ESG Company Analysis
世界最大級の企業であるAppleは、環境戦略においても常に注目を集めます。2020年に発表した「2030年までにカーボンニュートラル」という目標があります。自社だけでなく、巨大なサプライチェーン全体を動かす取り組みです。一方で、2024年にはドイツの裁判所がAppleの「カーボンニュートラル」表示を問題視する判断も下しました。その手法には論点も存在します。本記事では、公開情報をもとに、Appleの環境戦略の実践と、そこにある論点を実務担当者の視点で読み解きます。
この記事の目次
- Appleとesg経営
- 世界最大級のサプライチェーンを動かす企業
- なぜAppleの環境戦略が注目されるのか
- 2030年カーボンニュートラル目標|Apple 2030
- 75%削減+25%除去という設計
- 2025年時点で60%超の削減を達成
- サプライヤークリーンエネルギープログラム
- 取引先に再エネへの転換を促す仕組み
- 水資源の節約という副次効果
- 製品のリサイクル材料化
- コバルト・レアアースのリサイクル率
- カーボンニュートラル認定製品という打ち手
- カーボンオフセットの説明責任という論点
- ドイツの裁判所が下した判断
- 米国での対照的な結果と論点の本質
- 実務担当者がベンチマークすべきポイント
- 人的資本とサプライチェーンの人権(S)|世界最大級の監査網
- ガバナンス(G)|役員報酬にESG評価を組み込む
- よくある質問(FAQ)
01
Appleとesg経営
世界最大級の企業であるAppleの環境戦略は、自社だけでなく巨大なサプライチェーン全体を動かします。まずその特徴を整理しましょう。
1社の目標が、サプライチェーン全体を動かす
▼▼▼
Appleの環境戦略は自社の排出だけでなく、サプライチェーン全体の排出(Scope3)を対象にする。
出典:Appleの公開情報をもとにgreenote作成
世界最大級のサプライチェーンを動かす企業
Appleは、iPhoneやMac、Apple Watchなどを展開する世界最大級のテクノロジー企業です。自社で製造工場を持たず、世界中の数百社の部品サプライヤーに製造を委託する事業モデルを採っています。年間の販売台数は数億台規模にのぼり、その一つひとつが原材料の調達から製造、輸送、使用、廃棄までの排出を伴います。
このため、Appleの環境戦略における排出の大部分は自社の工場ではなく、サプライチェーンに存在する。だからこそ、Appleの取り組みは、自社の努力にとどまらず、業界全体の脱炭素を左右する影響力を持つのです。
なぜAppleの環境戦略が注目されるのか
Appleの環境戦略が注目される理由は、その規模の大きさと発信力にあります。多くの消費者・投資家がAppleの一挙一動を見ており、環境戦略の巧拙が、他社にとっての「業界標準」を形づくる面がある。
同時に、規模が大きいだけに、表示や手法に問題があれば、その影響も大きくなる。期待と検証の両方を集める立場にあるのが、Appleの環境戦略だといえます。
実際、後述するように、Appleの「カーボンニュートラル」表示は裁判で争われた経緯があります。規模の大きい企業ほど、良い取り組みも、その手法への疑問も、大きく注目される構図です。
02
2030年カーボンニュートラル目標|Apple 2030
Appleの環境戦略の中核が「Apple 2030」です。目標の設計と、現在の進捗を見ていきます。
75%削減+25%除去という設計
現在の進捗:2025年時点で60%超の削減を達成
2020年発表・対象はScope1・2・3のすべて。
出典:Apple環境進捗レポート・WBCSDの報道をもとにgreenote作成
75%削減+25%除去という設計
Appleは2020年7月、ある発表を行いました。2030年までにサプライチェーンと製品全体で100%カーボンニュートラルを達成するという宣言です。これがApple 2030です。目標の設計は、2段構えになっている。
2015年を基準年として、Scope1・2・3を含む温室効果ガス排出量を75%削減する。残る25%の排出については、高品質なカーボンクレジットで相殺する。あるいは森林など自然を活用した炭素除去(ネイチャーベースドソリューション)で相殺する、という構造です。Scope1・2・3の考え方はGHGプロトコルとはもあわせてご覧ください。
2025年時点で60%超の削減を達成
2026年4月に公表された最新の環境進捗レポートでは、進捗が示されています。2025年の排出量は、2015年比で60%を超えて削減されたとされる(WBCSDの報道)。
2030年の目標である75%削減まで、残り15ポイント弱という位置にある。2020年の発表から一貫して進捗を開示し続けている点は、目標を掲げるだけでなく検証可能にする姿勢の表れといえます。カーボンニュートラルの考え方全般はカーボンニュートラルとはもあわせてご覧ください。
03
サプライヤークリーンエネルギープログラム
Apple 2030を支える柱の一つが、取引先を巻き込んだ再生可能エネルギーへの転換です。
取引先を巻き込んだ再エネ転換
副次効果として水資源の節約も進む。サプライチェーン全体の脱炭素は、Apple単独では実現できない。
出典:Appleの公開情報をもとにgreenote作成
取引先に再エネへの転換を促す仕組み
