EU-ETSとは|第4フェーズの仕組みとCBAM連動の無償割当廃止を解説

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「CBAMの報告を求められたが、そもそも根拠になっているEUの制度がわからない」。EU向けに製品を出している企業から、よくいただく質問です。

EU-ETSとは、EUが2005年に始めた排出量取引制度で、排出枠の総量に上限を設けて毎年減らしていく仕組みです。CBAM(炭素国境調整措置)はこの制度の付属物で、EU-ETSの価格と無償割当の水準が、そのまま輸入品の負担額を決めます。つまりCBAMを理解するには、先にこちらを押さえる必要があります。

この記事では、制度の仕組みと第4フェーズで決まっている数値、2026年に始まった無償割当の段階的廃止、そして2026年7月に出た改正提案が何を変えようとしているかまでを整理します。

※制度・数値は時点により変わります。本記事はEUR-Lexで確認した公表情報(2026年9月時点)に基づく解説です。

この記事の目次

EU-ETSとは|世界最大の排出量取引制度

EU-ETSは世界で初めて本格的に導入された排出量取引制度で、規模でも世界最大級です。対象はEU全体の温室効果ガス排出量の約4割にあたります。2005年の開始以来フェーズを重ね、現在は第4フェーズ(2021〜2030年)にあります。

キャップ&トレードの仕組み

仕組みは「キャップ&トレード」と呼ばれます。まず排出できる総量の上限(キャップ)を決め、その範囲で排出枠を発行します。対象事業者は自社の排出量に見合う枠を毎年国に提出する義務を負い、足りなければ市場で買い、余れば売れます。

重要なのは、総量が法律で決まっているという点です。個々の企業が減らせなくても、枠の総量が減っていくので全体の排出量は下がります。価格は市場で決まるため、削減が安い企業から順に削減が進むという設計です。制度の位置づけはカーボンプライシングの記事で全体像を整理しています。

対象部門|2024年から海運も加わった

対象は発電と、鉄鋼・セメント・化学・製油・紙などのエネルギー多消費産業、それにEU域内の航空です。2024年からは海運も加わりました。一方で建物や道路輸送は長くEU-ETSの外にあり、これを別枠で扱うのが後述のETS2です。

裾野の広さは、そのまま日本企業への影響範囲になります。欧州の電力価格やエネルギー事情がどう動いているかは欧州の電力事情で扱っています。

第4フェーズ(2021〜2030年)で何が決まっているか

キャップの削減ペース

年4.3%

2024〜2027年。2028年からは年4.4%に上がります。第3フェーズの年2.2%から倍近くになりました。

2030年の削減目標

▲62%

ETS対象部門で2005年比。EU全体の「2030年に1990年比55%減」を部門別に落とした数字です。

無償割当の廃止

2026→2034年

CBAM対象部門で段階的にゼロへ。ここがCBAMの課金額と直結します。

キャップの削減ペースは年4.3%→4.4%

キャップは毎年一定の割合で減っていきます。この割合を線形削減係数(LRF)と呼びます。第3フェーズでは年2.2%でしたが、2023年の改正で2024〜2027年は年4.3%、2028〜2030年は年4.4%に引き上げられました。

加えて、キャップそのものを一度に引き下げる措置も入っています。2024年に9,000万枠、2026年に2,700万枠が総量から差し引かれました。削減ペースの引き上げと合わせて、枠の希少性が意図的に高められている状態です。

2030年目標は2005年比62%削減

この結果、ETS対象部門は2030年に2005年比62%削減を目指すことになります。EU全体の「2030年に1990年比55%削減」という目標を部門別に割り振った数字です。2005年比という基準年の違いに注意してください。日本の目標が2013年度比で語られるのと同じで、基準年をそろえないと削減率は比較できません

市場安定化リザーブ(MSR)

市場安定化リザーブ(MSR)は、市場に出回る枠が余りすぎたときに一部を市場から引き揚げて保管する仕組みです。リーマン後の景気後退で枠が大量に余り、価格が長く低迷した経験から導入されました。価格が下がりすぎると削減投資の動機が消えてしまうため、需給の緩みを吸収する安全装置として働きます。

