自然資本会計の実務|測定・評価の進め方と開示への活かし方

2026.06.21
生物多様性

「自然資本が大事なのはわかった。では、自社でどう測り、どう開示につなげればよいのか」——ここでつまずく実務担当者は少なくありません。その鍵を握るのが、自然資本会計(Natural Capital Accounting)です。

本記事では、自然資本会計の実務に焦点をあて、国レベルと企業レベルの違い、依存と影響の把握から測定・開示までの進め方、TNFDとの関係、そして有価証券報告書をはじめとする開示制度との関わりまでを整理します。なお、自然資本そのものの全体像は自然資本とはもあわせてご覧ください。

この記事の目次

自然資本会計(NCA)とは

自然資本会計は、自然への依存と影響を体系的に測定し、見える化する手法です。ここでは、実務に取り組む前提として、その意味と必要性を確認しておきましょう。

自然資本会計のおさらい

自然資本とは、森林・水・土壌・生物多様性など、経済を支える自然のストックを指します。自然資本会計は、このストックと、そこから生まれる生態系サービス(フロー)を、会計的な枠組みで測定・報告しようとする取り組みです。

ポイントは、これまで「ただ(無償)」とみなされてきた自然の恵みに、価値を与えようとする点にあります。自然を数字で捉えられれば、経営や政策の意思決定に組み込めます。いわば、自然を「経営の言葉」に翻訳する作業です。

なぜいま実務で必要なのか

自然資本会計が実務で求められる理由は、大きく3つです。第一に、自然の劣化が原材料の調達難や規制強化といった事業リスクに直結するため、その把握が欠かせないからです。第二に、TNFDやCSRDなどの情報開示で、自然への依存・影響の説明が求められ始めたからです。

第三に、投資家がネイチャー(自然)への対応を注視し始めたためです。気候(カーボン)に続き、自然が経営の主要テーマに浮上しました。これらの流れに応えるうえで、自然資本会計は土台となる手法です。

国レベルと企業レベルの2つの自然資本会計

自然資本会計には、国が行うものと企業が行うものがあります。枠組みが大きく異なるため、最初に区別しておきましょう。

自然資本会計の2つのレベル

国レベルと企業レベルで枠組みが異なる

国レベル

枠組み

国連 環境経済勘定体系(SEEA/生態系勘定SEEA-EA)

目的

経済統計に環境の勘定を組み込み、国の自然資本を把握

主な利用者

政府・統計当局

企業レベル

枠組み

自然資本プロトコル(Capitals Coalition)

目的

自社の自然への依存・影響を測定し、経営判断・開示に活かす

主な利用者

企業の実務担当者

企業の開示・リスク評価では、TNFDのLEAPと組み合わせて使います。

出典:国連・Capitals Coalition等の公開情報をもとにgreenote作成

国レベル=SEEA(環境経済勘定)

国レベルの国際標準が、国連の「環境経済勘定体系(SEEA)」です。GDPのような経済統計に、環境の勘定を組み込む枠組みで、生態系を扱う「SEEA-EA」も整備されました(国連 SEEA)。国全体として、自然資本がどれだけあり、どう増減しているかを把握するための仕組みです。

SEEAは政策立案のための国家統計に使われるもので、企業が直接使う場面は多くありません。ただ、自然資本という概念を「勘定」として捉える発想の出発点として、知っておく価値があるテーマです。

企業レベル=自然資本プロトコル

企業が実務で参照するのが、キャピタルズ・コアリションの「自然資本プロトコル(Natural Capital Protocol)」です(Capitals Coalition)。自社の事業が自然に与える影響や、自然への依存を測定・評価するための、標準的な枠組みを示しています。

このプロトコルは、「なぜ測るのか」「何を測るのか」「どう測るのか」「結果をどう活かすのか」という段階で構成されます。企業の自然資本会計は、この枠組みに沿って進めるのが基本です。

企業の実務ステップ(測定・評価)

では、企業は実際にどう進めればよいのでしょうか。基本的な流れは、TNFDの「LEAP」アプローチとも重なるものです。3つのステップに分けて見ていきます。

自然資本会計の実務3ステップ

TNFDのLEAPアプローチとも重なる

1

依存と影響を把握

事業・拠点・調達がどの自然資本(水・土地・森林)に依存し影響するかを洗い出す

2

測定・価値づけ

規模を物量や指標で測り、必要に応じて金額に換算(無理な金額化はしない)

