「環境に良い事業だけにお金を出す」。脱炭素の金融は、長くそう考えられてきました。けれども、排出の多い産業を置き去りにしては、社会全体の脱炭素は進みません。そこで広がってきたのが、移行を支えるという新しい発想です。トランジション・ファイナンスとは、何を変えようとしているのでしょうか。
トランジション・ファイナンスとは、鉄鋼や化学など脱炭素が難しい多排出産業が、着実にCO2を削減しながら脱炭素へ移行していく過程を、資金面で支える金融手法です。日本は2024年、世界初の「移行国債」となるGX経済移行債の発行を始めました。
本記事では、トランジション・ファイナンスの意味とグリーンファイナンスとの違いから、信頼性を担保する4つの開示要素、主な資金調達手段、GX経済移行債、そしてトランジションウォッシュへの懸念と企業の対応までを、最新情報をふまえてわかりやすく解説します。
グリーンとトランジションの違い
「すでにグリーン」か、「これからグリーンへ移行」か
グリーンファイナンス
すでに環境性能の高い「グリーンな」事業に資金を充てる。
例:再生可能エネルギー・省エネ建築
トランジション・ファイナンス
現在は排出が多い産業が、脱炭素へ移行する過程を支援する。
例:鉄鋼・化学・電力の燃料転換
すでにグリーンを支える/これからグリーンへの移行を支える
出典:ICMA・経済産業省などの公表資料をもとに作成
≡この記事の目次
- 1トランジション・ファイナンスとは|脱炭素への移行を支える金融
- ►トランジション・ファイナンスとは
- ►なぜ必要か|多排出産業の脱炭素を後押し
- ►グリーンファイナンスとの違い
- 2信頼性を担保する4つの開示要素
- ►国際的な指針と日本の基本指針
- ►4つの開示要素
- ►分野別の技術ロードマップ
- 3主な資金調達手段
- ►トランジションボンドとローン
- ►サステナビリティ・リンク・ボンド/ローン
- ►使途特定型と目標連動型
- 4GX経済移行債|世界初の「移行国債」
- ►GX経済移行債とは|20兆円の先行投資
- ►発行の状況
- ►成長志向型カーボンプライシングとの関係
- 5課題と企業に求められる対応
- ►トランジションウォッシュへの懸念
- ►信頼できる移行計画の重要性
- ►企業に求められる対応
- 6まとめ|移行を着実な排出削減につなげる
- 7よくある質問(FAQ)
トランジション・ファイナンスとは|脱炭素への移行を支える金融
まずは、トランジション・ファイナンスという言葉の意味と、なぜそれが求められるのかを押さえましょう。ここを理解すると、グリーンファイナンスとの違いも見えてきます。
トランジション・ファイナンスとは
トランジション・ファイナンスは、脱炭素への「移行(トランジション)」を支える資金供給を指します。対象となるのは、主に鉄鋼・化学・電力・セメントといった、CO2排出量が多く、すぐにはゼロにできない産業です。
こうした産業も、省エネや燃料転換などの取り組みを積み重ねれば、排出を着実に減らせます。その移行の過程に資金を呼び込み、現実的な脱炭素を後押しする。それが、この手法のねらいです。一足飛びにはグリーンになれない産業に、現実的な道筋を用意する考え方といえます。
なぜ必要か|多排出産業の脱炭素を後押し
なぜ、この手法が必要なのでしょうか。理由は、社会全体の排出に占める多排出産業の比重が大きいからです。これらの産業を脱炭素に向かわせなければ、カーボンニュートラルは実現しません。
ところが、環境性能の高い事業だけに資金を出す従来の発想では、排出の多い産業にお金が回りにくくなります。脱炭素に最も資金が必要な産業が、かえって取り残されかねません。この矛盾を解くために生まれたのが、移行そのものを支えるトランジション・ファイナンスです。カーボンニュートラルの全体像は、関連記事のカーボンニュートラルとは|2050年目標と脱炭素社会への道筋もあわせてご覧ください。
グリーンファイナンスとの違い
よく似た言葉に、グリーンファイナンスがあります。グリーンボンドに代表されるこの手法は、再生可能エネルギー事業など、すでに環境性能の高い「グリーンな」事業に資金を充てます。グリーンボンド・グリーンローンには、「グリーン」の指定から検証までを定めた国際規格(ISO14030)も整備されています。