排出枠の価格は何で動くのか

排出枠の価格は市場で決まります。ここを押さえておくと、CBAMの負担額が読めない理由も理解できます。負担額はおおまかに「EU-ETSの価格 × 製品に含まれる排出量 × 無償割当が残っていない割合」で決まるため、価格が動けば輸入コストも動きます。

キャップの縮小(制度要因)

年4.3%の削減と一回限りの引き下げで、枠は構造的に減ります。長期の方向としては価格を押し上げる力が働きます。

天然ガスと石炭の価格(燃料転換)

ガスが高くなると発電が石炭に寄り、排出が増えて枠の需要が増えます。短期の値動きでは、この要因が最も大きく効きます。

天候と景気

寒波や風況の悪化は火力の稼働を増やし、景気後退は産業の排出を減らします。需要側の変動要因です。

政策(MSRと制度改正)

余剰を吸収するMSRは下支えとして働きます。一方で制度改正の議論は期待を通じて価格に先に織り込まれるため、提案が出た段階でも値動きが起きます。

実務上の含意は「単価を一点で置かない」ことです。価格は自社で制御できない外部変数なので、CBAMのコストを見積もるなら幅を持たせた複数シナリオで置くほうが計画が壊れません。

無償割当とCBAM|2026年に始まった段階的廃止

なぜ無償で配っていたのか

EU-ETSでは、すべての枠が有償で売られてきたわけではありません。国際競争にさらされる産業には排出枠が無償で配られてきました。理由は「カーボンリーケージ」、つまり規制の緩い地域へ生産が逃げて世界全体の排出が減らない事態を避けるためです。

ただし無償配布は、その産業にとって炭素価格が効かないことも意味します。そこでEUが選んだのが、輸入品にも同等の負担を課すことで無償割当をやめるという道でした。これがCBAM(炭素国境調整措置)です。CBAMは2026年1月1日から本格運用に入り、CBAM証書の価格はEU-ETSの価格に連動します。

2026年から2034年までの廃止スケジュール

無償割当は一度に消えるのではなく、年ごとに決められた割合で減っていきます。この割合はCBAM係数と呼ばれ、次のスケジュールが定められています。

廃止された割合
(CBAM係数)
無償で残る割合
2026年2.5%97.5%
2027年5%95%
2028年10%90%
2029年22.5%77.5%
2030年48.5%51.5%
2031年61%39%
2032年73.5%26.5%
2033年86%14%
2034年100%0%

※CBAM対象部門(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・水素・電力)が対象です。前半の傾きが緩く、2029年以降に急になる設計になっています。

読み方に注意が必要です。表の「廃止された割合」がCBAM係数で、2026年は2.5%が廃止=97.5%はまだ無償のままです。本格運用が始まったといっても、初年度の負担は限定的です。

むしろ実務上の分岐点は2029年から2030年にあります。22.5%から48.5%へ一気に上がり、無償で残る割合が半分を切ります。CBAMのコストを織り込んだ価格計画や調達計画を立てるなら、この傾きの変化を前提に置くべきところです。

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ETS2|建物と道路輸送への拡大(2027年)

ETS2は、既存のEU-ETSとは別に運用される第2の排出量取引制度です。対象は建物、道路輸送、そしてEU-ETSの対象外だった小規模産業で使われる燃料です。

設計上の特徴は、排出している人ではなく燃料を供給する事業者が義務を負う点です。建物の所有者やドライバー一人ひとりに枠の提出を求めるのは不可能なので、燃料の流通段階で捕捉します。コストは燃料価格を通じて利用者に転嫁される想定です。

開始は2027年とされていますが、エネルギー価格が著しく高い場合には2028年に延期しうる条件が組み込まれています。生活コストへの影響が大きい分野なので、政治的な調整余地が制度の中に用意されている形です。対象部門では2005年比43%削減を目指すこととされています。

