CO2の「見える化」は、この数年でかなり進みました。カーボンフットプリントという言葉も、製品パッケージの表示も、珍しくなくなっています。では、水についてはどうでしょうか。同じ製品をつくるのに、どれだけの水を使い、どれだけ水を汚しているのか——こちらは、まだ「見える化」の途上にあります。
その水の見える化を、CO2と同じようにライフサイクル全体で数えるための国際規格がISO 14046です。策定しているのはISO14064とは別の分科委員会で、LCA(ライフサイクルアセスメント)を土台にしています。この記事では、ISO 14046が何を定めているのか、そして日本の企業がすでに直面している「数え方によって結果が変わる」という実務上の壁を、ISO公式と環境省の資料にもとづいて整理します。
※本記事は2026年9月時点のISO公式サイトおよび環境省の公表資料にもとづく解説です。規格は改訂されるため、最新の内容は各公式資料でご確認ください。
この記事の目次
ISO 14046とは|水の環境影響をライフサイクルで数える規格
何を定めている規格か
ISO 14046の正式名称は「Environmental management — Water footprint — Principles, requirements and guidelines」。日本語にすれば「環境マネジメント——ウォーターフットプリント——原則、要求事項およびガイドライン」です。2014年8月に第1版が発行され、本体は33ページです。
ISO公式の要旨は「LCA(ライフサイクルアセスメント)にもとづき、製品・プロセス・組織のウォーターフットプリント評価に関する原則・要求事項・ガイドラインを規定する」というものです。評価はスタンドアロンでも、より包括的な環境評価の一部としても実施できるとされています。
もう一つ大事な一文があります。「評価の結果は、単一の値、または影響指標結果のプロファイルのいずれかになる」。つまりCO2のように「トン」という一つの単位に集約する場合もあれば、水消費・水質汚濁など複数の指標を並べたプロファイルとして示す場合もある、という設計です。
LCAを土台にした規格という位置づけ
ISO 14046を策定しているのはISO/TC 207/SC 5です。ISO14064を策定するISO/TC 207/SC 7とは別の分科委員会で、SC 5はライフサイクルアセスメントおよび関連するマネジメントの標準化を担当しています。
ここから分かることは、ISO 14046が単発の規格ではなく、LCAという評価手法の枠組みのなかに位置づけられているという点です。原材料の調達から廃棄までの全過程を評価するLCAの考え方を、水という一つの環境側面に絞って専用化した規格だと理解すると分かりやすいでしょう。
対象は「水質に影響する分」だけ
意外に見落とされやすい限定があります。ISO公式の要旨には「大気および土壌への排出のうち、水質に影響を与えるものだけが評価に含まれ、すべての大気・土壌排出が含まれるわけではない」と明記されています。
つまりウォーターフットプリントは、大気汚染や土壌汚染そのものを測る規格ではありません。あくまで「水」という軸から見て、その水質を左右する排出だけを俎上に載せる——対象範囲をこう理解しておくと、後述する評価手法の話も飲み込みやすくなります。
なぜ数え方で結果が変わるのか
水量と水質、2つの影響を統合する難しさ
ウォーターフットプリントには、CO2の算定とは違う難しさがあります。CO2は「地球温暖化」という一つの影響に収束させて数えられますが、水は「水量(どれだけ使ったか)」と「水質(どれだけ汚したか)」という2つの異なる影響を扱う必要があるからです。
環境省が2014年に公表した資料は、この構造を整理しています。収集するインベントリデータは水消費量(地域別・水源別など)と水質汚染物質排出量の2種類。これらが水利用可能量の減少と水質の汚染(富栄養化・生態毒性など)という影響領域に変換され、最終的に一つの統合化されたウォーターフットプリントとして示されるか、あるいはWater Footprint Profileとして複数指標のまま示されます。
評価手法の違いで結果が2桁変わる
ここが実務でもっとも注意すべき点です。環境省の資料は、衣類製品(ジャケット)のケーススタディを通じて、水量と水質という2つの影響を統合する手法の違いによって、評価結果が2桁(およそ100倍)異なる場合があったと報告しています。
理由は明快です。「水質汚染を水消費量に換算して統合する方法」と「水量・水質を別々の指標のまま扱う方法」とでは、そもそも計算の土台が違います。また、水質汚染を水量に換算する手法では、基準とする水質環境基準によって結果が変わるため、算出にあたっては対象の水域・類型も考慮する必要があると指摘されています。
実務への含意はシンプルです。「ウォーターフットプリントは○○だった」という数字だけを見て他社と比較するのは危険です。どの評価手法・どの統合化アプローチを使ったのかを確認しない限り、数字の大小に意味を持たせられません。
日本の動き|環境省の算出事例集
3つの活用目的と31の既存事例
環境省は2014年8月8日、「ウォーターフットプリント算出事例集」を公表しました。ISO 14046の発行と同じ年です。同資料は、国内企業によるウォーターフットプリント算出を促進し、水資源の保全や有効活用に効果的に活用していくことを目的に、有識者と先進企業を集めた研究会の成果としてまとめられています。
資料が挙げるウォーターフットプリントの活用目的は3つです。
- 情報開示——投資家や取引先への環境情報の提示
- リスク分析・内部改善——生産工程のうち水を多く使う「ホットスポット」の把握
- 国民の水環境保全意識の啓発——社会全体への発信
そして既存の31事例を整理した結果、大半がホットスポットの把握や製品間比較といった内部改善を目標にしたものだったと報告されています。情報開示や社会啓発より、まず自社の工程のどこで水を多く使っているかを知るという使われ方が先行していたということです。
