サステナビリティ開示を学ぶと、必ず出てくる言葉が「マテリアリティ(重要性)」です。なかでも、EUが採用する「ダブルマテリアリティ」は、開示の考え方を二分する重要な概念。同じサステナビリティ情報でも、どの基準に従うかで「何を重要とみなすか」が変わってきます。
本記事では、ダブルマテリアリティとは何かを整理したうえで、シングルマテリアリティとの違い、ISSBとCSRDで分かれる立場、評価の進め方、2026年のオムニバスによる簡素化、日本企業への影響までを解説します。EUの開示制度はCSRDとは、世界共通の基準はISSBとはもあわせてご覧ください。
≡目次
- 1ダブルマテリアリティとは|2つの視点で重要性を捉える
- ►マテリアリティ(重要性)とは
- ►「企業への影響」と「社会への影響」の2方向
- 2シングルマテリアリティとの違い
- ►財務マテリアリティ(外から内)
- ►インパクトマテリアリティ(内から外)
- 3ISSBとCSRDで考え方が違う
- ►ISSBは単一(財務)
- ►CSRD・ESRSは二重
- ►SSBJ(日本)の位置づけ
- 4ダブルマテリアリティ評価の進め方
- ►影響・リスク・機会(IRO)を洗い出す
- ►ステークホルダーと対話し優先順位をつける
- ►オムニバスで評価は簡素化へ
- 5日本企業への影響と実務
- ►SSBJ対応は単一が基本
- ►EU子会社・CSRD対象は二重
- ►ダイナミック・マテリアリティという視点
- 6まとめ|ダブルマテリアリティは「2方向の重要性」
ダブルマテリアリティとは|2つの視点で重要性を捉える
サステナビリティ開示でよく出てくる「マテリアリティ」。なかでもEUが採用するダブルマテリアリティは、開示の根っこにある考え方です。まずは概要を押さえましょう。
マテリアリティ(重要性)とは
マテリアリティとは、日本語で「重要性」と訳されます。企業が開示すべき、重要な事項のことです。あらゆる情報を載せるのは現実的ではありません。そこで「何が重要か」を見極め、優先して開示する——その判断基準がマテリアリティです。
サステナビリティの文脈では、気候変動や人権、水資源など、無数のテーマが候補になります。どれを自社の重要課題として開示するか。その線引きが、報告の質を左右します。マテリアリティの基礎はマテリアリティとはもあわせてご覧ください。
「企業への影響」と「社会への影響」の2方向
では、何をもって「重要」と判断するのでしょうか。ここで視点が2つに分かれます。一つは、サステナビリティ課題が「企業の財務」に与える影響。もう一つは、企業の活動が「社会・環境」に与える影響です。
ダブルマテリアリティは、この2方向の両方から重要性を捉えます。財務への影響だけでなく、自社が外の世界に及ぼすインパクトも見る。だから「ダブル(二重)」と呼ばれるのです。どちらか一方でも重要なら、開示の対象になります。
シングルマテリアリティとの違い
ダブルマテリアリティを理解する近道は、シングルマテリアリティと並べて見ることです。違いは「どの方向の影響を見るか」にあります。
シングルとダブルの違い
見る「影響の方向」が違う
シングルマテリアリティ
財務の1方向だけ(ISSB・SSBJ)
社会・環境 ─▶ 企業(財務)
財務マテリアリティ(外から内=アウトサイドイン)
ダブルマテリアリティ
財務+インパクトの2方向(CSRD)
社会・環境 ─▶ 企業(財務)
① 財務マテリアリティ(外から内)
企業 ─▶ 社会・環境
② インパクトマテリアリティ(内から外)
ダブルでは、どちらか一方でも重要なら開示対象になります。
出典:欧州委員会・EFRAG(ESRS)・ISSB をもとにgreenote作成
財務マテリアリティ(外から内)
まず、財務マテリアリティです。これは、サステナビリティ課題が「企業の財務」にどう影響するかを見る視点です。たとえば、気候変動が自社の事業リスクやコスト、事業機会にどう響くか。外の環境変化が、企業の中(財務)へ及ぼす影響を捉えます。
この「外から内」の方向を、アウトサイドインと呼びます。投資家がもっとも知りたいのは、企業価値に関わるこの財務的な影響です。シングルマテリアリティは、この財務の視点「だけ」を重視します。
インパクトマテリアリティ(内から外)
