「CSRDはEUの規制だから自社には関係ない、と思っていたら対象かもしれないと言われた」。グローバルに事業を展開する企業の現場では、そうした戸惑いをよく耳にします。
CSRDとは、EU(欧州連合)が定めた企業サステナビリティ報告指令です。従来のNFRDを大幅に拡充し、対象企業と開示項目を広げました。EUに子会社や支店を持つ日本企業も、一定の条件を満たせば対象になりうる点が重要です。
本記事では、CSRDの定義と報告基準ESRS、特徴であるダブルマテリアリティ、日本企業がどこで対象になるか、2025年のオムニバス簡素化による延期の動き、そして取るべき準備ステップを順に解説します。実務の判断に使える形へ整理しました。お役に立てれば幸いです。
NFRDを拡充
対象企業・開示項目を大幅に拡大
報告基準=ESRS
EFRAGが策定した具体基準で開示
ダブルマテリアリティ
インパクトと財務の両面を開示
段階的に適用
EU大企業→第三国企業(日本企業も)
≡目次
- 1CSRDとは|EUのサステナビリティ報告指令
- ►CSRDの正式名称とNFRDからの拡充
- ►報告基準ESRSとの関係
- ►なぜ日本企業にも関係するのか
- 2ダブルマテリアリティ|CSRDの最大の特徴
- ►インパクト・マテリアリティと財務マテリアリティ
- ►ISSB・SSBJ(シングルマテリアリティ)との違い
- ►両面開示が求める対応
- 3適用対象とタイムライン|日本企業はどこで対象になるか
- ►EU企業への段階的な適用
- ►第三国企業(日本企業)への適用条件
- ►EU子会社・支店を持つ企業の確認ポイント
- 42025年のオムニバス簡素化|適用延期と対象見直しの動き
- ►オムニバス簡素化パッケージの概要
- ►適用延期(ストップ・ザ・クロック)の動き
- ►確定前として動向を追う重要性
- 5ESRSの主要な開示項目
- ►横断基準とテーマ別基準(環境・社会・ガバナンス)
- ►気候変動(E1)とScope1〜3
- ►第三者保証(限定的保証)の義務化
- 6日本企業が取るべき準備ステップ
- ►①自社・グループの対象該当性を確認
- ►②ESRSとのギャップ分析
- ►③ダブルマテリアリティ評価とデータ整備
- 7まとめ|CSRDは「EU発・グローバル基準」として備える
- 8よくある質問(FAQ)
CSRDとは|EUのサステナビリティ報告指令
CSRDとは、EUが企業に対しサステナビリティ情報の開示を義務づける指令です。日本取引所グループ(JPX)の解説でも、CSRDは欧州の開示を一段と強化する枠組みだと整理されています。まずは正式名称とESRSとの関係を押さえましょう。
CSRDの正式名称とNFRDからの拡充
CSRDは、英語の「Corporate Sustainability Reporting Directive」の略です。日本語では「企業サステナビリティ報告指令」と訳されます。2023年に発効し、従来の非財務情報開示指令(NFRD)を引き継ぐ形で整備されました。
NFRDと比べ、CSRDは対象企業を大きく増やし、開示項目もより詳細です。任意に近かった非財務開示を、明確なルールにもとづく報告へと引き上げた点に特徴があります。EUが開示制度で世界をリードしようとする姿勢の表れと言えるでしょう。
報告基準ESRSとの関係
CSRDが「何を報告するか」を定める基準が、ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)です。CSRDという枠組みのもとで、ESRSという具体的な物差しに沿って開示する関係です。
ESRSは、EUの諮問機関であるEFRAGが策定した基準です。環境・社会・ガバナンスにわたる幅広い項目を網羅する点に特徴があります。CSRDが法的な義務を定め、ESRSが開示の中身を規定する。両者は一体で機能します。
なぜ日本企業にも関係するのか
CSRDはEUの指令ですが、影響は日本企業にも及びます。EU域内に子会社や支店を持つ企業や、EUでの売上が大きい企業は、対象になりうるためです。
すでにEU子会社がCSRDの対象であれば、グループ全体としてデータ提供や開示への協力を求められます。「欧州の話」と片づけられないのが実態です。グローバルに展開する企業ほど、自社の該当性を確認する必要に迫られています。
