気候変動には「1.5℃目標」という、科学に基づく分かりやすい指標があります。では、森や水、海といった「自然」については、どうでしょうか。何をどこまで目指せばよいのか、その物差しはあいまいでした。この空白を埋めようとするのが、SBTN——自然の科学的目標です。
本記事では、SBTNとは何かを整理したうえで、対象となる自然の5領域、目標設定の5ステップとAR3T、よく似たSBTiとの違い、TNFD・GBFとの関係、そして企業の取組状況と日本企業への示唆までを解説します。自然関連の開示の枠組みはTNFDとは、世界全体の目標は昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)とはもあわせてご覧ください。
≡目次
- 1SBTNとは|自然版の「科学的目標」
- ►企業の活動を「自然の限界」に合わせる
- ►気候のSBTiに対する「自然版」という位置づけ
- 2対象は自然の5つの領域
- ►淡水・土地・海洋・生物多様性・気候
- ►まず淡水と土地から、海洋へと拡大
- 3目標設定の5ステップとAR3T
- ►評価→優先順位付け→目標設定→行動→測定
- ►AR3T|行動の優先順位(回避・削減・再生・変革)
- 4SBTiとの違いと、TNFD・GBFとの関係
- ►気候はSBTi、自然はSBTN
- ►TNFD(開示)・GBF(世界目標)との関係
- 5企業の取組状況と日本企業への示唆
- ►検証済みの目標が広がる(2025年時点)
- ►なぜ日本企業も無視できないのか
- 6まとめ|SBTNは「自然の科学的目標」
SBTNとは|自然版の「科学的目標」
気候変動では「科学に基づく目標(SBT)」が定着しました。では、自然や生物多様性ではどうでしょうか。その問いに応えるのが、SBTNです。まずは概要を押さえましょう。
企業の活動を「自然の限界」に合わせる
SBTNとは、Science Based Targets Network の略で、「科学に基づく目標ネットワーク」と訳されます。企業や都市が、自然に関する目標を科学的な根拠に基づいて設定するのを支える、国際的なイニシアチブです。
ここでいう科学的な根拠とは、地球が持つ限界を指します。たとえば、水の使いすぎや森林の減少には、生態系が耐えられる境界があります。この「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」を超えない範囲に、企業の活動を収めていく。そのための目標を、SBTNは「自然の科学的目標」と呼びます。
ねらいは、企業の努力を「本当に必要な水準」に結びつけることです。なんとなく環境に良いことをするのではなく、地球が必要とするレベルから逆算して目標を立てる。この発想が、SBTNの核心にあります。
気候のSBTiに対する「自然版」という位置づけ
SBTNを理解する近道は、SBTiと並べて考えることです。SBTi(Science Based Targets initiative)は、温室効果ガスの削減目標を科学に基づいて設定する枠組みで、すでに世界中の企業が採用しています。気候版の科学的目標だといえます。
これに対しSBTNは、いわば「自然版」です。気候だけでなく、水や土地、海、生物多様性まで含めた、より広い自然を対象にします。気候の取り組みが進んだ今、次は自然全体へ——という流れのなかで生まれた枠組みなのです。
両者は競合するものではありません。むしろ連携しています。後で見るように、SBTNが扱う領域のうち「気候」は、パートナーであるSBTiが担う形になっています。気候と自然を、車の両輪として捉える設計です。
対象は自然の5つの領域
SBTNがいう「自然」は、幅広い領域をカバーします。気候だけでなく、水や土地、海まで。その全体像を見ていきましょう。
SBTNが対象とする自然の5領域
気候だけでなく、水・土地・海まで一体で捉える
淡水
Freshwater
水の量と質
土地
Land
生態系の転換防止・土地利用の負荷削減
海洋
Ocean
過剰利用の回避・生息地の保護
生物多様性
Biodiversity
各領域に横断的に組み込み
気候
Climate
パートナーのSBTiが担う
まず淡水・土地の目標を2023年に公表、海洋(まず水産分野)へ2025年に拡大しました。
出典:Science Based Targets Network をもとにgreenote作成
淡水・土地・海洋・生物多様性・気候
SBTNが扱う自然は、5つの領域に整理されます。第一に、淡水。水の量と質の両面を対象にします。第二に、土地。生態系が農地などに転換されるのを防ぎ、土地利用の負荷を減らすことを目指します。
第三が、海洋です。魚のとりすぎ(過剰利用)を避け、海の生息地を守ることなどが課題になります。第四が、生物多様性。これは独立した領域というより、淡水・土地・海洋の各ガイダンスに横断的に組み込まれています。そして第五が、気候です。先に触れたとおり、こちらはパートナーのSBTiが担います。