これに対し、ダブルマテリアリティが加えるのが、インパクトマテリアリティです。こちらは、企業の活動が「社会・環境」にどう影響するかを見ます。自社の事業が、温室効果ガスの排出や人権、生態系にどんな影響を与えているか。
方向は逆で、企業の中から外へ。これをインサイドアウトと呼びます。財務に響くかどうかにかかわらず、社会や環境への影響そのものを重要とみなす。この視点を持つかどうかが、シングルとダブルの決定的な違いです。
ISSBとCSRDで考え方が違う
この単一か二重かは、開示基準によって採用が分かれます。世界の基準ISSBとEUのCSRDで、立場が異なるのです。
基準ごとの「重要性」の考え方
世界・日本は単一、EUは二重
ISSB
IFRS S1・S2(世界)
単一(財務)投資家・企業価値の視点。財務への影響を開示
CSRD・ESRS
EU
二重(財務+インパクト)財務への影響と、社会・環境への影響の両方を開示
SSBJ
日本
基本は単一ISSBベース。財務マテリアリティが中心
ESRSの財務マテリアリティはISSB(IFRS S1)と整合的に設計。CSRDはそこにインパクトの観点を上乗せします。
出典:ISSB・EFRAG(ESRS)・SSBJ をもとにgreenote作成
ISSBは単一(財務)
世界共通のサステナビリティ開示基準であるISSB(IFRS S1・S2)は、単一重要性を採用します。投資家にとって、企業価値に関わる情報——つまり財務マテリアリティに焦点を当てます。投資家の意思決定に役立つかどうかが、判断の軸です。
ISSBは、各国・地域の開示の土台(グローバル・ベースライン)を目指しています。その出発点として、まずは財務の視点で足並みをそろえる、という設計だといえます。
CSRD・ESRSは二重
一方、EUのCSRDと、その具体的な基準であるESRSは、ダブルマテリアリティを採用します。財務への影響に加え、企業が社会・環境に与える影響も開示させる。投資家だけでなく、市民や従業員、取引先など幅広いステークホルダーを念頭に置いた立場です。
興味深いのは、両者が完全に対立するわけではない点です。ESRSの財務マテリアリティの判定は、ISSB(IFRS S1)と整合的に設計されています。つまりCSRDは、ISSBと共通する財務の視点に、インパクトの視点を「上乗せ」した形だと理解できます。
SSBJ(日本)の位置づけ
では、日本はどうでしょうか。日本のサステナビリティ開示基準であるSSBJは、ISSBをベースに開発されました。したがって、基本は単一重要性(財務マテリアリティ)の立場に立ちます。SSBJの詳細はSSBJ基準とはもあわせてご覧ください。
つまり、世界(ISSB)と日本(SSBJ)は財務の単一、EU(CSRD)は二重。この構図を押さえておくと、自社がどの基準でどこまで開示すべきかが見えてきます。
ダブルマテリアリティ評価の進め方
では、二重の重要性は実務でどう特定するのでしょうか。基本の流れと、2026年の簡素化の動きを見ます。
ダブルマテリアリティ評価の進め方
影響の洗い出し → 対話 → 優先順位付け
洗い出し(IRO)
事業に関わる影響・リスク・機会を、社会環境と財務の両面で洗い出す
ステークホルダー対話
投資家・従業員・取引先・地域などの声を踏まえ重要度を評価
重要性の判定
財務とインパクトの両面から重要課題を特定し、開示対象を決める
2026年2月発効のEUオムニバスで、二重重要性の原則は維持しつつ評価(DMA)の簡素化・明確化が進行中。
出典:欧州委員会・EFRAG をもとにgreenote作成
影響・リスク・機会(IRO)を洗い出す
評価の出発点は、課題の洗い出しです。自社の事業が関わるサステナビリティ課題について、影響・リスク・機会——頭文字をとってIROと呼びます——を整理します。社会・環境への影響(インパクト)と、自社の財務に関わるリスク・機会の両面から、候補を並べるのです。
ここで大切なのは、バリューチェーン全体を視野に入れることです。自社の操業だけでなく、調達先や販売先まで。影響は、事業の上流・下流に広がっているからです。
ステークホルダーと対話し優先順位をつける
次に、洗い出した課題の重要度を見極めます。ここで欠かせないのが、ステークホルダーとの対話です。投資家、従業員、取引先、地域社会——立場が違えば、重要と考える課題も異なります。
