電気の市場には、いくつもの種類があります。前日に電力量を売り買いするスポット市場、いざというときの調整力を取引する需給調整市場——。いまはこれらが別々に開かれていますが、それを一つにまとめて取引しようという構想が、同時市場です。
本記事では、同時市場とは何かを、できるだけかみ砕いて解説します。なぜ市場がバラバラだと困るのか、電力量(kWh)と調整力(ΔkW)を一度に決める仕組み、再エネや蓄電池にとっての意味、そして日本の検討状況と課題までを順に見ていきましょう。前提となる電力市場とはや需給調整市場とはとあわせて読むと、改革のねらいがくっきり見えてきます。
≡この記事の目次
同時市場とは
まず、同時市場をひとことで整理します。「電気の取引を、別々ではなく一度にまとめて決める」という発想から入りましょう。
同時市場をひとことで言うと
同時市場とは、電力量(kWh)と調整力(ΔkW)を、一つの計算でまとめて同時に決める市場の仕組みです。いまは別々の市場で順番に取引されているものを、一括で最適化しようという考え方になります。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、ねらいはシンプルです。電気にまつわる複数の価値を、ばらばらに決めるのではなく、まとめて最も効率よく配分する——。それが、同時市場のめざすところだといえます。米国の電力市場で広く使われてきた発想を、日本にも採り入れようという議論です。
「一括約定」とは何か
同時市場は、「一括約定(同時最適化)」という言葉で語られることもあります。「約定」とは、市場で売買が成立することです。それを、種類の違う取引について一度にまとめて成立させるのが、一括約定になります。
たとえるなら、これまで別々の窓口に並んでいた手続きを、一つの窓口でまとめて片づけるイメージです。発電する量(電力量)と、いざというときのために空けておく余力(調整力)を、同じテーブルの上で同時に決める。この「まとめて決める」点こそが、同時市場の最大の特徴です。
なぜ必要なのか――市場がバラバラだと起きること
同時市場が議論される背景には、いまの電力市場が分かれていることで生じる、ある「悩ましさ」があります。
いまは市場が別々に開かれる
電力量と調整力が、ばらばらに取引されている
スポット市場など
取り扱い
電力量(kWh)=実際に流す電気の量を、前日などに取引する。
需給調整市場
取り扱い
調整力(ΔkW)=急な変動に備えて空けておく出力の余力を取引する。
事業者「どっちに、どれだけ出すのが得?」
別々に開かれるため、事業者は機会費用を読んで入札を振り分ける必要があります。
出典:資源エネルギー庁・OCCTOの公開情報をもとにgreenote作成
いまは市場が分かれている
現在の日本では、電気にかかわる価値が、別々の市場で取引されています。前日に電力量(kWh)を売買する電力市場とはのスポット市場、当日の細かな調整に使う時間前市場、そして需給の急変に備える調整力(ΔkW)を取引する需給調整市場とは。それぞれが、異なるタイミングで開かれます。
この「分かれている」ことが、思わぬ非効率を生みます。発電する設備は一つでも、その出力を電力量に回すのか、調整力として空けておくのかを、事業者は市場ごとに別々に判断しなければならないのです。
「どこに売るのが得か」という機会費用の問題
ここで生まれるのが、機会費用の問題です。機会費用とは、「ある選択をしたために、あきらめた別の選択から得られたはずの利益」を指します。
たとえば、ある発電所が出力を電力量として売れば、その分は調整力に回せません。逆もまた同じです。事業者は、「いま電力量で売るのと、調整力として残すのと、どちらが得か」を自分で予想して入札を振り分ける必要があります。この予想が外れれば、本来もっと安く供給できたはずの電気が高くついたり、貴重な調整力が足りなくなったりと、社会全体では非効率な結果を招きかねません。市場が分かれているかぎり、この悩ましさはつきまといます。
仕組み――kWhとΔkWを同時に最適化する
同時市場の核心は、電力量(kWh)と調整力(ΔkW)を、一つの計算でまとめて最適化することです。
