任を持って向き合うための取り組みです。解説動画『ゼロから学ぶ ビジネスと人権』でも、人権への悪影響を特定し、防ぎ、対処していく一連の流れだと説明されています。

ここで鍵になるのが、自社だけでなくサプライチェーン全体を視野に入れる点です。原材料の調達先や委託先で起きる人権侵害も、企業の責任の射程に入ります。一度きりの調査ではなく、繰り返し回し続ける継続的なプロセスである点も特徴といえるでしょう。

ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)

人権DDの世界共通の土台が、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」です。英語の頭文字をとってUNGPと呼ばれ、2011年に国連人権理事会で全会一致で承認されました。提唱者の名前から「ラギー原則」とも呼ばれます。

この原則が画期的だったのは、企業にも人権を尊重する責任があると明確にした点です。法務局の人権担当職員による解説動画でも、UNGPがビジネスと人権をめぐる国際的な共通理解の出発点だと整理されていました。以後、世界中の制度がこの原則を基準に作られていきます。

なぜいま重要なのか

人権DDがいま注目される背景には、企業を取り巻く環境の変化があります。グローバル化でサプライチェーンが世界中に広がり、遠い国の工場での労働問題が、自社の評判やリスクに直結する時代になりました。

加えて、後述するように各国で法制化が進み、対応は「やったほうがよい」から「やらなければならない」へと変わりつつあります。投資家も、人権リスクへの対応を企業評価の一項目として見ています。重要課題を絞り込むマテリアリティの考え方は、関連記事のマテリアリティとは|ESGの重要課題の特定方法とシングル・ダブルの違いもあわせてご覧ください。

国連指導原則の3つの柱

人権DDの根拠となるUNGPは、3つの柱で成り立っています。国家、企業、そして被害者の救済。それぞれの役割を確認しましょう。

国家の人権保護義務

1つ目の柱は、国家の人権保護義務です。自国の領域内で、企業を含む第三者による人権侵害から人々を守る。これが国家に課された責務です。

具体的には、適切な法律や政策を整え、企業の人権侵害を防いだり、起きた場合に対処したりすることが求められます。各国で人権DDの法制化が進んでいるのも、この国家の義務を具体化する動きの一つです。

企業の人権尊重責任

2つ目の柱が、企業の人権尊重責任です。企業は、他者の人権を侵害してはならず、自社が関与した人権への負の影響に対処する責任を負います。

注意したいのは、これが企業の規模や業種、所在地を問わず適用される点でしょう。大企業だけの話ではありません。そして、この尊重責任を果たすための中核的な手段こそが、人権デューデリジェンスなのです。

救済へのアクセス

3つ目の柱は、救済へのアクセスです。万が一、人権への負の影響が生じてしまった場合、被害者が実効的な救済を受けられるようにする必要があります。

救済には、裁判による司法的なものと、企業の苦情処理窓口などによる非司法的なものの2種類です。企業には、被害者が声を上げられる「グリーバンス・メカニズム(苦情処理の仕組み)」を整えることが期待されます。

人権DDの5つのプロセス

人権尊重責任を果たす中核が、人権DDのプロセスです。方針づくりから情報開示、救済まで、一連の流れを具体的に見ていきましょう。

人権デューデリジェンスの5つのプロセス

方針づくりから情報開示まで(UNGP原則16〜21)

1

人権方針の策定

人権を尊重するというコミットメントを経営トップが表明

2

負の影響の特定・評価

自社とサプライチェーンの人権リスクを洗い出す

3

防止・軽減

負の影響を未然に防ぎ、生じているものを減らす

4

実効性の追跡評価

取り組みが機能しているかを定期的に確認・改善

5

説明・情報開示

どう特定し対処しているかを外部に説明する

並行して救済(グリーバンス=苦情処理の仕組み)を整える。一度きりでなく継続的に回します。

人権方針の策定と負の影響の特定

すべての出発点が、人権方針の策定です。自社が人権を尊重するという約束(コミットメント)を、経営トップの承認のもとで表明します。解説動画『人権デューデリジェンスと人権方針とは』でも、方針こそが取り組みの土台だと語られていました。

方針を掲げたら、次は人権への負の影響を特定・評価します。自社の事業やサプライチェーンのどこに、どんな人権リスクが潜んでいるか。これを洗い出す作業が、続くすべての取り組みの起点になります。

防止・軽減と実効性の評価

特定したリスクには、防止・軽減で対処します。負の影響を未然に防ぎ、すでに生じているものは減らしていく。たとえば、取引先との契約に人権条項を盛り込んだり、改善を働きかけたりといった対応です。

そして忘れてはならないのが、取り組みの実効性の追跡評価です。打った手が、本当に効果を上げているか。定期的に確認し、不十分なら見直します。やりっぱなしにせず、検証して改善する。このサイクルが、形だけの対応を防ぎます。

情報開示と救済(グリーバンス)

最後に、取り組みの状況を外部へ説明・情報開示します。どんな人権リスクを特定し、どう対処しているか。これを誠実に開示することで、ステークホルダーの信頼が育まれます。