3

意思決定・開示

リスク・機会を戦略や目標に反映し、TNFD等の開示につなげる

いきなり全項目ではなく、優先度の高い領域から段階的に進めるのが現実的です。

出典:各種公開情報をもとにgreenote作成

依存と影響を把握する

最初のステップは、自社が自然と「どこで接しているか」の把握です。事業や拠点、原材料の調達先が、どの自然資本に依存し、どんな影響を与えているかを洗い出します。

ここで役立つのが、TNFDの「LEAP」アプローチ(Locate・Evaluate・Assess・Prepare)や、依存・影響を診断する評価ツールです。greenoteでも、LEAPを実践するためのワークシートを無料で配布しています。まずは依存と影響の地図を描くことが、すべての出発点です。TNFDの詳細はTNFDとはもあわせてご覧ください。

測定し、価値づけする

次のステップが、把握した依存・影響の「測定」です。どの程度の水を使い、どれだけの土地に影響し、生物多様性にどう関わるか。その規模を、物量や指標で測ります。

さらに、必要に応じて、それらを金額などの共通のものさしに換算(価値づけ)します。ただし、すべてを無理に金額化する必要はありません。金額化が難しい項目は、物量や定性的な評価でとどめる判断も実務では重要です。

意思決定・開示につなげる

測定して終わりでは、意味がありません。最後のステップは、結果を意思決定と開示に活かすことです。把握したリスクと機会を、事業戦略や目標、投資判断に反映していきます。

そして、その内容をTNFDなどの枠組みに沿って開示につなげます。マテリアリティ(重要課題)の特定とも密接に関わるため、自社のマテリアリティ評価と一体で進めると効果的です。マテリアリティの考え方はマテリアリティとはもあわせてご覧ください。

有価証券報告書・開示との関係

「自然資本会計は、有報の開示義務と関係するのか」——実務担当者が気になる点です。現在地と今後を、正確に整理します。

自然関連開示の現在地と今後

気候が先行し、自然はこれから

現在

有報サステナ開示(4本柱)

2023年3月期〜。人的資本は必須、気候はTCFD準拠が期待。自然は個別義務なし(マテリアルなら記載)

2027年3月期〜

SSBJ基準が段階義務化

まず全般S1・気候S2。時価総額の大きい企業から有報で適用

将来

ISSBが生物多様性基準を策定中

2025年12月着手・TNFD提言を活用。自然関連開示が組み込まれる可能性

だからこそ、自然資本会計で測定・データ基盤を今から整えることが備えになります。

出典:金融庁・SSBJ・IFRS財団等の公開情報をもとにgreenote作成

有報のサステナビリティ開示と自然

日本では2023年3月期以降、有価証券報告書でサステナビリティ情報の開示が求められています。ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の「4本柱」が枠組みで、人的資本(人材育成・社内環境整備の方針と指標)は必須記載です。

一方、自然資本・生物多様性そのものに直接の開示義務は、まだありません。気候はTCFDに沿った開示が事実上期待される段階です。ただし、自社が重要(マテリアル)と判断した自然関連課題は、4本柱の枠組みのなかで開示の対象になり得ます。有報の開示全体は有価証券報告書のサステナビリティ開示もあわせてご覧ください。

SSBJ・ISSBと将来の義務化の可能性

今後を左右するのが、SSBJ基準とISSBの動きです。SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は2025年3月に開示基準を公表し、2027年3月期以降、時価総額の大きい企業から有報での適用(義務化)が段階的に見込まれています(金融庁)。当面の対象は全般(S1)と気候(S2)で、自然の個別基準はまだありません。

注目すべきは、ISSBが2025年12月に「生物多様性・生態系・生態系サービス」の基準策定作業に入り、TNFD提言の活用を示した点です(IFRS財団)。これが固まれば、将来的にSSBJを通じて、自然関連開示が有報に組み込まれる可能性があります。つまり「気候が先行し、自然はこれから」という流れです。だからこそ、自然資本会計で測定・データ基盤を今から整えておくことが、将来の備えになります。