これに対しトランジション・ファイナンスは、現時点では排出が多い産業の、脱炭素への移行プロセスを支援します。「すでにグリーン」を支えるのがグリーンファイナンス、「これからグリーンへ移行する」を支えるのがトランジション・ファイナンス。この対比で捉えると、役割の違いがつかみやすくなります。グリーンボンドの仕組みは、関連記事のグリーンボンドとは|サステナビリティ債の仕組みと市場もあわせてご覧ください。
信頼性を担保する4つの開示要素
トランジションと名乗るだけでは、信頼は得られません。国際的な指針が求める開示の要素を整理しましょう。
信頼性を担保する4つの開示要素
トランジションウォッシュを防ぐための共通ルール
移行戦略とガバナンス
気候変動に関する移行戦略を経営として持ち、実行する体制を整える。
環境面のマテリアリティ
その移行が、自社のビジネスモデルにとって本質的に重要であること。
科学的根拠のある目標と移行経路
パリ協定と整合する長期目標と、そこへ至る具体的な道筋を描く。
実施の透明性
資金の使い道や取り組みの進捗を、継続的に開示する。
国際資本市場協会(ICMA)の指針と、日本の基本指針(2021年・経産省/金融庁/環境省)が共通して求める要素です。
出典:クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針/ICMAハンドブック
国際的な指針と日本の基本指針
トランジション・ファイナンスの土台には、国際的な指針があります。代表的なのが、国際資本市場協会(ICMA)が公表したクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブックです。何をもって信頼できる移行とするか、その考え方を示しています。
日本でも、経済産業省・金融庁・環境省が2021年に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定しました。国際的な考え方と整合させつつ、日本企業が実務で使えるように具体化したものです。この指針が、国内のトランジション・ファイナンスの共通のルールブックとなっています。
4つの開示要素
基本指針は、発行体に4つの開示要素を求めています。第一に、気候変動に関する移行戦略とガバナンス。脱炭素をどう進めるかの戦略と、それを実行する経営体制です。第二に、ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ。その移行が、事業にとって本質的に重要であることを示します。
第三に、科学的根拠のある目標と移行の経路です。パリ協定と整合する長期目標と、そこへ至る具体的な道筋を描きます。そして第四に、実施の透明性。資金の使い道や取り組みの進捗を、継続的に開示します。この4つがそろってはじめて、信頼できるトランジションと認められます。
分野別の技術ロードマップ
ただし、何が適切な移行かは、産業によって大きく異なります。鉄鋼と化学では、使える技術も脱炭素の道筋もまるで違います。そこで日本では、経済産業省が分野別の技術ロードマップを整備してきました。
鉄鋼、化学、電力、ガス、石油、紙パルプ、セメント、自動車、航空など、多排出分野ごとに、脱炭素に向けた技術の道筋が示されています。企業はこのロードマップを参照することで、自社の移行計画に客観的な裏づけを与えられます。実務に即した、日本ならではの工夫といえます。
主な資金調達手段
トランジション・ファイナンスには、いくつかの手段があります。代表的な金融商品の違いを押さえましょう。
トランジションボンドとローン
最も基本的なのが、トランジションボンド(移行債)とトランジションローンです。いずれも、脱炭素への移行に資する取り組みに使途を限定して、資金を調達します。
たとえば、製鉄プロセスの省エネ設備や、燃料転換のための設備投資などに充てられます。グリーンボンドが純粋に環境性能の高い事業を対象とするのに対し、これらは移行段階の取り組みを対象とする点が特徴です。資金の使い道があらかじめ決まっている、使途特定型の調達手段です。
サステナビリティ・リンク・ボンド/ローン
もう一つの柱が、サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)とサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)です。これらは、資金の使い道を限定しません。その代わり、あらかじめ定めた野心的な目標の達成度に応じて、金利などの条件が変わる仕組みです。