ダブルマテリアリティ|CSRDの最大の特徴
CSRDを理解する最大の鍵が、ダブルマテリアリティという考え方です。企業が環境・社会に与える影響と、サステナビリティ事項が企業財務に与える影響の、両面から重要性を判断します。ISSBやSSBJとの違いを解説しましょう。
インパクト・マテリアリティと財務マテリアリティ
ダブルマテリアリティは、2つの重要性で成り立ちます。ひとつは「インパクト・マテリアリティ」で、企業活動が環境や社会に与える影響を捉えます。もうひとつは「財務マテリアリティ」で、気候変動などのサステナビリティ事項が企業の財務に与える影響を捉えます。
つまり、「自社が社会に及ぼす影響」と「社会が自社に及ぼす影響」の双方を開示するわけです。一方向ではなく双方向で捉える発想が、CSRDの土台になっています。
ISSB・SSBJ(シングルマテリアリティ)との違い
ISSBやSSBJの基準は、主に財務マテリアリティを中心に据える「シングルマテリアリティ」の立場です。投資家の意思決定に効く情報を重視する考え方と言えます。EY Japanの比較解説でも、この重要性の捉え方の違いが整理されています。
CSRDは、これに環境・社会へのインパクトを加えた点が異なります。投資家だけでなく、より広いステークホルダーを意識する設計です。両者の違いを理解すれば、開示の範囲がなぜ広がるのかが見えてきます。
両面開示が求める対応
ダブルマテリアリティの開示には、相応の準備が要ります。自社が環境・社会に与える影響を、データとともに示さなければなりません。財務影響だけを開示してきた企業にとって、新たな負担になりえます。
とはいえ、影響の把握は事業リスクの理解にも役立ちます。負担と捉えるだけでなく、経営の解像度を上げる機会として向き合う姿勢が大切です。
インパクト・マテリアリティ
自社の活動が環境・社会へ及ぼす影響を捉える。
財務マテリアリティ
サステナ事項が企業の財務へ及ぼす影響を捉える。
適用対象とタイムライン|日本企業はどこで対象になるか
CSRDは、企業規模に応じて段階的に適用されます。EUの大企業から始まり、一定規模のEU域外(第三国)企業にも及ぶ予定です。日本企業がどの段階で対象になりうるかを整理しましょう。
EU企業への段階的な適用
CSRDは、対象をいくつかの段階に分けて広げる設計です。まず従来のNFRD対象だった大企業から始まり、その後、EU域内のその他の大企業、上場する中小企業へと順に拡大します。
企業規模は、従業員数・売上高・総資産といった基準で判定されます。大きい企業から先行させることで、制度を段階的に定着させる狙いがうかがえます。
第三国企業(日本企業)への適用条件
日本企業にとって重要なのが、EU域外企業への適用です。EUで一定規模の売上を上げ、かつEU域内に大規模な子会社や支店を持つ企業が、第三国企業として対象になりうると定められています。
つまり、EUでの事業規模が大きい日本企業は、本社レベルでCSRD対応を迫られる場面が出てきます。KPMGの解説でも、日本企業はまず自社グループの該当性を見極めることが第一歩だと指摘されています。
EU子会社・支店を持つ企業の確認ポイント
対象かどうかは、EUでの売上規模、子会社・支店の規模、上場の有無といった条件で決まります。自社単体だけでなく、EUグループ全体を見渡して確認することが欠かせません。
まずは、EUにどのような拠点があり、それぞれがどの基準に該当するかを棚卸しすることが出発点です。該当性の判断は専門的なため、早めに専門家へ相談する企業も増えています。
従来NFRD対象の大企業(EU)
EU域内のその他の大企業
上場する中小企業(EU)
第三国(EU域外)企業:EU売上・大規模子会社の条件を満たす日本企業など
2025年のオムニバス簡素化|適用延期と対象見直しの動き
CSRDをめぐっては、2025年にEUが打ち出した簡素化パッケージ(オムニバス)が大きな論点になりました。適用時期の延期や対象範囲の縮小が議論されており、最新の動向を踏まえた対応が求められます。要点を整理しましょう。
オムニバス簡素化パッケージの概要
オムニバスとは、EUがCSRDなど複数の規制をまとめて簡素化しようとする一連の提案です。企業の報告負担が重すぎるという批判を受け、対象の絞り込みや開示項目の簡素化が検討されました。
