「再エネ100%を達成しました」——その電気、実際に使った時間に、使った場所へ届く電気でしたか? いま、この問いが企業の脱炭素の最前線に突きつけられています。キーワードはアワリーマッチング(時間帯マッチング)とデリバラビリティ(供給可能性)。GHGプロトコル改定のScope2見直しにおける2大論点で、2026年7月に公表された第1回パブリックコンサルテーション結果でも世界中の企業の賛否が真っ二つに割れました。
この記事では、アワリーマッチングとデリバラビリティとは何か、なぜ導入が議論されているのか、世界と日本の反応、そして日本企業が今から備えるべき実務を、わかりやすく解説します。
※本記事は2026年8月時点の公表情報にもとづく解説です。GHGプロトコルの改定内容は検討中であり、最終的なルールは変わり得ます。最新情報は公式発表をご確認ください。
この記事の目次
アワリーマッチングとは|「年間合計」から「時間ごと」へ
現行ルール:年間マッチングの仕組みと限界
現在のGHGプロトコルScope2ガイダンス(マーケット基準)では、企業は再エネ証書やPPAで調達した再エネ電力量を、年間の合計値で自社の電力消費量と突き合わせることができます。「年間100GWh使い、年間100GWh分の再エネ属性を調達した」=再エネ100%、という考え方です(年間マッチング)。
しかしこの方式には構造的な弱点があります。太陽光の証書は昼にしか生まれませんが、企業は夜も電気を使います。年間合計では帳尻が合っていても、夜間や無風の時間帯には実際には火力の電気を使っている——つまり「再エネ100%」の看板と物理的な実態の間にギャップが生じるのです。データセンターのように24時間電力を消費する施設が増えるほど、このギャップは大きくなります。
24/7カーボンフリー電力とEnergyTag
そこで登場したのがアワリーマッチング(時間帯マッチング)です。電力の消費と再エネ属性の調達を、年間ではなく1時間(またはそれ以下)の単位で一致させる考え方で、GoogleやMicrosoftが掲げる「24/7カーボンフリー電力(CFE)」——毎時・毎日、消費電力をカーボンフリー電源で賄う——の土台になっています。国連にも24/7 CFEコンパクトという賛同枠組みがあり、時間情報付きの証書(グラニュラー証書)の国際標準づくりは非営利団体EnergyTagが主導しているとされます。
GHGプロトコルのScope2見直しでは、このアワリーマッチングをマーケット基準の要件に取り込む方向が議論されており、実現すれば「再エネ100%」の定義そのものが塗り替わることになります。
デリバラビリティとは|「届く電気」の証明
なぜ「どこで発電したか」が問題になるのか
デリバラビリティ(供給可能性)は「時間」ではなく「場所」の論点です。現行ルールでは、同一の市場境界内であれば、消費地から遠く離れた場所の再エネ証書でも使用できます。しかし送電網が物理的につながっていない、あるいは連系線の容量が細い地域の証書では、その電気が実際に需要地へ届くことはありません。
改定案では、証書やPPAの電源が需要地と同じ系統領域(バディングゾーン)にあり、物理的に供給可能であることを求める方向が議論されています。「書類上のつじつま」ではなく「電気としての実態」を重視する厳格化であり、アワリーマッチングとセットで「いつ・どこで発電された電気か」を問う構図です。
日本への影響:エリアを跨ぐ調達はどうなる?
日本の送電網は10のエリアに分かれ、エリア間は連系線で結ばれていますが、容量には限りがあります(間接送電権が取引されるのはこのためです)。デリバラビリティが厳格に適用された場合、たとえば九州の太陽光証書を東京の需要に充てる調達が認められなくなる、または条件付きになる可能性があります。再エネ適地(北海道・東北・九州)と大需要地(首都圏・関西)が離れている日本では、影響が特に大きい論点といえます。
世界の反応|パブコメで見えた賛否
2026年7月29日、GHGプロトコルは第1回パブリックコンサルテーション(56カ国・1,072件)の結果を公表しました。両論点への反応は明確でした。
- アワリーマッチング:反対が優勢。欧州では6割強、欧州以外では75%超が反対したとされます。理由は「時間別データの取得・検証コスト」「グラニュラー証書市場が未成熟」など実務負担への懸念が中心です。
- デリバラビリティ:同じく反対優勢。系統領域の定義や、市場をまたぐグローバル企業の調達への影響が懸念されました。
- 一方、既存契約を保護する緩和措置(レガシー条項・段階適用)には7〜9割が支持。「方向性は理解するが、移行の時間と既存投資の保護を」という声が大勢とされます。
ただし注意が必要です。GHGプロトコルは「パブコメは投票ではない」と明言しており、反対多数でも厳格化の方向がそのまま覆るとは限りません。EnergyTagも、時間別マッチングへ向かう大きな流れ自体は変わらないとの見方を示したとされます。改定はISOとの統合スケジュールに沿って、2027年に統合パブコメ、2028年第4四半期に最終公表の予定です。