並行して整えるべきが、救済の仕組みです。前述のグリーバンス・メカニズムを設け、被害を受けた人が声を上げ、救済につなげられるようにします。解説動画『人権デュー・ディリジェンスを実践しよう!』でも、この救済までを含めて一連の取り組みだと整理されていました。ESG情報開示全体の枠組みは、関連記事のESG情報開示とは|基礎・開示の枠組みと企業が押さえるポイントもあわせてご覧ください。

対象となる人権とサプライチェーン

守るべき人権とは、具体的に何でしょうか。そして、その範囲はどこまで及ぶのか。対象と範囲、優先順位の考え方を整理しましょう。

対象となる主な人権

自社とサプライチェーン全体で守るべき領域(一例)

強制労働の禁止

意に反する労働を強いない

児童労働の禁止

子どもを違法に働かせない

差別の撤廃

人種・性別等による差別をなくす

結社の自由・団体交渉権

労働組合などを組む権利を守る

安全で健康的な労働環境

働く人の安全衛生を確保する

ハラスメントの防止

嫌がらせや人格の侵害を防ぐ

対象は事業の特性で広がります。範囲は自社だけでなくサプライチェーン全体です。

対象となる主な人権

人権DDが対象とする人権は、幅広い領域に及びます。代表的なのが、強制労働や児童労働の禁止です。さらに、人種や性別などによる差別の撤廃、結社の自由や団体交渉権、安全で健康的な労働環境の確保なども含まれます。

近年は、ハラスメントの防止や、外国人労働者・技能実習生の適正な扱いも重要なテーマです。これらは一例にすぎません。どんな人権が関係するかは、業種や地域、事業の特性によっても変わってきます。

自社からサプライチェーン全体へ

人権DDの大きな特徴が、その範囲の広さです。対象は自社の中だけにとどまりません。原材料の調達先、製造の委託先、販売先まで、サプライチェーン全体に及びます。

たとえば、自社の工場が適正でも、調達先の鉱山で児童労働が行われていれば、企業は責任を問われかねません。サプライチェーンが長く複雑になるほど、把握は難しくなります。だからこそ、取引先との対話や協力が欠かせないのです。供給網全体の捉え方は、関連記事のScope3とは|サプライチェーン排出量の算定・削減・開示の考え方も参考になります。

深刻度による優先順位づけ

とはいえ、すべての人権リスクに、一度に完璧に対応するのは現実的ではありません。そこで重要になるのが、優先順位づけです。

UNGPは、人権への影響が深刻なものから優先して対処するよう求めています。深刻さは、影響の重大性、範囲の広さ、回復が困難かどうかといった観点で判断します。命や安全に関わる重大なリスクから先に手を打つ。この考え方が、限られた資源で実効性を高める鍵になります。

法制化の動向|日本・EU・各国

人権DDは、努力義務から法的義務へと広がっています。日本のガイドラインから、EUや各国の義務化まで、最新の動きを追いましょう。

人権デューデリジェンス法制化の動向

努力義務から法的義務へ、世界で加速

2011年
国連 指導原則(UNGP)承認 ― ビジネスと人権の国際的な土台
2015年
英国 現代奴隷法 ― 早期に法制化した国の一つ
2017年
フランス 企業注意義務法 ― 大企業にDDを義務づけ
2023年
ドイツ サプライチェーンDD法(LkSG) ― 段階的に適用開始
2024年
EU CSDDD 発効 ― バリューチェーン全体のDDを義務化(2026年各国法制化)

EUと取引のある日本企業にも対応が求められる可能性があります。

日本のガイドライン(2022年・経済産業省)

日本では、2022年9月に大きな一歩がありました。経済産業省などが、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したのです。

このガイドラインは、法的な拘束力こそありません。しかし、日本で事業を行うすべての企業に対し、人権尊重の取り組みに最大限努めるよう求めています。人権方針の策定、人権DD、救済という構成で、企業が何をすべきかを具体的に示した点に意義があるのです。

EUのCSDDD(2024年発効)

海外では、義務化が一段と進んでいます。その象徴が、2024年7月に発効したEUの「企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令」、CSDDDです。

これは、一定規模以上の企業に、バリューチェーン全体の人権・環境デューデリジェンスを法的に義務づけるものです。EU各国は、2026年7月までに国内法を整備する予定になっています。EUと取引のある日本企業にも、対応が求められる可能性があるため、注視が必要でしょう。

ドイツ・フランスなど各国の動き

EU指令に先立ち、個別に法制化を進めた国もあります。ドイツは2023年から、サプライチェーンDD法(LkSG)の適用を段階的に開始しました。フランスには2017年制定の企業注意義務法があります。

さらにさかのぼれば、英国は2015年に現代奴隷法を制定しています。こうした各国の動きが積み重なり、いまやグローバルな潮流となりました。人権への対応は、国境を越えて企業に求められる時代に入ったといえるでしょう。