別々に決める から、まとめて決める へ
逐次約定と一括約定のちがい
いま:逐次約定
スポット市場→需給調整市場の順に、別々に約定。事業者が機会費用を読んで振り分けるため、全体では非効率が残る。
同時市場:一括約定
電力量(kWh)と調整力(ΔkW)を一つの計算で同時に最適化。機会費用は計算が自動で考慮し、全体最適に近づく。
同じ資源を、社会全体でいちばんむだのない形に配分するのがねらいです。
出典:資源エネルギー庁・OCCTOの公開情報をもとにgreenote作成
電力量と調整力を一度に約定する
同時市場では、発電所などのリソースが入札すると、システムが電力量(kWh)と調整力(ΔkW)を一つの最適化計算でまとめて処理します。「この設備は電力量へ、あの設備は調整力へ」という割り当てを、市場全体を見渡して一度に決めるわけです。
この同時に最適化する考え方は、co-optimization(同時最適化)と呼ばれ、米国のISO/RTO(独立系統運用者)と呼ばれる市場運営者のもとで、広く使われてきました。電力量と調整力を切り離さず、ひとつながりの問題として解く。そこに、同時市場の技術的な肝があります。
全体最適とメリットオーダー
同時市場が大切にするのが、全体最適という考え方です。個々の事業者がそれぞれ得をしようと動くより、市場全体を見て資源を配分したほうが、社会全体の費用は小さくなります。
その土台にあるのが、メリットオーダーです。これは、燃料費などの安い電源から順に動かして、コストを最小にする並べ方を指します。同時市場では、電力量と調整力を合わせたうえで、このメリットオーダーに沿った配分を計算が導きます。事業者が機会費用を勘で読む代わりに、最適化計算がいちばんむだのない組み合わせを見つけてくれる——それが、同時市場の効率性の源泉だといえるでしょう。
何が変わるのか――再エネ・蓄電池への意味
同時市場は、再エネや蓄電池といった新しいリソースにとって、とくに大きな意味を持ちます。
同時市場で期待されること
再エネと蓄電池が主役になる時代の市場の土台
機会費用を自動で考慮
電力量と調整力の振り分けを計算が最適化。事業者の読み違いによるむだを減らす。
全体最適・コスト最小
市場全体でメリットオーダーに沿って配分し、社会全体の費用を抑える。
多様なリソースが活きる
蓄電池やDRなど、両方の価値を持つ資源を適切に評価しやすい。
価格の整合性
電力量と調整力の価格が一つの計算で整合し、ゆがみが出にくい。
変動する再エネを、安く・安定して使いこなす市場へ。
出典:資源エネルギー庁・OCCTOの公開情報をもとにgreenote作成
機会費用を自動で織り込める
同時市場の大きな利点が、機会費用を計算のなかで自動的に織り込めることです。事業者が「電力量と調整力、どちらが得か」を勘で読む必要が薄れます。
これは、出力を機敏に動かせる蓄電池にとって、とりわけ重要です。蓄電池は、電力量としても調整力としても価値を持つ、いわば二刀流のリソース。市場が別々だと、その価値を十分に引き出しにくい一方、同時市場ならば、両方の価値をまとめて評価し、最も活きる使い方へ導けます。系統用蓄電池の現状は系統用蓄電池(BESS)市場の今もあわせてご覧ください。
多様なリソースが活きる市場へ
恩恵を受けるのは、蓄電池だけではありません。需要を動かすデマンドレスポンス(DR)とはや、分散した設備を束ねるVPPなど、電力量と調整力の両面で価値を持つリソースは、同時市場と相性が良いとされます。
再エネが増えるほど、こうした柔軟なリソースを、むだなく組み合わせて使うことが欠かせなくなります。同時市場は、多様なリソースが公平に評価され、それぞれの強みを発揮できる土俵を整える改革だといえます。再エネ主力化の時代にふさわしい、市場の設計思想への転換でもあるのです。
日本の検討状況と課題
同時市場は、米国の事例を参考に、日本でも本格的な検討が進んでいます。ただし、乗り越えるべき課題は小さくありません。
米国型を参考にした検討
日本では、資源エネルギー庁と電力広域的運営推進機関(OCCTO)が、同時市場の在り方について検討会などの場で議論を重ねてきました。お手本とされているのが、米国のISO/RTOで実装されている市場の仕組みです。
