ESG Company Analysis
石油や天然ガスを掘る会社が、脱炭素をめざす——。一見すると、矛盾しているように聞こえます。しかし、エネルギーの安定供給を担いながら、次の時代へどう移っていくか。これは避けて通れない問いです。日本最大の石油・天然ガス開発企業INPEXは、この難題に正面から向き合っています。本記事では、INPEXのESG経営を、化石燃料の開発企業ならではの挑戦と「ネットゼロ5分野」を軸に、賛否のある論点も両論併記で、公式情報をもとに中立に分析していきます。
この記事の目次
01
INPEXのESG経営とは|化石燃料の開発企業の挑戦
まず、INPEXがどんな会社で、その脱炭素がなぜ難しくも重要なのかを整理しましょう。
掘る会社の、脱炭素への挑戦
CO2は事業の根幹と切り離せない。他業種とは違う難しさ。
出典:INPEXの公表情報をもとにgreenote作成
日本最大の石油・天然ガス開発企業
INPEX(旧・国際石油開発帝石)は、日本最大の石油・天然ガスの開発企業です。海外や国内で、石油や天然ガスを自ら探し、掘り、生産する「上流(E&P)」を主力とします。西オーストラリアの大型LNG事業「イクシス」などで知られる、日本のエネルギー安定供給の要です。
しかし、この事業は、脱炭素の時代には難しい立ち位置に置かれているのです。扱う商品そのものが、燃やせばCO2を出す化石燃料だからです。使う電力を再エネに変えれば済む、という話ではありません。事業の根幹が、CO2と切り離せないのです。だからこそ、INPEXの脱炭素は、他の多くの企業とは違う難しさを抱えています。この難題に、同社はどう挑むのでしょうか。
事業を2つに分ける長期戦略
INPEXの答えが、その長期戦略に表れています。同社は、事業を大きく2つに分けました。ひとつが、従来からの「石油・天然ガス分野」。もうひとつが、脱炭素の新規事業である「ネットゼロ5分野」です。脱炭素の全体像は、関連記事のネットゼロとはもあわせてご覧ください。
ここで鍵になるのが、天然ガスの位置づけです。INPEXは天然ガスを、石炭より排出の少ない移行期(トランジション)の燃料ととらえています。すぐに化石燃料をやめるのではなく、比較的クリーンな天然ガスで橋渡ししながら、その間に「ネットゼロ5分野」を育てる。既存事業と新規事業を両輪で進める。これが、INPEXの現実的な移行の考え方です。ただし、この考え方には賛否もあります。その点は、後の論点で見ていきます。
02
ネットゼロ5分野|1兆円を投じる転換
INPEXの脱炭素の中核が、5つの新しい事業です。
脱炭素の、5つの柱
2030年までにこの5分野へ総額約1兆円を投じる計画。
出典:INPEXの公表情報をもとにgreenote作成
INPEXの脱炭素の中核が、「ネットゼロ5分野」です。これは、同社が「2050年ネットゼロへの挑戦」と位置づける、5つの新規事業を指します。具体的には、①水素・アンモニア、②CCUS(CO2の回収・利用・貯留)、③再生可能エネルギー(洋上風力・地熱など)、④メタネーション(CO2と水素から合成メタンをつくる)、⑤森林などのカーボンクレジット、の5つです。
注目したいのは、その本気度を示す投資額です。公表情報によれば、INPEXは2030年までに、この5分野へ総額約1兆円を投じる計画を掲げています。掛け声だけでなく、大きな資金を新規事業に振り向ける。石油・ガスで得た収益を、脱炭素の柱づくりに再投資する構図です。では、5分野の中でも、開発企業ならではの強みが光る2つを、詳しく見ていきましょう。
03
CCUS|出したCO2を地下に貯める
開発企業ならではの技術を活かす取り組みです。
CO2を、地下に戻す
石油・ガス開発で培った地下の技術を活用。2026年にも貯留開始、年間200万トン以上をめざす。
出典:INPEXの公表情報をもとにgreenote作成
ネットゼロ5分野のうち、INPEXの強みがとりわけ光るのが、CCUSです。これは、CO2を回収し、利用したり、地下に貯留したりする技術のことです。ここでINPEXが活かすのが、石油・ガスの開発で長年培ってきた地下の技術です。地層を読み、地下深くに物質を出し入れする。その知見は、CO2を地下に貯めるCCSに、そのまま応用できます。CO2を回収して地中に固定する考え方は、関連記事の炭素除去(CDR)とはもあわせてご覧ください。