Appleは、部品を供給する取引先に対し、再生可能エネルギーへの転換を促すプログラムを運営しています。取引先が使う電力を、化石燃料由来から再エネへ切り替えることで、サプライチェーン全体の排出を減らす狙いです。
この取り組みは、参加する取引先の数を年々増やしながら、再生可能エネルギーの導入量を積み上げてきました。年間の発電量は、数千万メガワット時規模に達しているとされる。自社の排出だけでなく、取引先の排出にまで働きかける姿勢が、Apple 2030の実現に不可欠な要素になっています。
水資源の節約という副次効果
このプログラムには、水資源の節約という副次的な効果も伴っています。取引先の生産工程を見直す過程で、水の再利用や使用量の削減も同時に進んでいるためです。
環境課題は、気候変動だけにとどまりません。エネルギーの転換に取り組む過程で、水資源など別の課題にも良い影響が及ぶことがある。環境課題どうしの相乗効果を、Appleの事例は示しています。
04
製品のリサイクル材料化
製品そのものの脱炭素も進んでいます。リサイクル材料の活用状況を確認します。
製品に使う材料そのものを変える
材料の調達段階から排出を減らすアプローチ。
出典:Apple環境進捗レポートをもとにgreenote作成
コバルト・レアアースのリサイクル率
Appleは、製品に使う材料そのものの脱炭素にも力を入れています。磁石に使うレアアース、電池に使うコバルトについて、ほぼすべてをリサイクル材料に切り替えたと報告されている。一部製品では、筐体に100%リサイクルアルミニウムを採用する例もあります。
材料を新たに採掘・精製する工程は、多くのエネルギーと排出を伴う。リサイクル材料への切り替えは、製品の使用段階ではなく、調達段階から排出を減らすアプローチだといえます。
出荷する製品に使う材料のうち、リサイクル材料や再生可能な材料が占める割合も、年々高まっている傾向にある。素材メーカーとの協業を通じて、こうした材料の調達網を築いてきたことが背景にあります。
カーボンニュートラル認定製品という打ち手
Appleは、一部の製品について「カーボンニュートラル」と表示する取り組みも進めています。製造・使用・輸送などのライフサイクル全体で出る排出を算定する。削減しきれない分をカーボンクレジット等で相殺したうえで、個別の製品単位でこの表示を行う手法です。
この手法は、消費者に環境への取り組みを分かりやすく伝えられる。製品パッケージや店頭で、環境性能を一目で示せる利点がある。一方で、表示の根拠となるオフセットの信頼性が問われる場面もある。次の章で、この論点を詳しく見ていきます。
05
カーボンオフセットの説明責任という論点
Appleの環境戦略を語るうえで避けて通れないのが、カーボンオフセットの信頼性をめぐる論点です。
オフセットの信頼性をどう説明するか
ドイツの裁判所
Apple Watchのカーボンニュートラル表示を誤解を招く広告と認定。植林の土地契約が2029年までで、消費者が想定する長期の炭素貯留を保証できないと判断。
米国の別の訴訟
原告側が虚偽性を証明できず、Apple側の主張が認められた。環境団体もAppleを支持する意見書を提出。
同じ手法でも、判断が分かれている。オフセットの永続性の説明が今後の論点。
出典:報道機関の公開情報をもとにgreenote作成
ドイツの裁判所が下した判断
2024年8月、ドイツのフランクフルト地方裁判所は、環境NGOが提起した訴訟で判断を下しました。Apple Watchの「カーボンニュートラル」表示を誤解を招く広告と認定したのです。
問題視されたのは、Appleが使ったパラグアイのユーカリ植林プロジェクトによるオフセットです。この植林地の土地の賃借契約は2029年までしか続きません。消費者が想定するような2050年頃までの炭素貯留を保証できていない、と裁判所は判断しました。
さらに、環境団体はユーカリの単一植林そのものにも疑問を投げかけています。生物多様性への影響が限定的で、炭素の貯留量にも限りがあると指摘しています。裁判は、オフセットの量だけでなく、質そのものにも焦点を当てたものでした。
米国での対照的な結果と論点の本質
一方、米国での別の訴訟では判断が異なりました。原告側がAppleの説明を虚偽・意図的に誤解を招くものだと証明できなかったとして、Apple側の主張が認められています。米国の環境保護団体Environmental Defense Fundも、Appleを支持する意見書を提出しました。その手法は業界慣行と整合的だとの見解です。
同じ手法をめぐって、国や裁判所によって判断が分かれている。これは、業界全体が向き合うべき論点を象徴する事例だといえます。カーボンオフセットの「永続性」や「追加性」をどう説明するか、という問いです。オフセットに依存する企業ほど、その根拠を丁寧に説明する責任が重くなる。カーボンクレジットの考え方はカーボンクレジットとはもあわせてご覧ください。
06
実務担当者がベンチマークすべきポイント
Appleの事例は、規模の大小を問わず、脱炭素に取り組む企業にとって示唆に富みます。最後に、自社の実務に活かせる視点を整理します。
Appleの事例から学べる3つのポイント
サプライチェーンを巻き込む。自社の努力だけでなく、取引先の再エネ転換を後押しする仕組みをつくる。
進捗を毎年検証可能な形で開示する。目標を掲げるだけでなく、環境進捗レポートで具体的な数値を継続的に示す。
