ESG Company Analysis
自動車も、ビルも、橋も、鉄でできています。私たちの社会は、文字どおり鉄の上に成り立っています。ところがその鉄をつくる工程は、大量のCO2を生み出します。しかも、燃料を燃やすからではなく、鉄をつくる化学反応そのものからCO2が出るのです。だから鉄鋼は、もっとも脱炭素が難しい産業のひとつとされます。この難題に、日本最大の鉄鋼メーカー日本製鉄はどう挑むのでしょうか。本記事では、日本製鉄のESG経営を、水素還元製鉄と電炉を軸に、公式情報をもとに中立に分析していきます。
この記事の目次
01
日本製鉄のESG経営とは|鉄はなぜ減らしにくいか
まず、日本製鉄がどんな会社で、鉄鋼の脱炭素がなぜ難しいのかを整理しましょう。
社会を支える鉄、その脱炭素
CO2は鉄をつくる化学反応そのものから出る=ハード・トゥ・アベイト。
出典:日本製鉄の公表情報をもとにgreenote作成
製鉄とCO2の切っても切れない関係
日本製鉄は、日本最大で世界でも有数の鉄鋼メーカーです。自動車や建物、インフラなど、社会のあらゆる場所で使われる鉄をつくっています。まさに、現代社会を足元から支える存在です。
ではなぜ、鉄づくりはCO2を大量に出すのでしょうか。鉄は、鉄鉱石(酸化鉄)から酸素を取り除く「還元」という工程でつくられます。その還元剤として、これまでは石炭を蒸し焼きにしたコークスが使われてきました。このとき、石炭の炭素と鉄鉱石の酸素が結びつき、大量のCO2が生まれます。つまりCO2は、燃料を燃やすからだけでなく、鉄をつくる化学反応そのものから出るのです。ここに、鉄鋼が航空や海運と並ぶ「ハード・トゥ・アベイト(削減が困難な)」産業とされる理由があるのです。
カーボンニュートラルビジョン2050
この難題に対し、日本製鉄は明確な目標を掲げています。「カーボンニュートラルビジョン2050」です。2021年に策定されました。公表情報によれば、まず2030年に、総CO2排出量を2013年度比で30%削減します。そして、2050年にカーボンニュートラルを達成する計画です。脱炭素の全体像は、関連記事のカーボンニュートラルとはもあわせてご覧ください。
この目標の達成には、これまでの製鉄のやり方を、根本から変える必要があります。鍵となるのが、政府の支援も受けて開発が進む3つの超革新的技術です。その筆頭が、次に見る水素還元製鉄だといえます。
02
水素還元製鉄|炭素を水素に置き換える
日本製鉄の脱炭素の本丸が、還元剤を変えることです。
石炭から、水素へ
高炉に水素を吹き込むCOURSE50/Super COURSE50と、水素で直接還元する製鉄。試験炉で世界初のCO2削減43%を達成。
出典:日本製鉄の公表情報をもとにgreenote作成
鉄鋼の脱炭素の本丸は、還元剤を変えることです。CO2が出るのは、炭素で還元するからでした。ならば、炭素の代わりに水素を使えばどうでしょう。水素で鉄鉱石を還元すれば、出るのはCO2ではなく、水(H2O)です。これが、水素還元製鉄の発想だといえます。水素そのものについては、関連記事のグリーン水素とはもあわせてご覧ください。
日本製鉄は、この技術を2つの方向で開発してきました。ひとつが、既存の高炉に水素を吹き込む方法で、「COURSE50/Super COURSE50」と呼ばれます。もうひとつが、水素で鉄鉱石を直接還元する製鉄です。とりわけ注目されるのが、その成果です。公表情報によれば、高炉水素還元の試験炉で、世界初となるCO2削減43%を達成し、開発目標を前倒しで実現しました。実験室の話が、着実に現実へ近づいています。鉄づくりの常識を書き換える、大きな一歩だといえます。
03
電炉への転換|2030年への現実解
革新技術と並行して、いまできる手も進めます。
今できる一手、電炉へ
革新的な水素技術の実用化を待つ間の現実解。国内3か所の電炉に総額8,687億円を投資。
出典:日本製鉄の公表情報をもとにgreenote作成
水素還元は有望ですが、本格的な実用化には、まだ時間がかかります。そこで日本製鉄は、いまできる現実的な一手も、並行して進めているのです。それが、高炉から電炉への転換です。鉄のつくり方には、鉄鉱石から一貫してつくる「高炉」と、鉄スクラップを電気で溶かして再生する「電炉」があります。
電炉の強みは、使う電気を再エネにすれば、CO2を大きく減らせる点にあるといえます。すでにある技術で、着実に排出を減らせるのです。電炉を支える電化の考え方は、関連記事の電化とはもあわせてご覧ください。公表情報によれば、日本製鉄は、国内3か所の電炉に総額8,687億円を投じる計画を決めています。革新技術という「未来の解」と、電炉という「現在の解」。この2本立てが、2050年へ向けた現実的な道筋になっています。
04
グリーン鋼材|脱炭素の価値を届ける
つくった脱炭素の価値を、顧客へどう届けるかも工夫します。
削減の価値を、鋼材にのせる
自動車メーカーなどが採用を進めている。鉄を使う側とつくる側が手を組む。
出典:日本製鉄の公表情報をもとにgreenote作成