具体的な計画も進んでいます。公表情報によれば、西オーストラリアの天然ガス事業「イクシス」から出るCO2を、豪州ダーウィンで回収・貯留する計画です。2026年にも貯留を始め、年間200万トン以上をめざすとしています。地下から取り出した資源を燃やして出たCO2を、ふたたび地下に戻す。石油・ガスを掘ってきた会社だからこそできる、逆転の発想だといえます。
04
水素・アンモニア・メタネーション|技術の転用
地下やプラントの技術を、次のエネルギーへ活かします。
掘る技術を、つくる技術へ
出典:INPEXの公表情報をもとにgreenote作成
CCUSと並んで、INPEXが力を注ぐのが、水素・アンモニアとメタネーションです。いずれも、これまでの事業で培った技術を、次のエネルギーへ転用する試みだといえます。まず水素・アンモニアは、燃やしてもCO2を出さない次世代燃料です。INPEXは、その製造や供給に注力しています。水素の詳しい仕組みは、関連記事のグリーン水素とはもあわせてご覧ください。
そしてユニークなのが、メタネーションです。これは、CO2と水素から、都市ガスの主成分である合成メタン(e-methane)をつくる技術だといえます。つくった合成メタンは、いまある都市ガスの設備やパイプラインで、そのまま使えます。公表情報によれば、INPEXは新潟県長岡市で、この実用化に向けた技術開発を進めています。掘って売るだけの会社から、CO2を使ってエネルギーをつくる会社へ。この転換の姿勢が、INPEXの挑戦の核心なのです。
05
論点|化石燃料を続けながらの脱炭素
INPEXのESGには、避けて通れない論点があります。
移行の担い手か、逆行か
販売した燃料の排出(Scope3)の扱いも課題。どちらか一方に断じず両面から見る。
出典:INPEXの公表情報および公開報道をもとにgreenote作成
INPEXのESGを語るうえで、避けて通れない論点が存在します。ここは、良い面だけでなく、厳しい問いも公平に見ておく必要があるでしょう。INPEXは、天然ガスを移行期の燃料と位置づけ、石油・天然ガスの開発も続けます。この点について、パリ協定の1.5℃目標との整合や、新規の化石燃料開発の是非を問う声があります。地球全体の脱炭素と逆行しないか、という批判です。
一方で、これを移行の担い手として評価する見方もあります。エネルギーの安定供給は、社会に欠かせません。その役割を果たしつつ、開発で培った技術をCCUSや水素へ転用していく。急に化石燃料を止めれば、社会が混乱しかねない。ならば、当事者が責任をもって移行を進めるべきだ、という考え方です。こうした移行を支える資金の流れは、関連記事のトランジション・ファイナンスとはもご参照ください。加えて、販売した燃料の排出(Scope3)をどう扱うかも、化石燃料企業に共通の難しい課題です。どちらか一方に断じるのではなく、両面から冷静に見ることが大切です。なお本記事は、特定の企業や投資を推奨するものではありません。
地域社会と人権(S)|資源開発の現場から
資源開発企業のSは操業地域との関係に凝縮されます。INPEXは豪州の大型LNGプロジェクト「イクシス」などで、先住民をはじめとする地域社会との対話・環境影響管理(HSE)を操業の前提条件として運用しているとされます。
サプライチェーンの人権デューデリジェンスも国際的な資源メジャーの標準に沿って整備を進めており、資源国の人権状況が事業リスクに直結する業態ならではの緊張感があります。
ガバナンス(G)|経産大臣が持つ「黄金株」
INPEXのGで最もユニークなのは、経済産業大臣が拒否権付きの甲種類株式(黄金株)を保有する日本で唯一の上場企業であることです。エネルギー安全保障上の重要企業として、外国資本による支配などを国が防げる仕組みとされます。
国策と株主利益のバランスという特殊な統治課題を抱えつつ、独立社外取締役が取締役会の監督を担い、ネットゼロ5分野(水素・CCUS等)への移行投資を規律づけています。経済安全保障とガバナンスの交差点として必見の事例です。
06
まとめ|INPEXのESG経営から学べること
INPEXの挑戦は、化石燃料に深く関わる企業が、いかに次の時代へ移るかという難問を、私たちに突きつけます。最後に、要点を振り返りましょう。
INPEXに学ぶ、3つのこと
出典:INPEXの公表情報・公開報道をもとにgreenote作成
INPEXのESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。
- 日本最大の石油・天然ガス開発企業。化石燃料そのものを扱うため、脱炭素は難しい立ち位置
