「2050年ネットゼロ」。国や企業の宣言で、いまや当たり前のように使われる言葉です。よく似た「カーボンニュートラル」との違いを問われると、答えに詰まる方も多いのではないでしょうか。実は、ネットゼロには「まず削減、残りを除去」という明確な考え方があります。本記事では、ネットゼロの意味と、カーボンニュートラルとの違い、そしてSBT(科学に基づく目標)のネットゼロ基準までを、国際的な枠組みをもとに整理します。
≡この記事の目次
ネットゼロとは(おさらい)
まず、ネットゼロがどのような状態を指すのか、「正味(ネット)」という言葉の意味から整理しましょう。
出す分と、取り除く分をつり合わせる
差し引き = 正味ゼロ(ネットゼロ)
出典:各種公開情報をもとにgreenote作成
排出量と除去量を均衡させ正味ゼロにする
ネットゼロとは、人間の活動による温室効果ガス(GHG)の排出量と、除去量を均衡させ、差し引きの正味をゼロにすることです。ここで大切なのは、排出を完全にゼロにするわけではない、という点になります。
現実には、あらゆる排出をゼロにするのは困難です。そこでネットゼロは、排出を可能な限り削減したうえで、どうしても残ってしまう排出(残余排出)を、森林の吸収や炭素除去技術で相殺するという考え方をとります。出す分を極力減らし、残りを取り除く。その結果として、正味でゼロを目指すのです。
なぜ「正味(ネット)」なのか
「ネット」とは、差し引きした後の正味を意味する言葉です。総排出量そのものではなく、除去量を差し引いた後の値をゼロにする。だから「ネットゼロ(正味ゼロ)」と呼ばれます。
この「正味」という発想が、ネットゼロの肝です。ゼロにできない排出があることを前提に、削減と除去を組み合わせて全体のつじつまを合わせる。理想論ではなく、現実的な到達点として設計された概念だといえます。脱炭素の全体像は、関連記事のカーボンニュートラルとはもあわせてご覧ください。
カーボンニュートラルとの違い
ネットゼロは、カーボンニュートラルとしばしば同義で使われます。しかし、厳密には力点が異なります。ここを押さえておきましょう。
似ているが、力点が違う
用語の使われ方は文脈で揺れる。大切なのは呼び方より中身。
出典:各種公開情報をもとにgreenote作成
対象範囲とオフセットの扱い
両者の違いは、大きく2点にあります。1つ目が、対象とする排出の範囲です。ネットゼロは、原則として自社の直接排出からサプライチェーンまで(Scope1・2・3)を対象に、可能な限りの削減を求めます。一方、カーボンニュートラルは、対象がScope1・2にとどまることも少なくありません。
2つ目が、オフセットの扱いです。カーボンニュートラルでは、クレジットの購入によるオフセットが広く認められる傾向があります。これに対しネットゼロは、まず自ら削減することを重視し、オフセットへの依存を戒めます。この「削減をどこまで求めるか」という点に、両者の差が表れるのです。
厳密には違うが、文脈で揺れる
もっとも、この違いは、いつも厳密に区別されているわけではありません。日本政府の「2050年カーボンニュートラル」宣言のように、カーボンニュートラルという言葉が、実質的にネットゼロと同じ意味で使われる場面も多くあります。
大切なのは、言葉の呼び方そのものより、その中身です。どこまでの排出を対象にし、削減と除去をどう位置づけているか。宣言や目標を見るときは、その中身を確かめる姿勢が欠かせません。次章で見るSBTの基準は、その中身を厳格に定めた代表例になります。
SBTのネットゼロ基準
ネットゼロの定義で、いま最も厳格な基準とされるのが、SBTi(科学に基づく目標イニシアティブ)のネットゼロ基準です。その考え方を見ていきましょう。
まず削減、残りを除去する
1.5度の水準に整合。オフセットに頼る前に削減が必要。
出典:SBTiネットゼロ基準をもとにgreenote作成(割合は概数)
まず削減、残りを除去する(90対10)
SBTiのネットゼロ基準の核心は、「まず削減、残りを除去」という順番にあります。企業は、オフセットに頼る前に、バリューチェーン全体で排出を大幅に減らさなければなりません。
具体的には、1.5℃の水準として、2050年までに約90%の削減を掲げます。そのうえで、どうしても残る約10%を炭素除去で中和して、はじめてネットゼロと認められるのです。パリ協定に沿い、2030年までに排出を半減させることも目安とされます。削減が主役で、除去は脇役。この比重こそが、質の高いネットゼロの条件。SBTの基礎は、関連記事のSBTとはもあわせてご覧ください。
近道のオフセットは認めない
SBTiの基準が厳格なのは、近道を許さないからです。自ら削減する努力をせずに、安価なクレジットを買って排出を相殺する。そうした「近道のオフセット」は、SBTiのネットゼロとは認められません。
これは、ネットゼロが「見せかけ」に陥るのを防ぐための、重要な歯止めです。クレジットの購入は、削減の代わりにはなりません。あくまで、削減を尽くした先の残余排出を埋めるもの。この一線を引くことで、ネットゼロという言葉の信頼性が守られているのです。カーボンクレジットの仕組みは、関連記事のカーボンクレジットとはもあわせてご覧ください。
