最終更新日:2026年8月4日
東南アジアで最も勢いのある電力市場のひとつ——それがベトナムです。急速な経済成長と工業化で電力需要が伸び続け、その供給を支えてきたのが石炭です。一方で数年前、固定価格買取をきっかけに太陽光が爆発的に増え、世界を驚かせました。石炭と再エネがせめぎ合う、ダイナミックな国です。
この記事は、世界の電力事情シリーズの国別深掘り編(ベトナム)です。南アジア・東南アジアの電力事情で見た東南アジアの中でも、ベトナムは変化のスピードで際立っています。電源構成の推移、世界を驚かせた太陽光ブーム、石炭とPDP8、JETPと洋上風力、電力市場と外資、そして日本への示唆までを、数値とともに整理します。同じ石炭依存のインドネシアの電力事情や、隣の大国中国の電力事情ともあわせてご覧ください。
※本記事は2026年時点の公表情報にもとづく一般的な解説です。電源構成の数値や政策は年・統計・情勢によって変わるため、最新・確定の内容は各公式情報をご確認ください。特定の国・企業への投資を推奨するものではありません。
この記事の目次
ベトナムの電力事情とは|急成長する電力大国
急拡大する電力需要
ベトナムの電力を理解する出発点は、需要の伸びです。「世界の工場」の一角として製造業が集積し、都市化と生活水準の向上も相まって、電力需要はアジアでも有数のスピードで拡大してきました。増え続ける需要をどう満たすか——これがベトナムの電力政策の根本にある問いです。
3つの特徴
特徴は上図の3つです。急成長する電力需要、固定価格買取をきっかけに数年で急増した太陽光、そして石炭を最大電源としつつ再エネへの転換を探る綱引きです。手早く安く需要を満たす石炭と、急速に安くなった再エネ——その間で最適解を探る姿は、成長するアジア諸国の縮図でもあります(IEA「Electricity 2026」)。
電源構成の今と昔|石炭と太陽光の急増
2010年と近年の比較
ベトナムの電源構成を、2010年ごろと近年で並べてみましょう(概数)。
概数(年により変動)。石炭が最大電源に、太陽光が数年で急増したのが特徴。出典:EVN・MOIT・Ember等の公開データをもとにgreenote作成
変化の大きさが一目でわかります。2010年ごろは水力(青)とガス(薄いグレー)が中心でしたが、近年は石炭(濃いグレー)が最大電源に成長。そして2010年にはゼロだった太陽光(黄)が1割規模まで一気に伸びました。水力は比率を下げ、ガスも縮小。「水力・ガス中心」から「石炭+急増する太陽光」へと、構成が大きく塗り替わっています。
電源別シェアの推移
時系列で見ると、その激しい変化がよくわかります。まず、石炭と太陽光・風力の推移です。
概数(年により変動)。残りは水力・ガス等。出典:EVN・MOIT・Ember等をもとにgreenote作成
石炭が伸びる一方、ゼロだった太陽光・風力が近年になって急カーブで立ち上がっています。次に、電源別に推移を重ねてみます。
概数(年により変動/各年の合計はおおむね100%)。出典:EVN・MOIT・Ember等の公開データをもとにgreenote作成
石炭が拡大し、ガスが縮小、太陽光が2020年前後に突然跳ね上がっているのが読み取れます。この太陽光の急増こそ、次に見る「ブーム」です(いずれも概数)。
世界を驚かせた太陽光ブーム|FITと系統の壁
2019年から2020年にかけて、ベトナムでは太陽光発電が爆発的に増えました。きっかけは、政府が導入した手厚い固定価格買取制度(FIT)です。発電した電気を高い価格で長期間買い取る仕組みが、国内外の投資家と、屋根置き太陽光を設置する企業・家庭を一気に呼び込みました。わずか数年で、ベトナムは東南アジア随一の太陽光大国になったのです。