背景には、競争力への配慮があります。過度な開示負担が欧州企業の足かせになるという懸念から、ルールを見直す動きが生まれました。規制を強める流れの中での、揺り戻しとも言える展開です。
適用延期(ストップ・ザ・クロック)の動き
簡素化の一環として、適用時期を後ろ倒しにする「ストップ・ザ・クロック」と呼ばれる措置も導入される運びです。まだ報告を始めていない企業群について、適用開始を一定期間遅らせる内容です。
これにより、第三国企業を含む後続の段階は、当初の予定より遅れる見込みです。日本企業にとっては準備の時間が増える一方、最終的な姿が見えにくくなった面もあります。
適用延期
ストップ・ザ・クロックで後続段階の開始を後ろ倒し
対象見直し
対象企業の範囲を絞る方向で議論
開示簡素化
報告項目の負担軽減を検討
確定前として動向を追う重要性
筆者がCSRD対応の相談を受けるなかでも、「結局いつから・誰が対象なのか」という質問が最も多く寄せられます。簡素化の議論は進行中であり、対象や時期は確定前です。
確定した情報として早合点せず、欧州委員会やEFRAGの公表を継続して確認することが欠かせません。延期されたとはいえ、対応の準備そのものを止めてしまうのは得策ではないでしょう。動向を追いながら、着手できる準備を進める姿勢が現実的です。
ESRSの主要な開示項目
CSRDの報告基準であるESRSは、環境・社会・ガバナンスにわたる幅広い開示項目を定めています。横断的な基準と、テーマ別の基準で構成される点が特徴です。主な項目を整理しましょう。
横断基準とテーマ別基準(環境・社会・ガバナンス)
ESRSは、すべての企業に共通する横断基準と、テーマごとのテーマ別基準で成り立ちます。横断基準は、開示の全般的な要求やマテリアリティの考え方を定めます。テーマ別基準は、環境・社会・ガバナンスの各分野を扱います。
環境では気候変動や水資源、生物多様性など、社会では自社の従業員やバリューチェーンの労働者など、ガバナンスでは事業活動の透明性などが対象です。企業は、自社にとって重要なテーマを特定して開示します。
環境(E)
気候変動・汚染・水・生物多様性・資源循環
社会(S)
自社の労働者・バリューチェーンの労働者・地域社会・消費者
ガバナンス(G)
事業活動の透明性・腐敗防止
気候変動(E1)とScope1〜3
環境分野のなかでも中心になるのが、気候変動を扱う基準です。温室効果ガス排出量については、Scope1からScope3までの開示が求められます。サプライチェーン全体の排出を捉えるScope3も対象です。
Scope3の算定方法は、関連記事のスコープ3排出量の算定方法で詳しく解説しました。CSRD対応でも、排出量データの整備が大きな実務課題です。
第三者保証(限定的保証)の義務化
CSRDのもうひとつの特徴が、第三者保証の義務化です。開示したサステナビリティ情報について、当初は限定的保証(リミテッド・アシュアランス)が求められます。
財務情報の監査に近い役割を、サステナビリティ情報にも広げる動きです。保証に備えるには、データの算定根拠や収集の過程を文書として残しておくことが大切です。
日本企業が取るべき準備ステップ
CSRD対応は、対象該当性の確認・ギャップ分析・データ整備という順序で進めると着手しやすくなります。EUグループ全体を巻き込む点が、国内開示と異なる難しさです。実務の進め方を整理しましょう。
①自社・グループの対象該当性を確認
最初の作業は、自社とEUグループがCSRDの対象に当たるかを確認することです。EUでの売上規模や、子会社・支店の規模を棚卸しし、適用条件と照らし合わせます。
ここを誤ると、準備の前提そのものがずれてしまいます。オムニバスによる対象見直しもあるため、最新の条件で判断することが肝心です。該当性の確認が、すべての出発点です。
②ESRSとのギャップ分析
対象だと分かれば、次はESRSが求める開示と、自社の現状とのギャップを分析します。どの項目が開示できていて、何が不足しているかを洗い出す作業です。
すでにSSBJやTCFDに沿った開示を進めていれば、その蓄積を活かせます。SSBJ基準への対応は、関連記事のSSBJ基準とは|適用スケジュール・開示項目・ISSBとの違いで解説しました。私たちgreenote編集部が取材した範囲でも、国内のSSBJ対応とCSRD対応を一体で設計する企業が増えています。国内開示との重なりを意識すると、対応がぐっと効率的になります。
