「ネイチャーポジティブという言葉をよく聞くようになったが、気候変動とどう違い、自社に何を求めるのか整理しきれない」。ESGや環境の現場では、そうした声をよく耳にします。
ネイチャーポジティブとは、生物多様性をはじめとする自然の損失を止め、2030年までに回復の軌道へ転じさせることをめざす考え方です。日本語では「自然再興」とも訳されます。気候変動対策(カーボンニュートラル)と並ぶ、世界共通の環境目標として広がってきた考え方です。
本記事では、ネイチャーポジティブの定義と背景(昆明・モントリオール生物多様性枠組・30by30)、なぜ企業に求められるのか、TNFDとの関係、取り組みのステップと先行事例を順に解説します。実務の判断に使える形へ整理しました。お役に立てれば幸いです。
これまで
生物多様性が
失われ続ける(右肩下がり)
反転(ネイチャーポジティブ)
損失を止める
2030年以降
自然を取り戻す
(回復・再生)
≡この記事の目次
- 1ネイチャーポジティブとは|2030年までに自然の損失を反転させる目標
- ►ネイチャーポジティブの定義(自然再興)
- ►気候変動に次ぐテーマとしての位置づけ
- ►2030年というターゲットの意味
- 2背景|昆明・モントリオール生物多様性枠組と30by30
- ►昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)とは
- ►30by30(2030年までに陸と海の30%を保全)
- ►日本の生物多様性国家戦略との関係
- 3なぜ企業にネイチャーポジティブが求められるのか
- ►自然への「依存」と「影響」
- ►事業リスクと事業機会の両面
- ►投資家・市場からの要請
- 4TNFDとの関係|自然関連情報の開示
- ►TNFD(自然関連財務情報開示)とは
- ►LEAPアプローチによる評価
- ►気候(TCFD)から自然への広がり
- 5企業がネイチャーポジティブに取り組むステップ
- ►①自然への依存・影響の把握
- ►②目標設定(回避・低減・回復・再生)
- ►③サプライチェーンを含む取り組み
- ►④開示と情報発信
- 6取り組みを進めるうえでのポイントと先行事例
- ►気候変動対策との統合
- ►サプライチェーン・地域との連携
- ►先行事例に学ぶ
- 7まとめ|ネイチャーポジティブは「次の開示テーマ」として備える
- 8よくある質問(FAQ)
ネイチャーポジティブとは|2030年までに自然の損失を反転させる目標
ネイチャーポジティブとは、自然の減少に歯止めをかけ、むしろ増やす方向へ転換することを意味します。守りの環境保全から、攻めの自然再興へと発想を広げた考え方です。まずは定義と位置づけを押さえましょう。
ネイチャーポジティブの定義(自然再興)
ネイチャーポジティブは、英語の「Nature Positive」をそのまま用いた言葉で、自然にとってプラスの状態をつくることを指します。これまで失われ続けてきた生物多様性を、損失ゼロにとどめず、回復へと向かわせる点に特徴があります。
『ネイチャーポジティブとは?』の解説動画でも、自然の損失を止めて回復に転じさせる取り組みだと説明されています。単に「これ以上壊さない」ではなく、「失われた自然を取り戻す」という積極的な目標です。この前向きさこそ、概念の核心です。
気候変動に次ぐテーマとしての位置づけ
ネイチャーポジティブは、気候変動に続く環境の重要テーマとして注目を集めてきました。カーボンニュートラルが「気候」の目標だとすれば、ネイチャーポジティブは「自然・生物多様性」の目標に当たります。
両者は別々の課題ではなく、深く結びつくものです。森林や湿地の回復はCO2の吸収につながり、気候変動の緩和は生態系の保全を支えます。気候と自然を一体で捉える視点が、近年いっそう強まりました。
2030年というターゲットの意味
ネイチャーポジティブが掲げる2030年という期限には、明確な意味があります。自然の損失がこのまま進めば、回復が困難な段階に至るという危機感が背景にあるためです。残された時間は長くありません。
2030年までに損失を反転させ、その後さらに回復を進める。この時間軸が、企業に早めの行動を促しています。気候の2050年目標と同様、ネイチャーにも逆算の発想が欠かせません。
背景|昆明・モントリオール生物多様性枠組と30by30
ネイチャーポジティブが世界目標になった起点が、2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)です。なかでも「30by30」が代表的な目標として知られています。背景を整理しましょう。
昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)とは
昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された国際的な枠組みです。2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させることを世界共通の目標に掲げました。
この枠組みが、ネイチャーポジティブという考え方を国際社会の共通言語にしました。各国はこれを受け、国内の戦略づくりを進める段階です。気候分野のパリ協定に相当する位置づけと言えるでしょう。
30by30(2030年までに陸と海の30%を保全)
GBFの中核的な目標が「30by30」です。2030年までに、陸と海のそれぞれ30%以上を保護地域などで効果的に保全することをめざします。
日本でも、国立公園などの保護地域に加え、企業の所有地や里山といった「自然共生サイト」を活用する動きも目立ちます。保護地域を増やすことが、自然の回復を支える土台です。企業の土地も、その担い手になりうる点が重要です。
日本の生物多様性国家戦略との関係
日本は、GBFを受けて「生物多様性国家戦略2023-2030」を定めました。ネイチャーポジティブの実現を国家目標に掲げ、企業や地域の取り組みを後押しする方針です。
さらに、自然分野を経済の機会として捉える戦略づくりも進む段階です。自然再興を、コストではなく価値創造の源泉とみなす流れが生まれました。政策の後押しが、企業の取り組みを加速させています。
なぜ企業にネイチャーポジティブが求められるのか
ネイチャーポジティブは、政府だけでなく企業の課題でもあります。多くの事業が自然の恵みに依存し、同時に自然へ影響を与えているためです。依存と影響の両面から、その理由を整理しましょう。
自然への「依存」と「影響」
企業活動は、水・原材料・土壌・受粉といった自然の恵みに支えられています。世界経済フォーラムは、世界のGDPの半分以上が自然に依存していると指摘してきた点も見逃せません。自然が損なわれれば、事業の前提そのものが揺らぎます。
一方で、企業活動は土地利用や資源採取を通じて、自然へ影響も与えます。依存と影響は、いわばコインの裏表です。自社が自然とどう関わっているかを、双方向で捉える姿勢が出発点です。
自然(生態系)
水・原材料・土壌・受粉などの恵み
恵みを受ける
負荷を与える
企業活動
土地利用・資源採取・サプライチェーン
事業リスクと事業機会の両面
自然の損失は、企業にとって事業リスクです。原材料の調達難、規制の強化、評判の低下などが、現実の経営課題として迫ります。気候変動が経営に与える影響は、関連記事の気候変動リスクとは|物理的リスク・移行リスクと企業の対応策でも整理しました。
同時に、ネイチャーポジティブは事業機会でもあります。NewsPicksの解説でも、自然再興が巨大な市場を生むと紹介されています。自然に配慮した製品や、再生に貢献するサービスには、新たな需要が芽生えています。リスクと機会を一体で捉える視点が問われます。
投資家・市場からの要請
投資家も、企業の自然への対応に目を向け始めた段階です。気候に続き、自然関連のリスクと機会を投資判断の材料とする動きが広がる局面です。私たちgreenote編集部の取材でも、自然関連を「次の開示テーマ」と捉える企業が着実に増えていると実感します。
この流れを支えるのが、後述するTNFDなどの開示の枠組みです。市場が自然への対応を評価するようになれば、企業の取り組みも加速します。資金の流れが、ネイチャーポジティブを後押しする構図です。
TNFDとの関係|自然関連情報の開示
ネイチャーポジティブの動きと連動して広がっているのが、TNFD(自然関連財務情報開示)です。自然への依存・影響を評価し、開示する枠組みとして注目を集めてきました。両者の関係を解説しましょう。
TNFD(自然関連財務情報開示)とは
TNFDとは、企業や金融機関が自然関連のリスクと機会を評価し、財務情報として開示するための国際的な枠組みです。気候版のTCFDに対して、自然版に当たります。詳しくは関連記事のTNFDとは|4つの柱とLEAPアプローチをESG実務者向けに解説をご覧ください。
ネイチャーポジティブが「めざす状態」だとすれば、TNFDは「現状を把握し開示する手段」です。目標と手段の関係として捉えると、両者のつながりが見えてきます。
LEAPアプローチによる評価