しかし、急拡大には副作用も伴いました。発電所が一気に増えた一方で、送電網の整備が追いつかず、せっかくつくった電気を送りきれない「出力抑制」が各地で発生。買取価格の負担も課題となり、制度は見直されました。「勢いよく増やす」ことと「安定して使いこなす」ことの両立の難しさを、ベトナムの太陽光ブームは示しています。
課題
需要急増と供給不足。猛暑と工業化で需要が急伸し、北部では電力不足・停電も起きた。
対応
電源開発計画(PDP8)に沿って発電・送電を増強し、供給力を確保する。
課題
太陽光の急増と系統。固定価格買取で太陽光が一気に増え、送電が追いつかず出力抑制が発生した。
対応
送電網の増強と蓄電、より計画的な買取・市場のルールづくりを進める。
課題
石炭依存とJETP。石炭が最大電源で、CO2排出と国際的な圧力が大きい。
対応
JETP(約155億ドル)で移行を支援し、洋上風力やLNGへ多様化する。
石炭とPDP8|バランスを探る電源計画
太陽光が急増しても、ベトナムの最大の電源は依然として石炭です。安く手早く大量の電気をつくれる石炭は、急増する需要を満たすうえで頼りにされてきました。とくに需要の大きい北部では、石炭火力が供給の柱です。
この電源の全体像を描くのが、「PDP8(第8次電力開発計画)」です。将来の電源構成の設計図であり、石炭の新規建設を抑えつつ、洋上風力やLNG(液化天然ガス)、太陽光をどう増やすかの道筋を示します。増え続ける需要に応えながら、いかに脱炭素と両立させるか——PDP8は、その難しいバランスを取ろうとする計画です。
JETPと洋上風力|次の主役へ
ベトナムの脱炭素を後押しするのが、JETP(公正なエネルギー移行パートナーシップ)です。先進国などが約155億ドルを拠出し、石炭からの移行を支援する枠組みで、2050年ネットゼロ(ネットゼロ)に向けた柱となります。南アフリカ・インドネシアに続く、アジアの主要なJETP対象国です。
次の主役として期待されるのが、洋上風力です。ベトナムは長い海岸線と恵まれた風況に恵まれ、洋上風力の潜在力が大きいとされます。太陽光の急増で学んだ「系統との両立」の教訓を活かしながら、洋上風力やLNG、グリーン水素を組み合わせて、石炭からの移行を進めようとしています。
電力市場と外資|EVN・DPPAと製造業のRE100
DPPAと製造業
ベトナムの電力事業は、国営のEVNがほぼ独占してきました。近年の大きな変化が、DPPA(電力直接購入契約)の導入です。これは、企業が再エネ発電事業者から直接電気を買える仕組みで、RE100を掲げるグローバル企業の強い要望に応えたものです。サムスンやアップルのサプライヤーなど、ベトナムに集積する製造業にとって、再エネ電気を確保できるかは死活問題。DPPAは、その受け皿として注目されています。
参入機会
- 製造業のRE100需要とDPPA(直接PPA)
- 太陽光・洋上風力の大きな開発余地
- 伸び続ける巨大な電力市場
留意点
- EVNの独占と買取制度の変更リスク
- 系統制約による出力抑制
- 許認可・政策・為替の変動
制度や開放度は年により変わります。最新・確定の内容は各公式情報でご確認ください。
日本企業の動き
日本の商社・電力会社・メーカーも、ベトナムの発電事業(ガス・再エネ)や、洋上風力、送電に関わってきました。製造拠点としても重要なベトナムでは、日系企業自身がコーポレートPPAで再エネ調達を進める動きもあります。急成長する電力市場は、長期の事業機会として注目されています。各社の個別戦略は変化するため、最新は各社の開示をご確認ください。
日本との比較|違いと示唆
ベトナムと日本を、電力の面で並べてみましょう。成長段階の違いが鮮明です。
| 観点 | ベトナム | 日本 |
|---|---|---|
| 需要の伸び | 急拡大(アジア有数) | 横ばい〜微減 |
| 石炭比率 | 約5割(最大電源) | 3割前後 |