オフセットの永続性を丁寧に説明する。炭素除去やクレジットに依存する部分は、その信頼性・期間の根拠を明確にする。
いずれも業種を問わず応用できる。
出典:Appleの公開情報をもとにgreenote作成
第一に、自社の努力だけでなく、取引先を巻き込んで再エネ転換を後押しする仕組みをつくることです。サプライヤークリーンエネルギープログラムのような取り組みが、その一例です。取引先の脱炭素を支援する姿勢が、サプライチェーン全体の排出削減を左右します。
第二に、目標を掲げるだけでなく、進捗を毎年検証可能な形で開示することです。環境進捗レポートを通じて、具体的な数値を継続的に示す姿勢は、信頼性を高めます。
第三に、カーボンオフセットに依存する部分は、その永続性や追加性を丁寧に説明することです。ドイツの裁判例が示すように、根拠の説明が不十分だと、誠実な取り組みであっても誤解を招くリスクがある。これらはいずれも、業種を問わず応用できる学びです。他社のESG経営は、三菱商事のESG経営を分析もあわせてご覧ください。
なお本記事は、Appleおよび報道機関等の公開情報をもとに、環境戦略の動向を整理したものです。特定の企業・製品・投資判断を推奨するものではありません。目標の進捗や訴訟の状況は今後変わりうるため、最新の一次情報をご確認ください。
人的資本とサプライチェーンの人権(S)|世界最大級の監査網
Appleのサステナビリティは環境だけではありません。数百万人が働く委託製造のサプライチェーンに対し、サプライヤー行動規範にもとづく監査を毎年数百件規模で実施し、結果を「People and Environment in Our Supply Chain」レポートで公表しているとされます。労働時間・強制労働防止・安全衛生などの遵守状況を数値で開示する、サプライチェーン人権対応の世界的なベンチマークです。
社内では人種的公正の推進に1億ドル超を投じる「Racial Equity and Justice Initiative」を展開し、ダイバーシティ報告も継続。人権デューデリジェンスの実務を学ぶうえで、同社のサプライヤーレポートは必読の一次資料といえます。
ガバナンス(G)|役員報酬にESG評価を組み込む
Appleは役員賞与にESG評価を反映させる仕組み(±10%の修正係数)を2021年から導入したとされ、「Appleの価値観への貢献」が経営陣の報酬に直結する設計です。株主総会では環境・人権に関する株主提案も毎年のように議論され、取締役会が対応を開示しています。
日本企業でも人的資本経営やESG連動報酬の導入が進みますが、報酬委員会が具体的な係数まで開示するAppleの透明性は参考になります。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. Appleの2030年カーボンニュートラル目標「Apple 2030」とは何ですか?
Appleが2020年7月に発表した目標で、2030年までにサプライチェーンと製品のライフサイクル全体で温室効果ガス排出を実質ゼロにするというものです。具体的には、2015年を基準に排出量を75%削減し、残る25%は高品質なカーボンクレジットや自然を活用した炭素除去(ネイチャーベースドソリューション)で相殺する設計になっています。2026年4月公表の最新報告書では、2015年比60%超の削減を達成したとされています。
Q. なぜAppleのカーボンニュートラル表示が裁判で問題になったのですか?
2024年8月、ドイツの裁判所が、Apple Watchの『カーボンニュートラル』という表示を誤解を招く広告と認定したためです。Appleが用いたパラグアイの植林プロジェクトによるオフセットは、土地の賃借契約が2029年までしか続かず、消費者が想定するような長期的な炭素貯留を保証できていない、という点が問題視されました。一方、米国の別の訴訟ではApple側の主張が認められており、判断が分かれている状況です。
Q. Appleの取り組みから他社が学べることは何ですか?
自社の努力だけでなく、サプライヤーを巻き込んで再生可能エネルギーへの転換を進める仕組みづくりや、進捗を毎年詳細に開示する透明性の姿勢が、規模の大小を問わず参考になります。同時に、カーボンオフセットに依存する部分については、その信頼性や永続性を丁寧に説明する必要があるという教訓も、Appleの事例から学べる重要な論点です。
Sources
出典・参考(一次情報)
- Apple「Environment」
- WBCSD「Apple unveils environmental progress, surpassing 60 percent reduction in global greenhouse gas emissions」
- Apple Newsroom「Apple commits to be 100 percent carbon neutral for its supply chain and products by 2030」
- Apple|Supply Chain(サプライヤー責任レポート)
- Apple|Inclusion & Diversity
最終更新日:2026年7月5日
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