企業に求められる実務対応

では、企業は何から始めればよいのでしょうか。人権方針の策定から継続的な取り組みまで、実務の要点を確認しましょう。

まずは人権方針の策定から

最初の一歩は、やはり人権方針の策定です。自社が人権を尊重するという姿勢を、経営トップの言葉で社内外に表明します。これがなければ、その後の取り組みは始まりません。

方針は、ただ掲げるだけでは不十分です。社内に周知し、研修などを通じて、現場の一人ひとりの行動に落とし込んでいく。経営の意思を、組織全体の文化へと根づかせることが大切になります。

ステークホルダーとの対話

人権DDは、自社だけで完結するものではありません。実効性を高めるには、影響を受ける人々やその代弁者との対話、いわゆるステークホルダー・エンゲージメントが欠かせません。

現場で何が起きているかは、当事者の声を聞いて初めて見えてきます。労働者、地域住民、NGOなど、多様な関係者と対話する。その積み重ねが、机上では気づけないリスクの発見につながります。人材を尊重する経営の考え方は、関連記事の人的資本開示とは|義務化の背景・開示項目とISO30414・有報対応とも通じるものがあります。

「やりっぱなし」にしない継続的プロセス

最後に、最も大切な心構えを挙げます。人権DDは、一度やれば終わりという取り組みではありません。事業環境や取引先は変わり続け、新たな人権リスクも生まれます。

だからこそ、特定・防止・追跡・開示のサイクルを、繰り返し回し続けることが求められます。完璧でなくてもかまいません。誠実に取り組み、改善を続ける姿勢こそが、企業の信頼を育てます。やりっぱなしにしないこと。それが、形だけの対応との分かれ道になります。

まとめ|人権尊重は企業の信頼の土台

人権デューデリジェンスとは、企業が事業やサプライチェーンに関わる人権への負の影響を特定・防止・軽減し、対処状況を説明する継続的なプロセスでした。土台となるのは、2011年の国連『ビジネスと人権に関する指導原則』(UNGP)であり、国家の保護義務・企業の尊重責任・救済へのアクセスという3つの柱で成り立っています。

実務では、人権方針の策定から、負の影響の特定・評価、防止・軽減、実効性の追跡、情報開示、そして救済までを一連のプロセスとして回します。対象は自社にとどまらず、サプライチェーン全体に及びます。日本のガイドラインやEUのCSDDDなど、法制化の動きも世界で加速してきました。

人権の尊重は、もはや一部の先進企業だけのテーマではありません。事業を続けるうえでの、信頼の土台です。まずは自社の人権方針を見つめ直し、どこに人権リスクが潜むかを考えることから始めてみてはいかがでしょうか。ESG・サステナビリティ全体の見取り図はESGとは|意味・E/S/G・情報開示・投資まで完全ガイドもあわせてご覧ください。greenoteでは、ESG・サステナビリティ開示の実務情報を、これからもお届けしていきます。

よくある質問(FAQ)

Q. 人権デューデリジェンスとは何ですか? A. 人権デューデリジェンス(人権DD)とは、企業が自社の事業やサプライチェーンに関わる人権への負の影響を特定・防止・軽減し、その対処状況を説明する一連の継続的なプロセスです。2011年に国連で承認された『ビジネスと人権に関する指導原則』(UNGP)が、その世界共通の土台となっています。

Q. 国連指導原則(UNGP)の3つの柱とは何ですか? A. ①国家の人権保護義務、②企業の人権尊重責任、③救済へのアクセス、の3つです。国家には人権を保護する義務があり、企業には人権を尊重する責任があり、被害者は実効的な救済を受けられるべきだとする枠組みです。このうち、企業の人権尊重責任を果たす中核的な手段が人権デューデリジェンスです。

Q. 人権デューデリジェンスのプロセスはどのようなものですか? A. 一般に、①人権方針の策定(コミットメントの表明)、②人権への負の影響の特定・評価、③防止・軽減、④取り組みの実効性の追跡評価、⑤外部への説明・情報開示、という流れで進みます。あわせて、被害者が声を上げられる救済(グリーバンス)の仕組みを整えることが求められます。一度きりではなく、継続的に回すことが重要です。

Q. 人権デューデリジェンスはどこまでの範囲が対象ですか? A. 自社の事業活動だけでなく、原材料の調達先や委託先を含むサプライチェーン全体が対象です。対象となる人権には、強制労働や児童労働の禁止、差別の撤廃、結社の自由、安全で健康的な労働環境などが含まれます。すべてに一度に対応するのは難しいため、人権への影響が深刻なものから優先的に取り組みます。

Q. 日本に人権デューデリジェンスの法律はありますか? A. 2026年時点で、日本に人権DDを直接義務づける法律はありません。ただし2022年9月に、経済産業省などが『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました。法的拘束力はありませんが、日本で事業を行うすべての企業に、人権尊重の取り組みに最大限努めることを求めています。

Q. EUのCSDDDとは何ですか? A. CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)は、2024年7月に発効したEUの指令です。一定規模以上の企業に対し、バリューチェーン全体の人権・環境デューデリジェンスを法的に義務づけます。EU各国は2026年7月までに国内法を整備する予定で、EUと取引のある日本企業にも対応が求められる可能性があります。

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出典・参考(一次情報)

※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。

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最終更新日:2026年6月20日

この記事の著者

greenote編集部

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