TNFDは、自然との接点を評価する手順として「LEAPアプローチ」を示しています。Locate(接点の発見)・Evaluate(依存と影響の診断)・Assess(リスクと機会の評価)・Prepare(対応と報告の準備)の4段階です。
この手順に沿えば、どこから手をつければよいか分からない企業でも、評価を進めやすくなるはずです。自然というつかみどころのないテーマを、実務の作業へと落とし込む道具と言えます。
気候(TCFD)から自然への広がり
開示の焦点は、気候から自然全般へと広がってきました。TCFDで気候開示を経験した企業は、その型を自然分野へ応用できます。サステナビリティ開示の制度化については、関連記事のSSBJ基準とは|適用スケジュール・開示項目・ISSBとの違いもあわせてご覧ください。
ゼロから始めるのではなく、既存の取り組みを土台にできる点が後押しです。気候で培った開示の経験が、自然分野でも生きてきます。
企業がネイチャーポジティブに取り組むステップ
企業の取り組みは、自然との接点の把握・目標設定・回避と回復・開示という順序で進めると着手しやすくなります。完璧を最初から求めず、できる範囲から始めるのが現実的です。4ステップで示しましょう。
①自然への依存・影響の把握
最初の一歩は、自社の事業が自然にどう依存し、どう影響を与えているかを把握することです。TNFDのLEAPアプローチなどを使い、接点の大きい領域を特定します。
すべてを一度に調べる必要はありません。まずは原材料の調達や主要拠点など、影響の大きいところから着手します。現状を知ることが、その後のすべての打ち手の土台です。
②目標設定(回避・低減・回復・再生)
次に、自然への負荷を減らす目標を立てます。考え方の基本は、悪影響を「回避」し、避けられない分を「低減」し、損なった自然を「回復」させ、さらに「再生」へと進める段階的な発想です。
まず避ける、それでも残る影響を減らす、そして取り戻す。この優先順位を踏まえると、取り組みに筋が通ります。自社の事業特性に応じて、現実的な目標を設定することが大切です。
③サプライチェーンを含む取り組み
自然への影響は、自社の拠点だけでなくサプライチェーン全体に及びます。とりわけ原材料の調達は、産地の自然と深く関わります。取引先を含めた取り組みが欠かせません。
筆者がESG支援の現場で感じるのも、自社だけで完結させようとすると影響の大半を見落とすという点です。調達網をたどって接点を捉える視点が、実効性を左右します。
④開示と情報発信
最後に、取り組みをTNFDなどの枠組みに沿って開示する段階です。何に依存し、どんな影響があり、どう対応しているのかを、根拠とともに示します。
開示は、投資家や社会との対話の入り口です。誇張せず、できていない点も含めて誠実に伝える姿勢が信頼を育てます。情報発信を通じて、取り組みがさらに磨かれていきます。
自然への依存・影響の把握
TNFDのLEAPアプローチで、接点の大きい領域を特定する。
目標設定
回避→低減→回復→再生の優先順位で、現実的な目標を立てる。
サプライチェーンを含む取り組み
原材料の産地など、取引先を含めて自然への負荷を減らす。
開示と情報発信
TNFD等の枠組みに沿い、依存・影響・対応を根拠とともに開示。
取り組みを進めるうえでのポイントと先行事例
ネイチャーポジティブは、気候変動対策との統合・地域やサプライチェーンとの連携がポイントです。先行する企業の事例からも、自社らしい関わり方が見えてきます。要点を整理しましょう。
気候変動対策との統合
ポイントの一つが、気候変動対策との統合です。森林や湿地の保全は、生物多様性と炭素吸収の両方に効きます。気候と自然を別々の取り組みとせず、一体で設計すると効率が高まるはずです。
たとえば、植林は炭素吸収とともに生態系の回復にも貢献します。一つの取り組みが二つの目標に効く。そうした相乗効果を意識すると、限られた資源を活かせます。
サプライチェーン・地域との連携
もう一つのポイントが、サプライチェーンや地域との連携です。自然への影響は、産地や地域の生態系と切り離せません。地域の関係者と協力する取り組みが、実効性を高めます。
自社単独ではなく、取引先や自治体、NPOと連携する。そうした協働が、自然再興の輪を広げます。地域に根ざした取り組みほど、長続きしやすい傾向が見られます。
先行事例に学ぶ
先行する企業の取り組みは、よい手本になります。王子ホールディングスは「森の価値見える化プロジェクト」で森林の価値を可視化し、積水ハウスは「5本の樹」計画で生態系に配慮した植栽を進める企業です。
