ESGの開示を担当していると、「CSRD対応でESRS、投資家向けにISSB、国内ではSSBJ……同じような情報を何度もつくり直しているのではないか」という疑問に突き当たります。この負担を減らす鍵が相互運用性です。近年、大手会計事務所のEYが、欧州のESRSと国際的なISSB基準の両方に対応する「単一のサステナビリティ報告書」の実務ガイダンスを示すなど、この動きが加速しています。ISSBとESRSの相互運用性とは、異なる開示基準どうしを整合させ、一度の報告で複数の基準に対応できるようにする取り組みのことです。本記事では、その中身と限界、そして日本企業への意味を、一次情報をもとに整理します。
≡この記事の目次
相互運用性(インターオペラビリティ)とは(おさらい)
まず、なぜ複数の開示基準の「相互運用性」が実務で重要になっているのか、基本から整理しましょう。
一度つくれば、複数に使える
(GHG排出量など)を
一度収集・管理
report once, use many=重複・断片化・複雑性を減らす考え方。
出典:IFRS財団・EFRAGの公開情報をもとにgreenote作成
「一度つくれば、複数に使える」という発想
相互運用性(インターオペラビリティ)とは、企業が複数の開示基準に同時に対応する負担を減らすため、基準どうしの定義や要求事項を整合させる取り組みです。その中核にある考え方が、「一度データをつくれば、複数の枠組みに使える(report once, use many)」というものです。
IFRS財団とEFRAGの公式ガイダンスは、これを「意思決定に有用なデータを一度収集・管理する」と表現し、目的を「重複・断片化・複雑性の削減」だと説明しています。開示基準が乱立するなかで、同じ情報を基準ごとに何度もつくり直す非効率を解消しよう、という実務的な要請から生まれた概念です。
ISSBとESRSという2つの基準
相互運用性が特に問われるのが、ISSBとESRSという2つの基準の関係です。ISSBとは、国際的なサステナビリティ開示基準(IFRS S1・S2)を定める枠組みで、主に投資家向けの情報開示を担います。一方のESRSとは、EUのCSRDに基づく欧州の開示基準です。
グローバルに事業を展開する企業は、投資家向けにISSB系の開示を求められる一方、EU事業ではESRSへの対応も必要になります。2つの基準が別々の要求をすれば、企業は二重の報告負担を抱えます。そこで、両基準を整合させて負担を減らす取り組みが進められてきました。その具体的な成果が、次に見る相互運用性ガイダンスです。
2024年5月の相互運用性ガイダンス
相互運用性を具体的に前進させたのが、IFRS財団とEFRAGが共同で公表したガイダンスです。
2024年5月 相互運用性ガイダンス
(IFRS財団 × EFRAG)
二重報告を避け、同じデータを両基準に使えるように整理された。
出典:IFRS財団・EFRAG「相互運用性ガイダンス」をもとにgreenote作成
気候・GHG排出量は高度に整合している
IFRS財団の発表によれば、2024年5月2日、IFRS財団(ISSB)とEFRAGが共同で「ESRS–ISSB Standards Interoperability Guidance(相互運用性ガイダンス)」を公表しました。特に気候関連開示(ISSBのIFRS S2とESRSのE1)に焦点を当て、両基準の要求事項を対応づけたものです。
ガイダンスは、ISSB基準の気候関連開示のほぼすべてがESRSに含まれると明記しています。さらに、IFRS S2はGHG排出量をGHGプロトコルに従って測定するよう求め、ESRS E1もGHGプロトコルの内容を取り込んで策定されているため、Scope1・2・3の算定は概ね整合します。つまり、GHG排出量を一度算定すれば、両基準の報告に使えるのです。
グローバル・ベースライン+追加開示という構造
このガイダンスが示す整理の要は、「モジュール構造」という考え方です。ISSB基準を、世界共通の土台となるグローバル・ベースラインとして使い、EUで追加的に求められる開示を、その上に上乗せ(incremental disclosures)する、という構造です。
ISSBのエマニュエル・ファーバー議長は、「企業はこの共同ガイダンスを、グローバル・ベースラインを提供するためのモジュールとして使いながら、EU域内で求められる追加開示も提供できる」と述べています。土台の部分は共通化し、地域固有の要求だけを追加すればよい――この発想が、二重報告の負担を大きく減らす鍵になります。ただし、すべてが共通化できるわけではありません。次にその限界を見ていきます。