- 長期戦略で事業を2つに分ける=石油・天然ガス分野と、ネットゼロ5分野(天然ガスは移行燃料と位置づけ)
- ネットゼロ5分野=水素・アンモニア/CCUS/再エネ/メタネーション/森林クレジット。2030年まで約1兆円投資
- 強みの転用=CCUS(イクシス→ダーウィンで2026年貯留・年200万トン超)やメタネーション(e-methane)
- ⚠️論点=化石燃料開発を続けることの賛否、Scope3の扱い(両論併記で見る)
INPEXから学べるのは、自らの事業の強みを、次の時代の武器へ転用するという発想です。石油・ガスを掘る技術は、CO2を地下に貯めるCCUSや、合成メタンをつくる技術に、そのまま活きます。既存事業と新規事業を両輪で回し、収益を脱炭素へ再投資する。この現実的な移行の姿は、資源に関わる企業のヒントになるでしょう。なお、同じ資源でも商社の立場から関わる三井物産と比べると、自ら開発するINPEXの当事者性が際立ちます。もっとも、化石燃料開発を続けることへの批判や、Scope3という壁は、依然として重い問いです。理想と現実の両面を見すえることが、企業のESGを深く理解する助けになります。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. INPEX(旧・国際石油開発帝石)とはどんな会社ですか?
INPEXは、日本最大の石油・天然ガスの開発企業です。海外や国内で、石油や天然ガスを自ら探し、掘り、生産する「上流(E&P)」を主力とします。西オーストラリアの大型LNG事業「イクシス」などで知られます。エネルギーの安定供給を担う一方、化石燃料そのものを扱うため、脱炭素の時代には難しい立ち位置にあります。
Q. INPEXの長期戦略の特徴は何ですか?
INPEXは、長期戦略で事業を大きく2つに分けています。ひとつが、従来からの「石油・天然ガス分野」。もうひとつが、脱炭素の新規事業である「ネットゼロ5分野」です。天然ガスを、石炭より排出の少ない移行期の燃料と位置づけつつ、ネットゼロ5分野を「2050年ネットゼロへの挑戦」と定めています。既存事業と新規事業を両輪で進めるのが、その特徴です。
Q. ネットゼロ5分野とは何ですか?
INPEXが脱炭素の中核に据える、5つの新規事業分野です。具体的には、①水素・アンモニア、②CCUS(CO2の回収・利用・貯留)、③再生可能エネルギー(洋上風力・地熱など)、④メタネーション(CO2と水素から合成メタンをつくる)、⑤森林などのカーボンクレジット、の5つです。公表情報によれば、2030年までにこの5分野へ、総額約1兆円を投じる計画です。
Q. INPEXのCCUSとは何ですか?
CCUSは、CO2を回収し、利用したり地下に貯留したりする技術です。INPEXは、石油・ガスの開発で培った地下の技術を、この分野に活かせます。公表情報によれば、西オーストラリアの天然ガス事業「イクシス」から出るCO2を、豪州ダーウィンで回収・貯留する計画で、2026年にも貯留を始め、年間200万トン以上をめざすとしています。地下にCO2を「戻す」発想です。
Q. 化石燃料の会社が脱炭素をめざすことに批判はありますか?
あります。INPEXは天然ガスを移行期の燃料と位置づけ、石油・天然ガスの開発も続けます。この点について、1.5℃目標との整合や、新規の化石燃料開発の是非を問う声があります。一方で、エネルギーの安定供給を担いつつ、開発技術をCCUSや水素へ転用する「移行の担い手」としての役割を評価する見方もあります。どちらか一方に断じず、両面から見ることが大切です。
Q. INPEXのESG経営から学べることは何ですか?
大きく2つあります。1つ目は、化石燃料という自らの事業の強み(地下やプラントの技術)を、CCUSや水素といった次のエネルギーへ転用する発想です。2つ目は、既存事業と新規事業を両輪で進める現実的な移行の考え方です。もっとも、化石燃料開発を続けることへの批判や、販売した燃料の排出(Scope3)の扱いという課題は残ります。理想と現実の両面を見ることが大切です。なお本記事は特定の投資を推奨するものではありません。
Sources
出典・参考(一次情報)
- INPEX「ネットゼロ5分野の取組み」
- INPEX「水素・アンモニア」
- INPEX「長期戦略・サステナビリティ関連の開示資料」および各種公開報道
- INPEX|サステナビリティ(公式)
※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年7月12日