グラニュラー証書とは|「いつの電気か」を刻む仕組み
アワリーマッチングを実際に運用するには、時間情報付きの証書(グラニュラー証書)が必要です。従来の証書は「2025年度に発電した再エネ1MWh」という年単位の粒度でしたが、グラニュラー証書は「2025年7月15日13時〜14時に発電した1MWh」というレベルまで刻みます。
国際標準づくりを主導するEnergyTagの枠組みでは、①発電の時間情報の記録、②需要側の時間別消費データ、③両者を突き合わせるマッチングの仕組み——の3点セットで成立します。欧米では実証から商用サービスへ移行しつつあり、時間帯ごとに証書の価格が変わる(夕方の再エネは高く、昼の太陽光は安い)という「環境価値の時価」が生まれ始めています。
日本の非化石証書はトラッキング(発電所の特定)は進みましたが、時間情報の付与はこれからの段階です。制度が追いつく前に自社の需要側データ(30分値)を整備しておくと、始まった瞬間に対応できます。
もう一つの論点SSS|日本のFIT電気に効く「標準供給サービス」
アワリーマッチング・デリバラビリティと並ぶScope2改定の第3の論点がSSS(標準供給サービス)です。これは「賦課金などの制度で支えられ、需要家が選択の余地なく受け取っている電気の環境価値は、特定企業の削減主張に使うべきではない」という考え方です。
日本企業に直撃するのは、改定案の中で日本のFIT制度がSSSの該当例として挙げられている点です。FIT電気の環境価値は再エネ賦課金を負担する全需要家に由来するのだから、FIT非化石証書を買った企業だけが「再エネ100%」を名乗るのはおかしい——という理屈が背景にあります。
- 第1回パブコメでは、SSSは世界では賛成が優勢なのに、日本では反対が優勢という逆転が見られました。日本の反対理由は「効果がない」ではなく「自国の制度と整合せず実現が難しい」が中心とされます。
- 注意すべきは、既存契約を保護するレガシー条項などの緩和措置(7〜9割が支持)は、アワリーマッチングとデリバラビリティのみが対象で、SSS該当性には適用されないとされる点です。
- つまりFIT非化石証書に依存した「実質再エネ」メニューは、改定後に扱いが変わる可能性があるということです。非FIT証書・PPA・自家消費の比重を高める移行計画を、いまから検討しておく価値があります。
導入されたら何が変わるか|企業への影響
- 証書の価値が分化する:昼の太陽光由来の証書は余り、夜間・朝夕に発電する電源(風力・水力・地熱・蓄電池併設)の価値が上がると見込まれます。
- PPAの評価軸が変わる:年間総量ではなく、自社の需要カーブと発電プロファイルの「一致率」が問われます。
- データ基盤が前提になる:30分値・時間別の電力消費データと、時間情報付きの発電データを突き合わせる仕組みが必要です。
- SBTiが先に動いている:SBTi企業ネットゼロ基準V2では、電力消費の大きい企業(カテゴリーA)に時間別データにもとづく報告と第三者保証を求める方向が示されており、GHGプロトコルの最終化を待たずに実務要請が始まりつつあります。
日本企業が今から備える4つの実務
- ①時間別データの整備から始める:スマートメーターの30分値を集約し、拠点ごとの需要カーブを「見える化」する。これはルールがどう転んでも無駄にならない投資です。
- ②調達ポートフォリオの時間分析:現在の証書・PPA・メニューが「どの時間帯の需要をカバーしているか」を試算し、夜間・冬季のギャップを把握する。
- ③電源とエリアの分散:太陽光偏重を見直し、風力・水力・蓄電池併設など時間補完性のある電源や、需要地と同一エリアの電源を組み合わせる。コーポレートPPAの契約設計にも反映を。
- ④動向の定点観測:2027年の統合パブコメ、2028年第4四半期の最終公表、SBTi V2の確定内容をウォッチし、社内の中期調達計画に反映する。GHGプロトコル改定の最新動向は当サイトでも継続的に更新しています。
日本で今できる準備|30分値とデータ基盤
時間別データはすでに手元にある
幸い、日本の需要側データはすでに時間別です。高圧・特別高圧の受電点にはスマートメーターが設置され、30分ごとの使用量(30分値)が計測されています。低圧でもスマートメーターの置き換えはほぼ完了しています。問題は「データが無い」ことではなく、「取得・保存・分析の運用が無い」ことです。
- 取得:契約している小売電気事業者のWeb明細サービスや、託送側の情報提供サービスから30分値をダウンロードできます。まず全拠点分の取得ルートを確認します。
- 保存:月次のCSVを貯めるだけでも構いません。後から「あの年の需要カーブ」を再現できることが重要です。
- 分析:月別・時間帯別のヒートマップを作ると、自社の需要が「昼型」か「24時間型」かが一目で分かります。これが調達ポートフォリオ設計の土台です。