日本企業にとっては、EUに拠点や物流を持つ場合の燃料コストと輸送コストの上昇として現れます。直接の規制対象にならなくても、現地の費用構造が変わる点は見ておく必要があります。

2026年7月の改正提案|CBAM前倒しへのブレーキ

ここが2026年時点で最も動いている論点です。2026年7月17日、欧州委員会がEU-ETSの改正提案を公表しました(COM(2026) 616 final、手続番号 2026/0212(COD))。2031年以降の枠組みを定めるもので、規制期間として2031〜2035年と2036〜2040年が想定されています。

日本企業に直接効くのは、CBAM対象部門の無償割当に関する部分です。提案はCBAM係数によって廃止された無償割当のうち15%を2028年から復活させ、廃止の完了時期を2034年から2038年へ後ろ倒しするという内容を含んでいます。理由として、CBAMの導入速度を落とし、残るカーボンリーケージのリスクを緩和することが挙げられています。

実務への意味は明快です。先ほどの表のコスト増加カーブが、緩やかな方向に見直される可能性があるということです。2029年以降に急に上がる前提で投資判断をしている企業には、無視できない変更です。

ただしこれは提案であって、まだ法律ではありません。欧州議会と閣僚理事会の合意を経て初めて成立し、合意は2027年前半が目標とされています。現行のルールとCBAMのスケジュールは有効なままです。「緩くなるはずだから待つ」という判断は、現時点では根拠が弱いと言えます。審議の行方を追いながら、現行スケジュールで備えるのが妥当なところです。

日本企業への影響|どこで効いてくるか

① EU向け輸出(CBAM経由)

最も広く影響するのがこの経路です。CBAM対象品目(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・水素・電力)をEUへ輸出する場合、製品に含まれる排出量の報告と、それに応じた負担が求められます。負担額はEU-ETSの価格と、その年の無償割当の水準で決まります。

直接の輸出者でなくても、これらを部材として使う製品のサプライチェーンに入っていれば、取引先から排出量データを求められる形で届きます。算定の進め方はスコープ3排出量の算定方法で解説しています。

② EUの現地法人・生産拠点

EU域内に生産拠点を持つ場合は、そこがEU-ETSの直接の対象になりえます。この場合は報告や枠の調達といった義務が発生し、枠の購入費用が現地法人の損益に直接乗ります。ETS2が始まれば、燃料や輸送のコストもここに加わります。

対象事業者の年間サイクルは決まっています。まず前年の排出量を第三者検証にかけ、3月31日までに検証済みの報告書を当局へ提出します。そのうえで9月30日までに、排出量に見合う枠を提出(サレンダー)します。この枠の提出期限は従来4月30日でしたが、2023年の改正で9月30日へ後ろ倒しされました。報告と枠調達のあいだに半年の間隔ができたため、調達を市況を見ながら分散させやすくなっています

③ GX-ETSとの違いを押さえる

日本にもGX-ETSがありますが、設計が同じではありません。混同すると社内説明で誤解を生みます。

比較軸EU-ETS日本のGX-ETS
方式キャップ&トレード(総量に上限)ベースライン&クレジット寄りの設計から出発
開始2005年2023年度から試行、2026年度に本格稼働
対象発電・産業・域内航空・海運(EU全排出の約4割)排出量が一定規模以上の事業者
無償割当段階的に廃止(CBAM対象部門は2034年ゼロ)制度設計の中で議論が続く段階
国境調整CBAMで輸入品にも課金現時点で導入されていない

実務上の要点は、EUの制度は「総量が減る」ことが前提で、企業の努力とは別に枠が絞られていくという点です。国内の対応状況はGX-ETS対応のロードマップを、削減手段としてのクレジットの位置づけはカーボンクレジットをご覧ください。

何から手をつけるか

順序をつけるなら3つです。

ひとつ目は該当の有無をはっきりさせること。CBAM対象品目(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・水素・電力)を自社が直接輸出しているか、部材として組み込んでいるかを確認します。ここが曖昧なままだと、あとの作業がすべて仮定の上に乗ってしまいます。