削減と除去の役割
ネットゼロを支える2つの柱が、排出の「削減」と、残った排出の「除去」です。その順番が重要になります。
順番が、質を決める
この優先順位をミティゲーション・ヒエラルキー(緩和の優先順位)と呼ぶ。
出典:各種公開情報をもとにgreenote作成
削減優先の原則
ネットゼロの土台にあるのが、削減優先の原則です。これは「ミティゲーション・ヒエラルキー(緩和の優先順位)」とも呼ばれます。まず自社とサプライチェーンの排出を最大限に減らし、それでも避けられない分だけを、除去で相殺するという順番になります。
なぜ、順番が大切なのでしょうか。もし除去やオフセットを先に持ってくれば、削減の努力がおろそかになりかねません。大気に出るCO2そのものを減らすことが、気候変動対策の本筋です。除去は、その努力を尽くした先の補完手段。この優先順位を守ることが、実効性のあるネットゼロを支える。Scope3を含む排出の全体像は、関連記事のScope3とはもあわせてご覧ください。
残余排出と炭素除去(CDR)
どれだけ削減しても、ゼロにしきれない排出が残ります。これが残余排出です。農業や一部の製造業など、技術的に削減が難しい領域が、その代表例。この残余排出を相殺するのが、炭素除去です。
炭素除去(CDR、Carbon Dioxide Removal)とは、大気中のCO2を回収して長期間貯留する取り組みの総称です。森林による吸収などの自然を活用した方法と、DAC(直接空気回収)などの技術的な方法があります。ただし、多くの除去技術はまだコストが高く、実用化の途上にあるのが現状です。炭素除去の詳細は、関連記事の炭素除去(CDR)とはもあわせてご覧ください。
世界と日本の動向
ネットゼロは、いまや世界共通の目標になりました。国や企業の動きを整理します。
2050年ネットゼロへの道
日本も2050年カーボンニュートラルを宣言している。
出典:パリ協定・各国政府の情報をもとにgreenote作成
ネットゼロが世界共通の目標となった原点は、2015年のパリ協定です。世界の気温上昇を産業革命前から1.5℃に抑えることを目指し、今世紀後半に排出と吸収を均衡させる、つまりネットゼロを実現する方向が示されました。パリ協定の詳細は、関連記事のパリ協定とCOPとはもあわせてご覧ください。
これを受け、多くの国が2050年前後のネットゼロを掲げています。日本も、2020年に2050年カーボンニュートラルを宣言しました。企業の動きも活発です。SBTiの認定を受ける企業は世界で増え続け、自社のネットゼロ目標を掲げる動きが広がっています。国から企業へ、ネットゼロは具体的な行動計画へと落とし込まれつつあるのです。
ネットゼロをめぐる課題
広がる一方で、ネットゼロという言葉には注意すべき論点もあります。冷静に押さえておきましょう。
言葉が広がるほど、問われる中身
だからこそ削減を主役に、透明性をもって進めることが求められる。
出典:各種公開情報をもとにgreenote作成
第一の課題が、定義の乱立です。ネットゼロには、法的に統一された定義がありません。そのため、企業ごとに対象範囲や本気度がばらつき、比較が難しいという問題があります。SBTiのような基準が重要になるのは、このためです。
第二に、グリーンウォッシュのリスクが挙げられます。遠い2050年の目標だけを掲げ、足元の削減を怠る。あるいは、削減の代わりに安価なオフセットに頼る。こうした姿勢は、批判を招きかねません。そして第三が、炭素除去技術の未成熟です。ネットゼロの頼みの綱である除去が、まだコスト高で発展途上にあります。だからこそ、除去をあてにしすぎず、削減を主役に据えることが求められるのです。見せかけを見抜く視点は、関連記事のグリーンウォッシュとはもあわせてご覧ください。
まとめ|ネットゼロは「削減が主役」の約束
ネットゼロは、削減を主役に据えた、実効性のある脱炭素の約束です。最後に、要点を振り返りましょう。
- ネットゼロとは、排出量と除去量を均衡させ、差し引きの正味をゼロにすること。排出を完全にゼロにする意味ではない
- カーボンニュートラルより厳格で、原則Scope1・2・3を対象に削減を優先し、オフセット依存を戒める
- SBTiのネットゼロ基準は「まず削減、残りを除去」。2050年までに約90%削減し、残り約10%を除去で中和する
- 土台は削減優先の原則(ミティゲーション・ヒエラルキー)。除去(CDR)は削減しきれない残余排出を埋める補完手段
- 課題は、定義の乱立・グリーンウォッシュ・除去技術の未成熟。削減を主役に、透明性をもって進めることが要
ネットゼロは、「いつか除去でつじつまを合わせる」約束ではありません。「まず、できる限り減らす」約束です。遠い目標に安心するのではなく、足元の削減を積み重ねる。その一歩一歩が、正味ゼロという到達点へと私たちを近づけていきます。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
よくある質問(FAQ)