相互運用性の限界――シングルとダブルのマテリアリティ
相互運用性には限界もあります。その核心が、2つの基準のマテリアリティの考え方の違いです。
相互運用できる範囲と、できない範囲
ISSB(IFRS S1・S2)
財務マテリアリティ(シングル)
投資家向け
ESRS
ダブルマテリアリティ
投資家+ステークホルダー向け
ISSB対応が自動的にESRS対応になるわけではない。
出典:相互運用性ガイダンス・EYの公開情報をもとにgreenote作成
財務マテリアリティは整合している
相互運用性の最大の限界は、マテリアリティ(重要性)の考え方の違いにあります。ここは正確に理解しておく必要があります。相互運用性ガイダンスによれば、ESRSにおける財務マテリアリティの定義は、IFRS S1のマテリアリティの定義と整合しています。
つまり、「サステナビリティ課題が企業の財務にどう影響するか」という財務マテリアリティの観点では、2つの基準はかみ合っており、共通化が可能です。ここが相互運用性の土台になっています。問題は、ESRSがそれだけにとどまらない点です。
ESRSのインパクト情報は追加で必要
決定的な違いは、ESRSがダブルマテリアリティを採用している点です。ガイダンスは、ESRSのダブルマテリアリティ評価が投資家とその他ステークホルダーの双方(インパクト・マテリアリティを含む)を考慮するのに対し、ISSB基準の評価は投資家の情報ニーズに焦点を当てると整理しています。
その結果、ISSB(IFRS S1・S2)の開示はESRSの財務マテリアリティ部分に概ね対応しますが、ESRSが求めるインパクト情報(企業が環境・社会に与える影響)は追加で必要になります。EYも、一方の要求を満たしても他方への準拠が自動的に保証されるわけではないと指摘しています。「ISSB対応=自動的にESRS対応」とはならない――この点が、実務で最も誤解されやすいポイントです。
「単一のサステナビリティ報告書」という実務
相互運用性を土台に、1つの報告書で両基準に対応する「単一報告」の実務が広がっています。
単一報告アプローチのメリット
(単一のサステナビリティ報告書)
実現にはガバナンス・データ報告インフラの早期整合と、どちらの基準を起点にするかの選択が鍵。
出典:EYの公開情報をもとにgreenote作成
相互運用性を実務に落とし込んだのが、「単一のサステナビリティ報告書(single sustainability report)」というアプローチです。EYは、ESRSとISSB基準の両方に同時対応する単一報告の実務を提示しており、これが今回のニュースの起点にもなっています。
その考え方はシンプルです。基準ごとに別々の報告書をつくるのではなく、相互運用性を活かして1つの報告で両基準に対応することで、報告の重複や複雑性・コストを削減します。GHG排出量のように算定基盤が共通する項目は、一度算定すれば複数の枠組みに使えます。加えて、ガバナンスやデータ管理体制の強化、規制変化への耐性、複数法域へのスケーラビリティといった利点もあります。ただしEYは、実現にはガバナンス・財務計画・データ報告インフラを早期に整合させ、どちらの基準を起点にするかを最初に決めることが重要だとしています。相互運用性は「自動的に楽になる魔法」ではなく、体制づくりを伴う実務なのです。
日本企業にとっての意味とSSBJ
相互運用性は、日本企業の開示実務にも直接関わってきます。SSBJとの関係を整理します。
SSBJ基準の適用と相互運用性
SSBJ(ISSBベース)の開示を整えれば、グローバル・ベースラインとしてESRS対応の土台にもなり得る(東証プライムへの段階適用・見込み)。
出典:SSBJ・金融庁・東証等の公開情報をもとにgreenote作成
日本では、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が、ISSBのIFRS S1(全般的要求事項)・IFRS S2(気候)をベースにした日本版基準を2025年3月に公表しました。適用時期は東証プライム上場企業に段階適用され、2027年3月期に時価総額3兆円以上の企業から適用、以降2028年3月期に1兆円以上、2029年3月期に5,000億円以上へと対象が広がる見込みです(最終的な義務化の形は金融庁・東証の制度整備によります)。
ここで相互運用性が効いてきます。SSBJ基準はISSBをベースとするため、日本企業がSSBJに沿った開示を整えれば、それがグローバル・ベースラインとしてEUのESRS対応の土台にもなり得るのです。EU域内で事業を行うグローバル企業にとって、ISSB系(SSBJ)を土台に、EU固有の追加開示を上乗せするという考え方は、複数基準への同時対応を現実的にする道筋になります。国内対応と海外対応を別物として抱え込まず、共通の土台の上に積み上げる発想が求められます。