米国の多くの市場では、系統運用者が全体最適に基づいて各発電所の出力を一括して指示する、中央給電(セントラルディスパッチ)という方式が採られています。電力量と調整力の同時最適化は、この中央給電とセットで機能してきました。日本も、この考え方を参考に、自国に合った制度を設計できないかを探っている段階になります。
給電方式の大改革という課題
とはいえ、課題は決して小さくありません。日本ではこれまで、各事業者が自ら発電計画を立てる方式が基本でした。中央給電への移行は、この根本的なやり方を変える、大がかりな改革を意味します。
そのため、大規模なシステムの改修、事業者の自由度や市場支配力への目配り、移行に伴うコストなど、検討すべき論点は山積みです。導入の時期や詳細な設計も、まだ確定していません。効率を高める理想と、現実の移行コストや影響をどう両立させるか——。慎重な議論が続いているところです。
課題
給電方式の大改革。日本は各事業者が発電計画を立てる方式が基本で、中央給電への移行は根本的な変更。
対応・ポイント
米国ISO/RTOの中央給電を参考に、日本に合った制度を資源エネ庁・OCCTOが検討中。
課題
システム改修・コスト・市場支配力。大規模改修や自由度、移行コストなど論点が山積。
対応・ポイント
効率化の理想と、現実の移行コスト・影響の両立へ慎重な議論を継続。
導入の時期や詳細な設計は、まだ確定していません。
同時市場をどう捉えるか
同時市場は、電気にまつわる複数の価値を「別々に決める」時代から、「まとめて最適に決める」時代へと進めようとする、市場の構造改革です。機会費用を計算が織り込み、社会全体でいちばんむだのない資源配分をめざす。その先には、再エネや蓄電池が公平に評価され、力を発揮できる電力システムの姿があります。
大切なのは、同時市場を「専門家だけの難しい制度論」ではなく、「再エネを主力にするための市場の土台づくり」として捉えることでしょう。電気をためる蓄電池、需要を動かすDRやVPP、そして取引を最適化する同時市場。これらが噛み合って初めて、変動する再エネを安く・安定して使いこなせます。電力システム全体の地図は電力システムまるわかりガイドもご覧ください。
市場の形は、社会が何を大切にするかを映す鏡です。再エネ主力化という目標に向けて、取引の仕組みそのものを問い直す——。同時市場をめぐる議論は、その大きな挑戦の一つだといえます。なお本記事は、特定の制度設計や事業・金融商品への投資を推奨するものではなく、検討中の仕組みと考え方を中立に整理したものです。
よくある質問(FAQ)
Q. 同時市場と、いまのスポット市場は何が違うのですか?
A. いまは、電力量(kWh)を取引するスポット市場と、調整力(ΔkW)を取引する需給調整市場が、別々の市場として時間をずらして開かれています。同時市場では、この電力量と調整力を一つの計算でまとめて同時に約定します。別々に決めるか、一度にまとめて決めるか——そこが最大の違いです。詳しくは電力市場や需給調整市場の解説もあわせてご覧ください。
Q. なぜ「同時」に決めると効率的なのですか?
A. 市場が別々だと、発電事業者は『電力量で売るか、調整力として残すか、どちらが得か』を自分で予想して入札を振り分ける必要があります。この予想(機会費用の読み)が外れると、社会全体では非効率な使われ方になりかねません。同時市場では、この振り分けを最適化計算が自動で行うため、資源全体をむだなく配分しやすくなります。
Q. 同時市場は、いつ日本で導入されるのですか?
A. 2026年時点では、導入時期や詳細な制度設計は検討段階で、確定していません。資源エネルギー庁やOCCTOが、米国の事例を参考にしながら、在り方を議論している段階です。現行の発電計画の立て方を大きく変える改革を含むため、システム改修や事業者への影響を見極めながら、慎重に検討が進められています。本記事は制度の考え方を整理したもので、特定の時期や結論を断定するものではありません。
最終更新日:2026年6月27日
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。