これらの事例に共通するのは、自社の事業と自然を結びつけている点です。製紙会社が森林に、住宅会社が緑化に取り組むように、本業と自然のつながりを見いだすことが、説得力ある取り組みの出発点です。
気候変動対策との統合
森林・湿地の保全は、生物多様性と炭素吸収の両方に効く。気候と自然を一体で設計し、相乗効果を生む。
サプライチェーン・地域との連携
産地の生態系に配慮し、取引先・自治体・NPOと協働する。地域に根ざした取り組みほど長続きする。
あわせて読みたい:開発と環境保全を両立させる意思決定プロセス → 環境アセスメント(環境影響評価)とは|対象13事業・手続きの流れを解説
あわせて読みたい:「自然版TCFD」の全体像とLEAPアプローチ → TNFDとは|4つの柱・14の開示提言とLEAPアプローチをわかりやすく解説
まとめ|ネイチャーポジティブは「次の開示テーマ」として備える
ネイチャーポジティブとは、自然の損失を止め、2030年までに回復の軌道へ転じさせることをめざす世界共通の目標です。2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組と30by30を起点に、日本でも国家戦略として推進されています。
企業に求められるのは、自然への依存と影響を把握し、TNFDなどの枠組みで開示することです。気候変動対策と統合し、サプライチェーンや地域と連携しながら、本業と自然のつながりを見いだす取り組みが鍵です。
自然関連の開示は、気候に続く「次のテーマ」として広がりつつあります。TNFDの詳細は関連記事のTNFDとは|4つの柱とLEAPアプローチをESG実務者向けに解説もあわせてご覧ください。早めに備える企業ほど、リスクへの対応でも機会の獲得でも、一歩先んじることができます。
よくある質問(FAQ)
Q. ネイチャーポジティブとは何ですか?
ネイチャーポジティブとは、生物多様性をはじめとする自然の損失を止め、2030年までに回復の軌道へ転じさせることをめざす考え方です。日本語では「自然再興」とも訳されます。気候変動対策(カーボンニュートラル)と並ぶ、世界共通の環境目標として位置づけられています。
Q. 30by30とは何ですか?
30by30(サーティ・バイ・サーティ)とは、2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を、保護地域などで効果的に保全することをめざす国際目標です。2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の中核的な目標のひとつで、ネイチャーポジティブを実現する手段と位置づけられています。
Q. ネイチャーポジティブとTNFDはどう関係しますか?
TNFD(自然関連財務情報開示)は、企業が自然への依存と影響を評価し、リスクと機会として開示するための枠組みです。ネイチャーポジティブという目標に向けて、企業の取り組みを「見える化」する役割を担います。両者は一体で進む関係にあります。
Q. なぜ企業がネイチャーポジティブに取り組む必要があるのですか?
多くの事業は、水・原材料・受粉など自然の恵みに依存しており、同時に自然へ影響も与えています。自然の損失は、原材料の調達難や規制強化といった事業リスクに直結します。一方で、自然再興に貢献する製品・サービスは新たな事業機会にもなります。
Q. 企業はまず何から取り組めばよいですか?
まずは、自社の事業が自然にどう依存し、どう影響を与えているかを把握することから始めます。TNFDのLEAPアプローチなどを活用し、接点の大きい領域を特定します。そのうえで目標を設定し、回避・低減・回復の取り組みと開示へとつなげるのが現実的です。
Q. ネイチャーポジティブと気候変動対策は別物ですか?
密接に関係しています。森林や湿地などの自然は、CO2を吸収する役割も担うため、自然の回復は気候変動対策にもつながります。逆に気候変動は生態系を損ないます。両者は切り離せず、統合して取り組むことが効果的だとされています。
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※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
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ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日