需要カーブ別・調達の考え方
時間帯一致率(CFEスコアと呼ばれることもあります)を試算すると、「年間では100%なのに時間別では6〜7割」という結果が出るのが普通です。この数字を経営層と共有しておくと、改定後に慌てずに済みます。
アワリーマッチング用語ミニ辞典
- アワリーマッチング(時間帯マッチング):電力の消費と再エネ属性の調達を1時間単位で一致させる考え方。
- デリバラビリティ(供給可能性):調達する電源が需要地へ物理的に電気を届けられる系統領域にあることを求める考え方。
- SSS(標準供給サービス):制度で支えられ全需要家が受け取る電気の環境価値を、特定企業の主張から外す考え方。日本のFITが該当例に挙げられています。
- グラニュラー証書:時間情報付きの再エネ証書。EnergyTagが国際標準づくりを主導。
- 24/7 CFE:毎時・毎日、消費をカーボンフリー電源で賄う調達目標。Google・Microsoftが先行。
- CFEスコア(時間帯一致率):時間別に見た需要とカーボンフリー電源の一致割合。
- 30分値:スマートメーターが記録する30分ごとの電力使用量。日本の時間別データの基本単位。
- レガシー条項:改定前に締結した既存契約を一定期間保護する経過措置。SSS該当性には適用されないとされる点に注意。
まとめ
- アワリーマッチング=再エネの調達と消費を「年間」でなく「時間単位」で一致させる考え方。24/7 CFE(Google・Microsoft等)とEnergyTagのグラニュラー証書が源流。
- デリバラビリティ=証書・PPAの電源が需要地へ「物理的に届く」ことを求める場所の論点。再エネ適地と需要地が離れる日本には影響大。
- 第1回パブコメでは両論点とも反対が優勢(アワリーは欧州外で75%超が反対)だが、GHGプロトコルは「投票ではない」と明言。厳格化の方向は維持される可能性がある。
- 最終公表は2028年第4四半期予定。ただしSBTi V2が先行して時間別データを要求する方向で、備えは「待ったなし」。
- 今やるべきは時間別データ整備→調達の時間分析→電源・エリア分散→定点観測の4つ。
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出典・参考資料(一次情報)
GHG Protocol|Key Standard Development Updates(2026年7月29日)/ EnergyTag(グラニュラー証書の国際イニシアチブ)/ 国連|24/7 Carbon-Free Energy Compact
よくある質問(FAQ)
Q. アワリーマッチングとは何ですか?
A. 企業の電力消費と再エネ属性(証書・PPA等)の調達を、年間合計ではなく1時間単位で一致させる考え方です。太陽光証書のまとめ買いで夜間の火力使用を覆い隠せてしまう年間マッチングの弱点を正すもので、GoogleやMicrosoftの「24/7カーボンフリー電力」の土台になっています。
Q. デリバラビリティとは何ですか?
A. 調達する再エネの電源が、需要地と同じ系統領域にあり物理的に電気を届けられることを求める考え方です。送電容量の制約を無視した「書類上だけの再エネ調達」を防ぐ趣旨で、再エネ適地と大需要地が離れている日本では、エリアを跨ぐ証書調達への影響が注目されています。
Q. いつから義務になりますか?今から何をすべきですか?
A. GHGプロトコルの統合基準の最終公表は2028年第4四半期の予定で、発効・適用時期は未定です。ただしSBTiのネットゼロ基準V2が電力多消費企業に時間別データにもとづく報告を求める方向を先に示しており、スマートメーターの30分値を使った時間別データ基盤の整備と、調達ポートフォリオの時間帯分析から始めるのが実務的です。
Q. SSS(標準供給サービス)とは何ですか?日本企業への影響は?
A. 賦課金などの制度で支えられ、需要家が選択の余地なく受け取っている電気の環境価値を、特定企業の削減主張から外すという改定論点です。改定案では日本のFIT制度が該当例として挙げられており、FIT非化石証書に依存した「実質再エネ」メニューは扱いが変わる可能性があります。既存契約を守るレガシー条項はSSSには適用されないとされるため、非FIT証書やPPAへの移行計画を早めに検討する価値があります。
Q. 自社の「時間帯一致率」はどう調べればよいですか?
A. まず小売電気事業者のWeb明細などから全拠点の30分値(30分ごとの使用量)を取得します。次に、調達している再エネ(PPAの発電実績、証書の由来電源の発電パターン)を時間帯別に並べ、時間ごとに「カーボンフリーで賄えた割合」を計算します。年間合計では100%でも時間別では6〜7割にとどまるケースが多く、この差が今後の調達設計の出発点になります。
最終更新日:2026年8月27日
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。