こうした声を踏まえ、財務とインパクトの両面から各課題を評価し、優先順位をつけます。最終的に「重要」と判定した課題が、開示の対象になります。一方向の判断ではなく、多様な視点を取り込む点が、ダブルマテリアリティの特徴です。
オムニバスで評価は簡素化へ
この評価は、負担が重いという声もありました。そこでEUは、2026年2月に発効したオムニバス(簡素化指令)で、見直しに動いています。注意したいのは、二重重要性の原則そのものは維持される点です。なくなるわけではありません。
変わるのは、評価(DMA)のやり方です。手順を簡素化し、適用方法を明確にする方向で、簡素化されたESRSの整備が進んでいます。EFRAGの技術的助言を経て、詳細が固まっていく見込みです。原則は守りつつ、実務の負担を現実的な水準に——というバランスが図られています。
日本企業への影響と実務
ダブルマテリアリティは、日本企業にも関わります。どの基準に対応するかで、見るべき重要性が変わります。
SSBJ対応は単一が基本
まず、国内の開示です。日本企業が向き合うSSBJ基準は、ISSBをベースとするため、基本は単一重要性です。つまり、財務マテリアリティを中心に、サステナビリティが企業価値に与える影響を開示することになります。
その意味では、多くの日本企業にとって、まず押さえるべきは財務の視点だといえます。ただし、それで「インパクトは無関係」とはなりません。次に見るように、二重の視点が関わる場面もあります。
EU子会社・CSRD対象は二重
直接ダブルマテリアリティが関わるのが、EUとつながりの深い企業です。EU域内にCSRDの適用対象となる子会社を持つ日本企業などは、ダブルマテリアリティに基づく開示が求められます。財務だけでなく、社会・環境への影響まで報告する必要があるのです。
グローバルに事業を展開する企業は、ISSB(単一)とCSRD(二重)の両方に向き合う場面も出てきます。幸い、両者の財務の視点は整合的に設計されているため、土台は共通です。そのうえで、EU向けにはインパクトの視点を足す、と考えると整理しやすいでしょう。
ダイナミック・マテリアリティという視点
最後に、知っておきたい考え方があります。ダイナミック・マテリアリティです。これは、社会・環境への影響(インパクト)が、時間の経過とともに財務的な影響へと転じていく、という見方です。
たとえば、ある環境負荷が、いずれ規制強化や評判リスクを通じて、企業の財務を脅かすかもしれません。今日のインパクトが、明日の財務マテリアリティになる。そう捉えれば、単一基準の企業にとっても、インパクトの視点は決して無縁ではないのです。
まとめ|ダブルマテリアリティは「2方向の重要性」
ダブルマテリアリティは、サステナビリティ開示の「ものの見方」を決める、根本的な概念です。最後に、要点を振り返りましょう。
- ダブルマテリアリティとは、財務への影響(外から内)と、社会・環境への影響(内から外)の2方向から重要性を捉える考え方。どちらか一方でも重要なら開示対象
- シングルは財務の1方向だけ。ダブルはそれにインパクトの視点を加える
- ISSB(世界)とSSBJ(日本)は単一(財務)、CSRD・ESRS(EU)は二重。財務の判定は整合的に設計されている
- 評価は影響・リスク・機会の洗い出し→対話→優先順位付けで進む。2026年オムニバスで原則は維持しつつ評価を簡素化
財務か、社会・環境か。ダブルマテリアリティは、その二者択一ではなく「両方を見る」という立場です。EUの制度を起点に広がったこの考え方は、開示の基準が世界で収れんしていくなかで、なお重要な論点であり続けます。自社がどの視点に立つのかを理解することは、サステナビリティ開示の第一歩です。ESG・サステナビリティ開示の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
参考(出典):欧州委員会・EFRAG(CSRD/ESRS・オムニバス簡素化)、ISSB(IFRS S1・S2)、SSBJ ほか
出典・参考(一次情報)
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
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greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日