このように、SBTNは自然を一体として捉えます。水だけ、森だけ、と切り分けるのではなく、相互につながった全体として向き合う。生態系の複雑さを反映した設計だといえるでしょう。
まず淡水と土地から、海洋へと拡大
これら5領域の目標が、一度に出そろったわけではありません。SBTNは、準備が整った領域から、段階的に方法論を公表してきました。
最初に登場したのが、淡水と土地の目標です。2023年に、企業が実際に設定できる初の「自然の科学的目標」として公表されました。その後、2025年3月には、海洋の目標が——まずは水産(シーフード)の分野から——公表されています。乱獲や養殖が海に与える影響に、科学的な目標で向き合う狙いです。
つまりSBTNは、いまも「拡張中」の枠組みです。完成形を待つのではなく、走りながら領域を広げています。今後、行動の段階(後述のステップ4)に関する手引きなどが、さらに整備されていく見通しです。
目標設定の5ステップとAR3T
SBTNの目標設定は、5つのステップで進みます。やみくもに目標を立てるのではなく、評価から始める点が特徴です。
目標設定の5ステップとAR3T
評価から始め、行動・追跡まで回す
■ 目標設定の5ステップ
評価
Assess
優先順位付け
Prioritize
目標設定・開示
Set
行動
Act
追跡
Track
■ 行動の優先順位|AR3T
A
回避
R
削減
R
再生・回復
T
変革
埋め合わせより、まず影響を出さないこと(回避)を上位に置く優先順位です。
出典:Science Based Targets Network をもとにgreenote作成
評価→優先順位付け→目標設定→行動→測定
5つのステップは、次の流れです。ステップ1は、評価(Assess)。自社の事業が、自然にどんな影響を与え、何に依存しているかを把握します。出発点は、現状を知ることなのです。
ステップ2が、解釈・優先順位付け(Interpret & Prioritize)。すべてに一度に取り組むのは現実的ではありません。そこで、どこから手をつければ最も効果が大きいかを見極めます。ステップ3が、測定・目標設定・開示(Measure, Set & Disclose)。いよいよ、科学に基づく具体的な目標を立て、検証を受け、開示します。
そして、ステップ4が行動(Act)、ステップ5が追跡(Track)です。目標を立てて終わりではなく、実際に行動を起こし、進捗を測り続ける。この一連の流れで、自然への取り組みを回していくのが、SBTNの基本設計です。
AR3T|行動の優先順位(回避・削減・再生・変革)
では、ステップ4の「行動」では、何から手をつけるべきでしょうか。ここでSBTNが示すのが、AR3Tという考え方です。とるべき行動の優先順位を、4つに整理したフレームワークです。
AR3Tは、それぞれの頭文字を取っています。Avoid(回避)は、そもそも悪影響を生まないこと。Reduce(削減)は、避けられない影響を減らすこと。Restore & Regenerate(再生・回復)は、損なわれた自然を取り戻すこと。そしてTransform(変革)は、社会や経済のしくみそのものを変えていくことを指します。
大切なのは、この順番です。まず影響を「避ける」ことを最優先し、それが無理なら「減らす」。すでに失われたものは「取り戻す」。さらに、根本から「変える」。埋め合わせよりも、影響を出さないことを上位に置く——この優先順位に、SBTNの思想が表れています。
SBTiとの違いと、TNFD・GBFとの関係
SBTNは、よく似た略語のSBTiと混同されがちです。両者の違いと、自然をめぐる他の枠組みとの関係を整理します。
SBTNとSBTi・TNFD・GBFの関係
気候はSBTi、自然はSBTN
SBTi
気候
温室効果ガス削減など「気候」の科学的目標
SBTN
自然
淡水・土地・海洋・生物多様性など「自然」の科学的目標
気候はSBTi / 自然はSBTN(5領域のうち気候はSBTiが担う)
■ SBTNを取り巻く枠組み
TNFD
自然に関するリスク・機会を「開示」する枠組み
GBF
2030年に向けた世界全体の生物多様性「目標」
GBF(世界目標)・TNFD(開示)を、企業の具体的な行動目標につなぐのがSBTN(科学的目標)。
出典:SBTN・TNFD・CBD(GBF)をもとにgreenote作成
気候はSBTi、自然はSBTN
まず、混同しやすいSBTiとSBTNの違いです。名前も略語もそっくりですが、扱う範囲が異なります。SBTi(Science Based Targets initiative)は、気候——とりわけ温室効果ガスの削減——を対象にします。SBTの基礎はSBT(Science Based Targets)とはもあわせてご覧ください。