9製品のケーススタディが示すこと
資料の第3章「評価事例集」では、国内の事業者が実際に算出した事例として9製品が取り上げられています。
| 分野 | 対象製品 |
|---|---|
| 農作物・食料品(4製品) | うるち米、ピーマン、MicVac調理品(肉じゃが)、豚肉 |
| 工業製品(5製品) | 給食用食器、事務服(ベスト)、洗濯機、冷蔵庫、シャンプー(植物由来プラスチック容器を使用) |
出典:環境省「ウォーターフットプリント算出事例集」(2014年8月8日公表)をもとに作成。
各製品について複数の影響評価手法を用いてウォーターフットプリントを算出し、手法による結果の相違や特徴を示したのがこの事例集の特徴です。前述の「2桁差」という指摘も、こうした複数手法での並行算出があったからこそ見えてきた実務上の知見だといえます。
カーボンフットプリントとの違い|ラベル表示は対象外
ISO 14046をカーボンフットプリントと同じ発想の規格だと捉えると、一つ見落としがちな違いがあります。ISO公式は「報告(reporting)は規格の範囲内だが、ラベルや宣言といった形でのウォーターフットプリント結果の伝達(communication)は規格の範囲外である」と明記しています。
カーボンフットプリントの世界では、製品パッケージに「CO2排出量○○g」といったラベル表示が広がりつつあります。ISO 14046は、そこまでの標準化を担っていません。算定して報告するところまでが規格の役割で、消費者向けにどう見せるかは別の話——この線引きを知っておくと、規格に何を期待すべきかの見通しが立ちます。
もう一つの違いは、評価結果の出し方そのものにあります。カーボンフットプリントはCO2換算という単一の単位に集約するのが基本ですが、ISO 14046は単一の値でもプロファイル(複数指標の並列表示)でもよいという設計です。水という環境側面が、そもそも一つの数字に単純化しにくい性質を持っているためだと考えられます。
企業はどこから手をつけるか
ISO 14046にまったく取り組んだことがない企業が、次に何をすればよいか。3つの段階で考えると進めやすいでしょう。
第一に、自社のサプライチェーンで水を多く使う工程を特定すること。環境省の資料が示すとおり、既存事例の大半は情報開示より先に、内部改善のためのホットスポット把握から始まっています。いきなり対外的な数字を出すことを目指すのではなく、まず社内の見える化から着手するのが現実的です。
第二に、評価手法をどう選ぶかを最初に決めておくこと。前述のとおり、統合化のアプローチによって結果が2桁変わることがあります。他社と比較する予定があるなら、同じ評価手法を使っているかを事前に確認する習慣が欠かせません。
第三に、水の話を他の開示と接続すること。水リスクの評価や、TNFD・自然関連開示の枠組みでは、水は主要な評価項目の一つです。ウォーターフットプリントの算定データは、こうした開示の裏づけとしても使えます。Scope3の算定と同様に、サプライチェーン全体を見るという発想は共通しています。
まとめ
- ISO 14046はLCAにもとづき、製品・プロセス・組織のウォーターフットプリント評価の原則・要求事項・ガイドラインを定める国際規格。2014年8月発行の第1版・33ページで、策定はLCAを扱うISO/TC 207/SC 5(ISO14064とは別の分科委員会)。なお、算定でなく日常のEMSで水を管理する手引としてはISO14002-2がある。
- 対象は水質に影響する大気・土壌排出のみ。評価結果は単一の値、または複数指標のプロファイルのいずれでもよい。
- 水は「水量」と「水質」という2つの異なる影響を扱うため、統合化の手法によって評価結果が2桁変わることがある(環境省のケーススタディで確認済み)。他社比較には評価手法の一致確認が欠かせない。
- 環境省は2014年8月8日、3つの活用目的(情報開示・リスク分析・内部改善・国民啓発)と9製品のケーススタディを含む算出事例集を公表。既存事例の大半は内部改善のためのホットスポット把握だった。
- カーボンフットプリントと違い、ラベルや宣言による結果の伝達は規格の範囲外。算定・報告までが規格の役割。
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出典・参考資料(一次情報)
リンク先は2026年9月時点で確認した各公式サイトの情報です。規格は改訂されるため、最新は各公式ページでご確認ください。
環境省:
「ウォーターフットプリント算出事例集」(2014年8月8日公表・概要版と事例集本体)
よくある質問(FAQ)
Q. ISO 14046とは何ですか?
A. LCA(ライフサイクルアセスメント)にもとづいて、製品・プロセス・組織のウォーターフットプリントを評価するための原則・要求事項・ガイドラインを定める国際規格です。2014年8月に第1版が発行され、本体は33ページ。策定はISO/TC 207/SC 5で、LCAおよび関連するマネジメントの標準化を担当する分科委員会です。評価結果は単一の値、または複数の影響指標を並べたプロファイルのいずれかで示されます。
Q. ウォーターフットプリントの評価結果は、他社と単純に比較できますか?
A. 注意が必要です。環境省が2014年に公表した事例集では、水量と水質という2つの異なる影響を統合する手法の違いによって、評価結果が2桁(およそ100倍)異なる場合があったと報告されています。比較する際は、どちらも同じ評価手法・統合化アプローチを使っているかを確認することが欠かせません。
Q. カーボンフットプリントのように、製品にラベル表示できますか?
A. ISO 14046自体は、ラベル表示までを対象にしていません。ISO公式は「報告(reporting)は規格の範囲内だが、ラベルや宣言といった形での結果の伝達(communication)は規格の範囲外である」と明記しています。算定して報告するところまでが規格の役割で、消費者向けにどう見せるかは別の検討が必要です。