設備を新しくするには、長い時間と巨額の投資が必要です。では、それまで脱炭素は待つしかないのでしょうか。日本製鉄は、ここでも工夫を見せます。グリーン鋼材という届け方です。同社は「NSCarbolex Neutral」というブランドで、これを提供しています。
仕組みの核心が、マスバランス方式という考え方です。これは、脱炭素の取り組みで削減したCO2の価値を、特定の製品に「割り当てる」やり方を指します。工場全体としての削減価値を、グリーン鋼材という形で切り出し、顧客に届けるのです。狙いは、脱炭素な鉄への需要を、いまから育てることにあります。作り方が完全に切り替わるのを待つのではなく、削減の価値を先に市場へ送り出す。自動車メーカーなどが、その採用を進めてきました。鉄を使う側とつくる側が手を組んで、脱炭素を前に進める試みだといえます。
05
論点|水素・電力・コストの壁
野心的な計画には、乗り越えるべき現実の壁があります。
野心的な計画の、3つの壁
技術のめどは立ちつつあるが、本格普及には時間と条件が伴う。是非を断定しない。
出典:日本製鉄の公表情報および公開報道をもとにgreenote作成
日本製鉄の計画は野心的ですが、その実現には、乗り越えるべき現実の壁も存在します。ここは、技術の可能性だけでなく、課題も冷静に見ておく必要があるでしょう。壁は、大きく3つです。1つ目が、水素です。水素還元には、安価で大量のグリーン水素が欠かせませんが、その供給網はこれからです。2つ目が、電力とスクラップになります。電炉を活かすには、再エネ電力と、良質な鉄スクラップを十分に確保する必要があります。
そして3つ目が、コストです。水素還元も電炉も、莫大な設備投資を伴います。その費用を、誰がどう負担するのか。脱炭素な鉄は割高になりがちで、その価格を市場が受け入れるかも問われます。技術のめどは立ちつつありますが、本格的な普及には、時間と多くの条件を伴うのです。どちらか一方に決めつけるのではなく、野心的な目標と、その実現の難しさの両面を見ておくことが大切です。なお本記事は、特定の企業や投資を推奨するものではありません。
労働安全と雇用(S)|製鉄所の安全と買収先の雇用コミットメント
製鉄業は高温・重量物を扱う典型的な高リスク職場であり、日本製鉄のSの土台は製鉄所の労働災害防止です。設備の本質安全化と危険体感教育を進める一方、高炉技術者の技能伝承と電炉・水素還元へのスキル転換という人材課題も抱えているとされます。
2025年に完了したUSスチール買収では、米国の雇用維持・巨額の設備投資コミットメントが成立の条件となり、雇用と地域経済への責任が国際M&Aの成否を左右することを示しました。Sが買収の「対価」となった歴史的事例です。
ガバナンス(G)|「黄金株」を受け入れた買収統治
USスチール買収の承認にあたり、米国政府が拒否権付き株式(いわゆる黄金株)を保有する異例のスキームを受け入れたとされます。生産拠点の国外移転や社名変更などに米政府の同意が必要となる枠組みで、経済安全保障と企業統治が交錯する新時代の象徴です。
国内では独立社外取締役を含む取締役会が、電炉転換・水素還元製鉄という兆円級の脱炭素投資を監督しています。経済安全保障とサステナビリティの接点を考えるうえで最重要のケースといえます。
06
まとめ|日本製鉄のESG経営から学べること
日本製鉄の挑戦は、社会に不可欠な素材を、いかに脱炭素にするかという重い問いを、私たちに投げかけます。最後に、要点を振り返りましょう。
日本製鉄に学ぶ、3つのこと
出典:日本製鉄の公表情報・公開報道をもとにgreenote作成
日本製鉄のESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。
- 世界有数の鉄鋼メーカー。鉄鋼は化学反応そのものからCO2が出るハード・トゥ・アベイト産業
- カーボンニュートラルビジョン2050=2030年に2013年度比で30%削減→2050年カーボンニュートラル
- 水素還元製鉄=還元剤を炭素から水素へ。COURSE50の試験炉で世界初のCO2削減43%を達成
- 電炉への転換=いまできる現実解として国内3か所に8,687億円を投資
- グリーン鋼材(NSCarbolex Neutral)で削減価値を先に届け、需要を育てる。⚠️水素・電力・コストの壁は残る
日本製鉄から学べるのは、社会に不可欠な素材ほど、その脱炭素の影響は大きいということです。鉄の脱炭素が進めば、それを使う自動車や建物のエンボディドカーボンも減り、大成建設のようなつくり手にも波及します。CO2が出る反応そのものを変え、未来の技術と現在の一手を2本立てで進め、価値を先に市場へ届ける。この重層的な戦略は、難しい課題への挑み方として示唆に富みます。もっとも、グリーン水素やコストという壁は、まだ高いままです。理想と現実の両面を見すえることが、企業のESGを深く理解する助けになるでしょう。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. 日本製鉄とはどんな会社ですか?