自然資本会計の実務上の課題

期待が高まる一方、自然資本会計の実務には固有の難しさがあります。冷静に課題も押さえておきましょう。

測定・価値評価の難しさ

最大の課題は、測定と価値評価の難しさです。CO2排出量がトンという単一の指標で測れるのに対し、自然や生物多様性は地域ごとに多様で、共通のものさしをつくりにくいのが特性です。

価値を金額に換算する手法も、まだ発展の途上です。評価の前提しだいで結果が大きく変わるため、比較可能性の確保が課題です。無理な金額化に走らず、物量や定性評価と組み合わせる現実的な姿勢が求められます。

データとツールの選び方

もう一つの課題が、データとツールです。自然関連のデータは、地理情報や調達先の情報など多岐にわたり、収集に手間がかかります。近年は依存・影響を診断する評価ツールが増えていますが、自社の目的に合うものを見極める必要があります。

ツールは万能ではありません。何のために、どの範囲を測るのかという目的を先に定めることが、ツール選びでも測定でも出発点になります。ESG・GHG関連ツールの選び方はESG・GHG算定ツールの選び方もあわせてご覧ください。

自然資本会計の実務上の課題と対応

課題

測定・価値評価の難しさ。自然・生物多様性は地域ごとに多様で共通のものさしを作りにくく、金額換算も前提しだいで結果が変わる。

対応・ポイント

無理な金額化に走らず、物量や定性評価と組み合わせる。比較可能性の確保に留意する。

課題

データとツールの選び方。地理情報や調達先など多岐にわたり収集に手間。ツールは万能ではない。

対応・ポイント

何のために・どの範囲を測るか目的を先に定め、自社の目的に合うツールを見極める。

実務を進めるためのポイント

最後に、自然資本会計を実務に落とし込むための、現実的な進め方を整理します。

第一に、スモールスタートです。いきなり全社・全項目を金額換算しようとせず、依存と影響の把握から始め、優先度の高い領域へ段階的に広げます。第二に、TNFDやマテリアリティ評価と一体で進めることです。別々の作業にせず、開示や経営課題の特定とつなげれば、労力が成果に直結します。

第三に、将来の開示を見据えることです。自然関連開示はこれから本格化する可能性が高く、早く着手するほどデータが蓄積し、対応が楽になるはずです。完璧を最初から求めず、測定と改善を繰り返す姿勢が、自然資本会計を実務に根づかせる鍵です。ネイチャーポジティブ経営の全体像はネイチャーポジティブとはもあわせてご覧ください。

最終更新日:2026年6月21日

この記事の著者

greenote編集部

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官公庁・国際機関・企業の一次情報に基づき、ESG・環境情報・サステナビリティ開示・IRの実務に役立つ解説を、出典を明記して発信しています。各記事は編集部が一次情報との整合を確認のうえ作成しています。詳しくは編集方針・運営者情報をご覧ください。

よくある質問(FAQ)

Q. 財務会計とはどう違うのですか?

A. 考え方の骨格(ストックとフロー)は同じですが、対象が自然であるためすべてを金額に換算しない点が異なります。森林や水のような資本の量と、そこから受け取る便益の流れを、物量の指標のまま扱うことが基本になります。

Q. 国レベルと企業レベルの違いは何ですか?

A. 国レベルは国連のSEEA(環境経済勘定)のように、統計として自然資本を勘定に組み込む取り組みです。企業レベルは自社の拠点やサプライチェーンでの依存と影響を測る実務です。用語は同じでも、目的と粒度が違います。

Q. TNFDとの関係はどうなりますか?

A. TNFDは開示の枠組み、自然資本会計はその土台となる測定の作業にあたります。開示の項目を埋めるには、依存と影響を測った数字が必要になるため、測定なしにTNFD開示を成立させることは難しいという関係です。

Q. どこから着手すればよいですか?

A. 拠点の位置情報の整理からです。どこに何があるかが分かれば、公開ツールで周辺の自然環境の状況を評価できます。TNFDのLEAPアプローチでも、最初のL(発見)は自社の活動がどこで自然に接しているかを特定する作業と定義されています。

編集責任

greenote編集責任者

サステナビリティ実務・編集統括

ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。

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