③ダブルマテリアリティ評価とデータ整備
ESRS対応の核が、ダブルマテリアリティ評価です。自社が環境・社会に与える影響と、財務への影響の双方を評価し、重要なテーマを特定します。そのうえで、開示に必要なデータを整えます。
データ整備には、EUグループ各社からの情報収集が伴います。早めに体制を組み、平常業務のなかでデータを蓄積する運用へ切り替えると無理がありません。EU発の規制であっても、対応の本質は国内の開示制度と通じ合います。
対象該当性の確認
EU売上・子会社/支店の規模を棚卸しし、適用条件と照合する。
ESRSとのギャップ分析
不足する開示項目を洗い出す。SSBJ・TCFDの蓄積を活かす。
ダブルマテリアリティ評価とデータ整備
重要テーマを特定し、EUグループから情報を収集する。
まとめ|CSRDは「EU発・グローバル基準」として備える
CSRDとは、EUが定めた企業サステナビリティ報告指令で、報告基準ESRSに沿った開示を求めます。最大の特徴は、企業のインパクトと財務影響の双方を扱うダブルマテリアリティです。EUに一定規模の拠点を持つ日本企業も、第三国企業として対象になりうる点に注意が要ります。
2025年のオムニバス簡素化により、適用時期の延期や対象の見直しが進んでいます。確定前のため動向の継続的な確認が欠かせませんが、準備そのものを止める理由にはなりません。EU市場との関わりが深い日本企業ほど、CBAMなど他のEU規制とあわせて備える発想が役立ちます。EUの炭素国境調整措置は、関連記事のCBAM(炭素国境調整措置)とはで解説しました。
対応は、対象確認から始め、ギャップ分析、データ整備へと進めます。国内のSSBJ対応とも重なるため、開示全体を一体で設計する視点が効率を高めます。EU発の基準を、グローバル開示の一部として前向きに取り込む姿勢が、これからの企業価値を支えるはずです。
よくある質問(FAQ)
Q. CSRDとは何ですか?
CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)とは、EUが定めた企業サステナビリティ報告指令です。従来のNFRD(非財務情報開示指令)を大幅に拡充し、対象企業と開示項目を広げました。報告は、EFRAGが策定した報告基準ESRSに沿って行います。
Q. ダブルマテリアリティとは何ですか?
ダブルマテリアリティとは、2つの観点から重要性を判断する考え方です。ひとつは企業が環境・社会に与える影響(インパクト・マテリアリティ)、もうひとつはサステナビリティ事項が企業財務に与える影響(財務マテリアリティ)です。CSRDは両面の開示を求める点が、財務面を中心とするISSBやSSBJと異なります。
Q. CSRDは日本企業にも関係しますか?
関係する場合があります。EU域内に大規模な子会社や支店を持つ、あるいはEUでの売上が一定規模を超える日本企業は、第三国企業として適用対象になりうるためです。EU子会社がすでにCSRDの対象であれば、グループとして対応を求められることもあるのです。
Q. CSRDの適用はいつから始まりますか?
企業規模に応じて段階的に適用されます。EUの大企業から始まり、一定規模のEU域外企業にも及ぶ予定です。ただし、2025年のオムニバス簡素化パッケージにより適用時期の延期が議論されており、最終的なスケジュールは今後の動向で確定します。
Q. 2025年のオムニバス簡素化とは何ですか?
オムニバスとは、EUがCSRDなど複数の規制をまとめて簡素化しようとする一連の提案です。適用時期の延期(ストップ・ザ・クロック)や、対象企業の範囲を絞る見直しが含まれます。企業の負担軽減を狙うものですが、内容は確定前のため、最新の公表を継続して確認する必要があります。
Q. CSRD対応では第三者保証も必要ですか?
必要です。CSRDでは、開示したサステナビリティ情報について、当初は限定的保証(リミテッド・アシュアランス)が義務づけられます。将来的に保証の水準を引き上げる方向も示されています。データの算定根拠や収集プロセスを文書として残しておくことが重要です。