たとえば「2030年までにCO2排出を◯%削減する」といった目標を掲げ、達成できなければ金利が上がる、という設計が一般的です。企業に目標達成への規律を働かせる点に、この手法の妙があります。使い道よりも、成果にひもづく調達といえます。
使途特定型と目標連動型
ここまでを整理すると、トランジション・ファイナンスの手段は大きく2つに分かれます。使途特定型は、資金の使い道を特定の移行プロジェクトに限定するタイプ。トランジションボンドやローンが当てはまります。
一方の目標連動型は、資金使途を縛らず、企業全体の目標達成に条件をひもづけるタイプ。SLBやSLLが代表です。どちらが優れているということではなく、自社の移行戦略や調達の目的に応じて使い分けることが大切です。
GX経済移行債|世界初の「移行国債」
日本は、企業だけでなく国としても、トランジション・ファイナンスに踏み出しました。世界初のGX経済移行債を見ていきましょう。
GX経済移行債の要点
世界初の「移行」を対象とした国債
10年間で20兆円規模
GX(脱炭素)の先行投資を支援する原資
世界初の「移行」を対象とした国債
2024年2月に発行を開始
官民で150兆円超の脱炭素投資の呼び水に
償還原資は成長志向型カーボンプライシング(賦課金・排出量取引)
出典:GX経済移行債(脱炭素成長型経済構造移行債)に関する政府公表資料をもとに作成
GX経済移行債とは|20兆円の先行投資
GX経済移行債(正式には脱炭素成長型経済構造移行債)は、日本政府が発行する国債です。GX(グリーントランスフォーメーション)の実現に向け、今後10年間で20兆円規模の先行投資を支援するための原資となります。
注目すべきは、これが「移行」を対象とした国債として世界初である点です。国が自ら移行債を発行し、官民あわせて150兆円超とされる脱炭素投資の呼び水とする。国家規模のトランジション・ファイナンスとして、国際的にも注目を集めています。
発行の状況
GX経済移行債の発行は、2024年2月に始まりました。初回は10年債と5年債で、合計約1.6兆円が入札されています。その後も、2024年度は約1.4兆円、2025年度は1.2兆円程度が予定されるなど、計画的に発行が続いています。
これらを積み上げ、2032年度までに累計20兆円を段階的に発行する計画です。調達された資金は、水素・蓄電池・次世代半導体・製造業の省エネなど、GXに資する分野へと投じられています。脱炭素を成長の機会と捉える、日本の戦略を体現する債券です。
成長志向型カーボンプライシングとの関係
GX経済移行債には、もう一つの特徴があります。それは、償還の原資が明確に設計されている点です。返済の財源として想定されているのが、成長志向型カーボンプライシングです。
具体的には、化石燃料の輸入事業者などに課す賦課金と、排出量取引制度(GX-ETS)による収入が、将来の償還に充てられる構想です。まず移行債で先行投資を行い、後からカーボンプライシングで回収する。投資と負担を組み合わせた制度設計になっています。カーボンプライシングの仕組みは、関連記事のカーボンプライシングとは|カーボンニュートラルに向けた手法と日本の動向もあわせてご覧ください。
課題と企業に求められる対応
期待が大きい一方で、課題も指摘されています。論点と、企業に求められる対応を整理します。
トランジションウォッシュへの懸念
最大の論点が、トランジションウォッシュへの懸念です。これは、実際には十分な排出削減につながらないのに、「移行」を名目に資金を調達する、見せかけの行為を指します。グリーンウォッシュの、トランジション版といえます。
たとえば、化石燃料事業をただ延命させるだけの投資が、移行の名のもとに正当化されてしまえば、脱炭素はかえって遅れます。トランジション・ファイナンスの正統性は、資金が本当に着実な排出削減に向かうかにかかっています。見せかけの環境配慮を見抜く視点は、関連記事のグリーンウォッシュとは|見せかけの環境配慮を見抜くポイントもあわせてご覧ください。
信頼できる移行計画の重要性
こうした懸念に応える鍵が、信頼できる移行計画です。科学的根拠にもとづく長期目標と、そこへ至る具体的な経路。これらが曖昧では、トランジションウォッシュとの区別がつきません。
重要なのは、計画が客観的な裏づけを持つことです。分野別の技術ロードマップや、科学的根拠にもとづく目標と整合しているか。第三者の評価(セカンドパーティ・オピニオン)を得ているか。こうした担保があってはじめて、移行計画は信頼を獲得します。計画の質が、トランジション・ファイナンスの成否を分けます。