日本製鉄は、日本最大で世界でも有数の鉄鋼メーカーです。自動車や建物、インフラなど、社会のあらゆる場所で使われる鉄をつくっています。鉄は現代社会に欠かせない素材ですが、その製造には大量のCO2が伴います。そのため、日本製鉄の脱炭素は、日本の産業全体、さらには世界の鉄鋼業にとっても大きな意味を持ちます。
Q. なぜ鉄鋼は脱炭素が難しいのですか?
鉄は、鉄鉱石(酸化鉄)から酸素を取り除いて(還元して)つくります。その還元に、これまでは石炭を蒸し焼きにした「コークス」を使ってきました。このとき、炭素と酸素が結びついて、大量のCO2が発生します。つまりCO2は、燃料としてだけでなく、鉄をつくる化学反応そのものから出るのです。だから鉄鋼は、航空や海運と並ぶ「ハード・トゥ・アベイト(削減が困難な)」産業とされます。
Q. 水素還元製鉄とは何ですか?
鉄鉱石を還元する役割を、石炭(炭素)から水素に置き換える技術です。炭素で還元するとCO2が出ますが、水素で還元すれば、出るのは水(H2O)です。日本製鉄は、既存の高炉に水素を吹き込む「COURSE50/Super COURSE50」と、水素で直接還元する製鉄を開発しています。公表情報によれば、高炉水素還元の試験炉で、世界初となるCO2削減43%を達成し、目標を前倒しで実現しました。
Q. 電炉への転換とは何ですか?
鉄のつくり方には、鉄鉱石から一貫してつくる「高炉」と、鉄スクラップを電気で溶かして再生する「電炉」があります。電炉は、使う電気を再エネにすれば、CO2を大きく減らせます。日本製鉄は、革新的な水素技術の実用化を待つ間の現実的な一手として、高炉から電炉への転換を進めています。公表情報によれば、国内3か所の電炉に総額8,687億円を投じる計画です。
Q. グリーン鋼材とは何ですか?
脱炭素の取り組みで削減したCO2の価値を割り当てた鋼材です。日本製鉄は「NSCarbolex Neutral」というブランドで提供しています。削減量を特定の製品に割り当てる「マスバランス方式」という考え方を用います。設備の切り替えには時間がかかるため、まず削減の価値を顧客に届け、脱炭素な鉄への需要を育てる狙いがあります。自動車メーカーなどが採用を進めています。
Q. 日本製鉄の脱炭素にはどんな課題がありますか?
大きく3つあります。1つ目は、水素還元に必要な、安価で大量のグリーン水素をどう確保するか。2つ目は、電炉に必要な再エネ電力と鉄スクラップの確保です。3つ目は、莫大な設備投資とコストを、誰がどう負担するかです。技術のめどは立ちつつありますが、本格的な普及には時間と条件が伴います。野心的な目標と、その実現の難しさの両面を見ることが大切です。なお本記事は特定の投資を推奨するものではありません。
Sources
出典・参考(一次情報)
- 日本製鉄「カーボンニュートラルビジョン2050」
- 日本製鉄「水素による高炉でのCO2削減技術を確立(プレスリリース)」
- 日本製鉄「GX(グリーントランスフォーメーション)の取組み(IR資料)」および各種公開報道
- 日本製鉄|サステナビリティ(公式)
※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年7月12日