相互運用性をどう捉えるか
ISSBとESRSの相互運用性は、2つの開示基準を整合させ、一度の報告で複数の基準に対応できるようにする取り組みです。2024年5月の相互運用性ガイダンスにより、気候関連開示やGHG排出量の算定は高度に整合し、ISSBをグローバル・ベースラインとしてEUの追加開示を上乗せするモジュール構造が示されました。一方で、ISSBのシングルマテリアリティとESRSのダブルマテリアリティという違いは構造的に残り、ESRSのインパクト情報は追加で必要になります。
加えて、両基準ともに改訂が続いている点にも注意が必要です。EUではESRSの簡素化(オムニバス)が進み、必須データポイントの大幅削減を含む改訂が検討されています。相互運用性の細部は、こうした改訂に応じて再調整され得ます。開示担当者にとっての要点は、「GHG算定など共通化できる土台は一度で整え、マテリアリティの違いや地域固有の要求は個別に押さえる」という戦略的な整理です。相互運用性は、乱立する開示基準に振り回されず、効率的に対応するための現実的な羅針盤だといえます。
なお本記事は、IFRS財団・EFRAG・EY・SSBJなどの公開情報をもとに整理したものです。SSBJの適用時期やESRSの改訂スケジュールは制度整備の途上にあり、変更されることがあります。特定のサービスや対応方針を推奨するものではありません。最新の状況は一次情報をご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. ISSB基準に対応すれば、ESRSにも自動的に対応できますか?
A. いいえ、自動的には対応できません。2024年5月の相互運用性ガイダンスにより、気候関連開示やGHG排出量(Scope1・2・3)の算定は両基準で高度に整合しており、ISSBの気候開示のほぼすべてがESRSに含まれます。しかし、ISSBが投資家向けの財務マテリアリティ(シングルマテリアリティ)を中心とするのに対し、ESRSはダブルマテリアリティを採用し、企業が環境・社会に与える影響(インパクト)の開示も求めます。このインパクト情報はISSB対応だけではカバーされず、ESRS対応には追加の開示が必要になります。
Q. 相互運用性ガイダンスとは何ですか?
A. 2024年5月2日に、国際的なISSB基準を策定するIFRS財団と、EUのESRSを策定するEFRAGが共同で公表した「ESRS–ISSB Standards Interoperability Guidance」のことです。特に気候関連開示(ISSBのIFRS S2とESRSのE1)について、両基準の要求事項の共通点と差分を対応づけ、企業が同じデータを二度作らずに済むよう整理しています。ISSB基準をグローバル・ベースライン(世界共通の土台)とし、EUで追加的に求められる開示を上乗せするという構造が示されており、二重報告の負担軽減を目的としています。
Q. 「単一のサステナビリティ報告書」にはどんなメリットがありますか?
A. 複数の開示基準に別々に対応するのではなく、相互運用性を活かして1つの報告で両基準に対応することで、報告の重複や複雑性・コストを削減できます。特にGHG排出量のように算定基盤が共通する項目は、一度算定すれば複数の枠組みに使えます(report once, use many)。ほかにも、ガバナンスやデータ管理体制の強化、規制変化への耐性、複数の法域へのスケーラビリティといった利点があります。一方で、シングルとダブルというマテリアリティの考え方の違いをどう扱うかが、実務上の最大の課題として残ります。
出典・参考(一次情報)
- IFRS財団「IFRS Foundation and EFRAG publish interoperability guidance(2024年5月)」
- IFRS財団「ESRS–ISSB Standards Interoperability Guidance(本文PDF)」
- EFRAG「IFRS Foundation and EFRAG publish interoperability guidance」
- EY「Unlocking a single sustainability report for ESRS and ISSB Standards」
最終更新日:2026年7月10日
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。