企業に求められる対応
企業に求められる対応は、明快です。まず、科学的根拠にもとづく信頼できる移行計画を描くこと。長期の脱炭素目標と移行の経路を、ガバナンス体制とともに開示します。
そのうえで、自社の状況に合った調達手段を選びます。使途特定型のトランジションボンドか、目標連動型のSLBか。目的に応じた選択が求められます。何より大切なのは、資金調達を目的化しないことです。調達はあくまで手段であり、本質は実際の排出削減という成果にあります。脱炭素経営の全体像は、関連記事のサステナビリティ経営とは|ESGを統合する考え方と進め方もあわせてご覧ください。
課題
トランジションウォッシュへの懸念。実削減につながらないのに「移行」を名目に資金調達する見せかけ。
対応・ポイント
資金が本当に着実な排出削減に向かうか、正統性を担保する。
課題
移行計画の質のばらつき。目標や経路が曖昧だと、ウォッシュとの区別がつかない。
対応・ポイント
科学的根拠の長期目標+具体的な経路を、第三者評価(SPO)で裏づける。
課題
資金調達の目的化。調達そのものがゴールになりやすい。
対応・ポイント
調達は手段と割り切り、目的に応じた手段を選び、実削減という成果を重視する。
資金調達を目的化せず、実際の排出削減という成果につなげることが本質です。
あわせて読みたい:環境目的の投資に使える「使途限定」の融資 → グリーンローンとは|4つの核心要素とSLLとの違い・調達の実務
まとめ|移行を着実な排出削減につなげる
トランジション・ファイナンスは、多排出産業の脱炭素への移行を、資金面で支える手法です。最後に、要点を振り返りましょう。
- トランジション・ファイナンスとは、鉄鋼・化学など多排出産業が脱炭素へ移行する過程を支える金融で、すでにグリーンな事業を支えるグリーンファイナンスとは対象が異なる
- 信頼性は、4つの開示要素(移行戦略とガバナンス・環境面のマテリアリティ・科学的根拠のある目標と移行経路・実施の透明性)で担保される
- 主な手段は、使途特定型のトランジションボンド/ローンと、目標連動型のSLB/SLLに大別される
- 日本は2024年、世界初の「移行国債」であるGX経済移行債の発行を開始。10年で20兆円規模、償還原資は成長志向型カーボンプライシング
- 課題はトランジションウォッシュ。信頼できる移行計画を描き、資金を着実な排出削減につなげることが企業に求められる
トランジション・ファイナンスは、排出の多い産業を脱炭素の流れに引き込む、現実的で有力な手段です。その正統性は、移行が本物であるかにかかっています。資金を着実な排出削減へとつなげること。それが、この手法を社会の脱炭素に活かす道です。ESG・サステナビリティの全体像はESGとは|意味・E/S/G・情報開示・投資まで完全ガイドもあわせてご覧ください。greenoteでは、ESG・サステナビリティ開示の実務情報を、これからもお届けしていきます。
よくある質問(FAQ)
Q. グリーンボンドとどう違うのですか?
A. 対象が違います。グリーンボンドはすでに環境価値のある事業に資金を使うもの、トランジション・ファイナンスはいま排出量が多い産業の移行を支える資金です。鉄鋼や化学のように一足飛びに脱炭素できない産業では、移行の途中段階に資金を入れる必要がある、という考え方に基づいています。
Q. 信頼性はどう担保されるのですか?
A. 4つの開示要素が求められます。移行に向けた戦略とガバナンス、ビジネスモデルにおける環境面の重要性(マテリアリティ)、科学的根拠のある移行戦略、そして実施の透明性です。資金使途だけでなく企業全体の移行計画を見る点が特徴です。
Q. GX経済移行債とは何ですか?
A. 日本政府が発行する、移行を目的とした国債です。世界で初めての「移行国債」として位置づけられ、GX投資の原資となります。企業から見ると、この資金を裏づけとした支援制度や税制が投資判断に関わってきます。
Q. 「移行」を名目に排出を続けているだけではという批判には?
A. 妥当な懸念であり、だからこそ科学的整合性が要件になっています。削減の道筋が1.5℃目標と整合しているか、設備の寿命が目標年を超えて排出を固定(ロックイン)しないかが論点です。移行の名目で高排出設備を延命させる計画は、資金調達側からも批判を受けます。
出典・参考(一次情報)
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日