| 太陽光 | 数年で急増(固定価格買取) | 拡大途上 |
| 市場 | EVNがほぼ独占(DPPAを導入) | 自由化・JEPX+OCCTO |
| 国際支援 | JETP(約155億ドル)を受ける側 | 支援を提供する側 |
最大の違いは、需要の伸び(ベ=急拡大/日=横ばい〜微減)です。ベトナムは「増え続ける需要をどうまかなうか」が主題で、成熟した日本とは出発点が異なります。一方、太陽光を急拡大させた際の系統の壁は、日本が再エネを増やすうえでも直面する共通課題。「増やす」と「使いこなす」をどう両立させるかという点で、ベトナムの経験は日本にも示唆を与えます。製造業のRE100需要に応えるDPPAの動きも、コーポレートPPAを考えるうえで参考になります。
まとめ|石炭と再エネの綱引きのゆくえ
ベトナムは、急増する電力需要を石炭で支えつつ、固定価格買取をきっかけに太陽光を爆発的に増やした、変化の激しい国です。勢いよく増やした反面、系統との両立という宿題も抱えました。
PDP8とJETP、そして洋上風力を軸に、石炭から再エネへの「綱引き」をどう決着させるか——増え続ける需要と脱炭素を同時に追うベトナムの挑戦は、成長するアジア全体の行方を映します。東南アジア全体の文脈は南アジア・東南アジアの電力事情、同じ石炭大国のインドネシアの電力事情ともあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. ベトナムの電力の特徴は何ですか?
急成長する電力需要を石炭が支えつつ、固定価格買取をきっかけに数年で太陽光が爆発的に増えた、変化の激しい電力市場であることです。石炭を最大電源としながら、PDP8とJETPで再エネへの転換を探っています。
Q. ベトナムの石炭比率はどのくらいですか?
近年は発電量の約5割弱を石炭が占め、最大の電源になっています。2010年ごろは2割弱でしたが、急増する需要を安く手早く満たす手段として石炭火力が拡大しました(いずれも概数・年により変動)。
Q. ベトナムの太陽光ブームとは何ですか?
2019〜2020年ごろ、政府の手厚い固定価格買取(FIT)をきっかけに太陽光発電が爆発的に増えた現象です。わずか数年で東南アジア随一の太陽光大国になりましたが、送電網が追いつかず出力抑制も発生し、制度は見直されました。
Q. PDP8とは何ですか?
ベトナムの「第8次電力開発計画」で、将来の電源構成の設計図です。石炭の新規建設を抑えつつ、洋上風力・LNG・太陽光をどう増やすかの道筋を示し、増え続ける需要と脱炭素の両立をめざしています。
Q. ベトナムのJETPとは何ですか?
公正なエネルギー移行パートナーシップのことで、先進国などが約155億ドルを拠出し、ベトナムの石炭からの移行を支援する枠組みです。2050年ネットゼロに向けた柱で、南アフリカ・インドネシアに続くアジアの主要な対象国です。
Q. DPPAとは何ですか?
電力直接購入契約のことで、企業が再エネ発電事業者から直接電気を買える仕組みです。RE100を掲げるグローバル製造業の要望に応えて導入され、ベトナムに集積するサプライヤーの再エネ調達の受け皿として注目されています。
Q. ベトナムと日本の電力の違いは何ですか?
需要の伸び(ベトナムは急拡大、日本は横ばい〜微減)が最大の違いです。石炭比率(ベトナムは約5割)や、EVNの独占(DPPA導入)といった市場構造の違いもあります。
Q. ベトナムから日本が学べることは何ですか?
太陽光を急拡大させた際に直面した「系統との両立」の教訓は、再エネを増やす日本にも共通します。また、製造業のRE100需要に応えるDPPAの仕組みは、日本のコーポレートPPAを考えるうえでも参考になります。
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