一方のSBTN(Science Based Targets Network)は、自然全般が守備範囲です。淡水・土地・海洋・生物多様性といった領域を扱います。先に述べたとおり、SBTNの5領域のうち「気候」だけはSBTiが担当する、という分担になっています。気候はSBTi、自然はSBTN。この一言で覚えておくと、混乱しません。
TNFD(開示)・GBF(世界目標)との関係
自然をめぐる枠組みは、SBTNだけではありません。よく一緒に語られるのが、TNFDとGBFです。それぞれ役割が違うので、整理しておきましょう。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、自然に関するリスクや機会を「開示」するための枠組みです。GBF(昆明・モントリオール生物多様性枠組)は、2030年に向けた世界全体の生物多様性「目標」を定めたものです。これに対しSBTNは、企業が自然に関する具体的な「目標」を、科学に基づいて設定する仕組みになります。
3つの関係は、こう捉えると分かりやすいでしょう。GBFが世界の目標を掲げ、TNFDが企業に開示を促し、SBTNがその間をつなぐ。つまりSBTNは、世界目標や開示要請を、企業一社一社の具体的な行動目標へと「翻訳」する役割を担っているのです。
企業の取組状況と日本企業への示唆
SBTNは、まだ発展途上の枠組みです。それでも、目標を掲げる企業は着実に増えています。最新の状況と、日本企業への意味を考えます。
SBTNの取組状況(2025年時点)
まだ少数だが、裾野は着実に広がる
約10社
検証プロセスを完了
先行して目標の検証を済ませた企業
50件超
検証済みの自然目標
土地・淡水の科学的目標が積み上がる
150社超
目標設定を準備中
今後さらに拡大の見込み
SBTNは発展途上の枠組み。GBF(生物多様性の世界目標)の達成とも連動します。
出典:Science Based Targets Network をもとにgreenote作成
検証済みの目標が広がる(2025年時点)
数字で見ると、SBTNの広がりが分かります。2025年時点で、検証プロセスを経た企業は10社程度。検証済みの自然(土地・淡水)の科学的目標は、50件を超えました。先行する企業が、具体的な目標を積み上げ始めた段階です。
さらに、目標設定を準備中の企業は150社を超えるとされます。SBTNの企業エンゲージメント・プログラムには、40か国・およそ300のメンバー(企業・コンサルタント・NGOなど)が参加し、その時価総額は合計5.5兆ドルを超えるといいます。決して大きな数とはいえませんが、確実に裾野は広がっているのです。
ただし、繰り返しになりますが、SBTNは発展途上です。方法論はいまも整備が続いています。だからこそ、早くから関わる企業には、ルールづくりに加わる機会もある——そう捉えることもできるでしょう。
なぜ日本企業も無視できないのか
最後に、日本企業にとっての意味を考えます。「自然の目標」と聞くと、まだ先の話に思えるかもしれません。しかし、流れは確実に来ています。
背景にあるのが、TNFDによる開示の広がりと、GBFという世界目標です。自然への対応を「開示」し、世界目標の達成に「貢献」する——その流れのなかで、では具体的に何を目指すのか、と問われたとき、SBTNは有力な答えになります。とりわけ、水や土地、農林水産物など、自然資源に深く依存する事業を持つ企業にとっては、避けて通れないテーマです。
気候対応が、いつの間にか企業の常識になったように、自然対応もまた、標準になっていく可能性があります。いまのうちにSBTNの考え方を理解しておくことは、これからのサステナビリティ経営の備えになるはずです。
まとめ|SBTNは「自然の科学的目標」
SBTNは、気候に続いて「自然」にも科学の物差しを持ち込む、野心的な試みです。最後に、要点を振り返りましょう。
- SBTNとは、企業の活動を「自然の限界」に合わせるための自然の科学的目標を定める国際イニシアチブ。気候のSBTiの自然版にあたる
- 対象は自然の5領域(淡水・土地・海洋・生物多様性・気候)。淡水・土地(2023年)から海洋(2025年)へと段階的に拡大
- 目標設定は5ステップ(評価→優先順位付け→目標設定→行動→測定)。行動の優先順位はAR3T(回避・削減・再生回復・変革)
- TNFD(開示)・GBF(世界目標)と企業の行動をつなぐ役割。2025年時点で検証済み目標は50件超、150社超が準備中
自然を相手に「科学的な目標」を立てるのは、容易ではありません。それでもSBTNは、走りながら方法論を広げ、企業の取り組みを後押ししています。気候から自然へ。企業に問われるテーマが広がるなか、SBTNの動きは日本企業にとっても見逃せません。ESG・生物多様性の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
参考(出典):Science Based Targets Network(SBTN)ほか
出典・参考(一次情報)
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日