Q. ネットゼロとは何ですか?
A. ネットゼロとは、人間の活動による温室効果ガス(GHG)の排出量と、除去量を均衡させ、差し引きの正味(ネット)をゼロにすることです。排出を完全にゼロにするのではなく、可能な限り削減したうえで、どうしても残る排出(残余排出)を、森林や炭素除去技術で吸収・除去して相殺します。多くの企業や国が、2050年のネットゼロを目標に掲げています。
Q. ネットゼロとカーボンニュートラルは何が違うのですか?
A. 両者はしばしば同義で使われますが、厳密には力点が異なります。ネットゼロは、原則として全スコープ(Scope1・2・3)の排出を可能な限り削減することを優先し、残りを除去で相殺します。一方、カーボンニュートラルは、対象がScope1・2にとどまることも多く、クレジットの購入によるオフセットが広く認められる傾向があります。つまりネットゼロの方が、削減を重視するより厳格な概念だと整理できます。ただし用語の使われ方は文脈によって揺れます。
Q. SBTのネットゼロ基準とはどのようなものですか?
A. SBTi(科学に基づく目標イニシアティブ)が定める、企業のネットゼロ目標のための最も厳格な基準です。ポイントは「まず削減、残りを除去」という順番です。オフセットに頼る前に、バリューチェーン全体で排出を大幅に削減することを求め、1.5℃の水準として2050年までに約90%の削減を掲げます。そのうえで、残る約10%を炭素除去で中和して、はじめてネットゼロと認められます。
Q. 削減と除去(オフセット)はどちらを優先すべきですか?
A. 削減が優先です。これは「ミティゲーション・ヒエラルキー(緩和の優先順位)」と呼ばれる考え方で、まず自社とサプライチェーンの排出を最大限減らし、それでも避けられない残余排出だけを、炭素除去で相殺します。削減の努力をせずにクレジット購入で相殺する「近道のオフセット」は、質の高いネットゼロとは認められません。除去はあくまで、削減しきれない分を埋める最後の手段という位置づけです。
Q. 炭素除去(CDR)とは何ですか?
A. 炭素除去(CDR、Carbon Dioxide Removal)とは、大気中のCO2を回収して長期間貯留する取り組みの総称です。森林による吸収などの自然を活用した方法と、DAC(直接空気回収)やBECCSといった技術的な方法があります。ネットゼロでは、どうしても削減できない残余排出を、この炭素除去で中和します。ただし、多くの除去技術はまだコストが高く、実用化の途上にある点が課題です。
Q. ネットゼロにはどんな課題がありますか?
A. 主な課題は3つあります。1つ目は、ネットゼロという言葉に統一された定義がなく、企業ごとに意味がばらつく「定義の乱立」です。2つ目は、遠い2050年の目標だけを掲げて足元の削減を怠ったり、削減の代わりに安価なオフセットに依存したりする、グリーンウォッシュのリスクです。3つ目は、頼みの綱である炭素除去技術が、まだ十分に確立していないことです。だからこそ、削減を主役に据え、透明性をもって進めることが求められます。
→ 脱炭素とは|カーボンニュートラルとの違い・日本の目標と企業の進め方をわかりやすく解説
出典・参考(一次情報)
- SBTi(Science Based Targets initiative)「The Corporate Net-Zero Standard」
- 環境省「2050年カーボンニュートラルとは」
- UNFCCC「The Paris Agreement」
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
最終更新日:2026年7月12日
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