ふたつ目は排出量データの入手経路を確保すること。CBAMで必要なのは製品に含まれる排出量なので、自社の算定だけでなく素材の供給元から数値を取れる関係が要ります。取引先に頼む話になるため、着手が遅れるほど間に合わなくなります。

みっつ目はコストの前提を年次で置くこと。無償割当の廃止率は年ごとに決まっているので、価格に幅を持たせたうえで年次の負担額を試算しておけば、価格が動いても前提を差し替えるだけで済みます。

まとめ|キャップの縮小と無償割当の廃止が同時に進む

EU-ETSは2005年から動いているキャップ&トレードで、EU全体の排出量の約4割を対象にしています。第4フェーズではキャップの削減ペースが年4.3%(2028年以降は4.4%)に上がり、対象部門は2030年に2005年比62%削減を目指します。

日本企業にとっての実質的な接点は無償割当の廃止です。2026年の2.5%から2034年の100%へ段階的に進み、その分だけCBAMで輸入品に課される負担が増えていきます。傾きが急になるのは2029年以降です。

そして2026年7月の改正提案は、この廃止を緩める方向を示しています。ただし未成立です。現行スケジュールで備えつつ、2027年前半に向けた審議の結論を確認する——これが現時点で取れる、最も外れの少ない構えだと考えられます。

よくある質問(FAQ)

Q. EU-ETSと日本のGX-ETSはどう違いますか?

A. 最も大きな違いは総量に上限(キャップ)があるかどうかです。EU-ETSは排出枠の総量を法律で決めて毎年減らしていくキャップ&トレードで、2005年から動いています。日本のGX-ETSは2026年度に本格稼働する段階で、制度設計の考え方が異なります。もうひとつの違いは国境調整の有無で、EUはCBAMで輸入品にも課金しますが、日本には現時点でその仕組みがありません。

Q. 無償割当がなくなると何が起きますか?

A. EU域内の企業は排出枠を市場で買う必要が生じ、そのコストが製品価格に乗ります。同時に、輸入品に課されるCBAMの金額も増えます。CBAMは「EU企業が無償でもらっている分は輸入品にも課さない」という調整をしているため、無償割当が減るほど輸入品の負担が上がる連動になっています。表のとおり2029年以降に傾きが急になるため、そこが計画上の分岐点です。

Q. ETS2は日本企業に関係しますか?

A. 直接の対象は建物や道路輸送に燃料を供給するEUの事業者なので、日本企業が名指しされるわけではありません。ただ、EUに拠点や物流を持つ企業では燃料コストと輸送コストの上昇として現れます。開始は2027年ですが、エネルギー価格が著しく高い場合には2028年に延期しうる設計になっているため、時期は確定していないものとして見ておくのが安全です。

Q. 2026年7月の改正提案はもう決まったことですか?

A. いいえ。2026年7月17日に欧州委員会が公表した提案(COM(2026) 616)は、欧州議会と閣僚理事会の合意を経て初めて成立します。合意は2027年前半が目標とされており、それまでは現行のルールとCBAMの導入スケジュールが有効です。提案の内容が通れば無償割当の廃止は緩やかになりますが、「緩くなる前提」で計画を組むのは早すぎます。

出典・参考(一次情報)

※制度は改正されます。数値・時期は2026年9月時点の公表情報に基づく解説です。実務判断の際は一次情報の最新版をご確認ください。

🌱 次に読むなら。
輸入品への課金 → CBAMとは/日本の制度 → GX-ETSとは/全体像 → カーボンプライシング

最終更新日:2026年9月2日

この記事の著者

greenote編集部

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官公庁・国際機関・企業の一次情報に基づき、ESG・環境情報・サステナビリティ開示・IRの実務に役立つ解説を、出典を明記して発信しています。各記事は編集部が一次情報との整合を確認のうえ作成しています。詳しくは編集方針・運営者情報をご覧ください。

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