IMOネットゼロ・フレームワークとは|海運の脱炭素ルールの中身・影響・課題

国際条約・会議 IMOネットゼロ・フレームワークとは|海運の脱炭素ルールの中身・影響・課題

国際海運に、世界共通の脱炭素ルールをつくる動きが、大詰めを迎えています。まず押さえたいのは、IMOネットゼロ・フレームワークが、船が使う燃料の温室効果ガス強度に基準を設け、超えた分に支払いを求める新しい国際ルールで、2025年10月に採択が1年延期され、2026年12月に再び焦点になるという点です。

本記事では、枠組みの中身と延期の経緯に加え、船会社・燃料供給・荷主への具体的な影響と、合意が難しい理由となっている課題を整理します。根拠は、IMO(国際海事機関)と国土交通省の公開資料、法律事務所や業界団体の解説です。船舶燃料のアンモニアは、アンモニア燃料の記事もあわせてご覧ください。

※本記事は公表情報(2026年11月時点)に基づく解説です。IMOの審議は続いており、内容や日程は変わる場合があります。

この記事の目次

IMOネットゼロ・フレームワークとは|国際海運に燃料基準と料金をかける新ルール

IMOネットゼロ・フレームワーク(NZF)は、国際海運の温室効果ガス排出を減らすための、世界共通の規制案です。MARPOL条約の附属書VIを改正し、新しい章として加える形で進められています。

位置づけ|IMOの2023年戦略を実行する手段

土台は、2023年7月にIMOが採択したGHG削減戦略です。国土交通省の資料によると、目標は2050年頃までに国際海運のGHG排出をゼロにすることです。2030年までに20〜30%、2040年までに70〜80%削減する目安(いずれも2008年比)も示されています。

日本は、2021年10月に国際海運からのGHG排出ゼロを目指すと発表していました。国土交通省は、IMOの合意がこの目標に沿うものだと説明しています。この戦略を実行に移す規制が、NZFです。国全体の計画は、地球温暖化対策計画の記事で確認できます。

仕組み|燃料の強度を下げ、超過分は支払う

仕組みは大きく2つです。1つは、船が使う燃料のGHG強度(GFI)に基準を設け、年々厳しくすること。もう1つは、基準を満たせない船に是正ユニットの取得を求め、基準より良い船には余剰ユニットを与えることです。

GFIは、燃料の採掘・製造から船上での燃焼までを通した強度(well-to-wake)で測ります。集まった資金は、ゼロ・ニア・ゼロ排出の船への報奨や、途上国の支援に使う「IMOネットゼロ基金」に充てる案です。

承認された枠組みの中身

NZFの案は、2025年4月のMEPC 83(海洋環境保護委員会)で承認されました。海事系の解説記事が整理した主な内容は、次のとおりです。

項目 内容
対象 総トン数5,000トン超の外航船。国際海運のCO2排出の約85%を占めるとされる
基準年のGFI 2008年の93.3 gCO2e/MJ
基本の目標 2028年に4%削減、2030年に8%、2035年に30%、2040年に65%
より厳しい目標(直接遵守) 2028年に17%削減、2030年に21%、2035年に43%
是正ユニットの価格 第1段階が1トンあたり100ドル、第2段階が380ドル(2028〜2030年)
余剰ユニット 直接遵守目標を上回った船が得る。繰り越しや移転が可能
資金 IMOネットゼロ基金。ゼロ排出船への報奨と、途上国の支援

数値は、承認時点の案にもとづく解説記事の整理です。IMOの公式文書で、最終の数字を確認してください。後述のとおり、修正案も出されています。

採択延期の経緯と今後の日程

2025年10月に何が起きたか

当初は、2025年10月の臨時会合(MEPC/ES.2)で採択される見通しでした。しかし会合では、採択に先立ち、サウジアラビアが1年間の延期を提案しました。DNVによると、延期は賛成57、反対49で可決され、NZFは採択されませんでした。

延期により、発効の最短時期は2028年3月1日になりました。DNVは、NZFの内容がこれから変わる可能性にも触れています。

2026年12月に向けた日程

時期 内容
2023年7月 IMOがGHG削減戦略を採択(MEPC 80)
2025年4月 MEPC 83がNZF案を承認
2025年10月 臨時会合で採択を1年延期
2026年4〜5月 MEPC 84が、懸念への対応を話し合う中間作業部会の設置を決定
2026年9月1〜4日 中間作業部会(ISWG-GHG 22)がロンドンで開催
2026年11月23〜27日 ISWG-GHG 23
2026年11月30日〜12月3日 MEPC 85
2026年12月4日 延期した臨時会合の再開予定(MEPC 85での議論しだい)

IMOの発表によると、再開日はMEPC 85での議論しだいです。ISWG-GHG 22の議長は、MEPC 85に向けて文案を出す意思が各国にあると報告しました。ただし、実施ガイドラインの議論は予備的な意見交換にとどまり、ISWG-GHG 23に持ち越されています。

具体的な影響|誰に何が起きるのか

NZFが採択されると、直接の対象は船ですが、影響は造船、燃料、港、荷主へと広がります。公開資料から読み取れる範囲で整理します。

船会社と造船所

King & Spaldingの解説によると、延期によって、船主、造船所、燃料会社は、投資を支えるルールが固まらないまま判断を迫られています。枠組みは技術中立で、LNG、アンモニア、メタノール、バイオ燃料、e燃料のいずれも役割を果たしえます。一方で、船は寿命が長く、改造や燃料切り替えに対応した設計にはコストがかかります。

民間の分析サイトAmmonia Observatory(2026年6月)によると、アンモニア燃料船・アンモニア対応船の発注残は、2026年半ばで100隻を超えます。引き渡しは2026〜2029年が中心です。デュアルフューエル機関は、MAN Energy Solutions、WinGD、ワルチラが商用で供給しています。同サイトは、アンモニア供給が遅れても通常燃料で走れる二元燃料の設計を、リスクの備えとして挙げています。

燃料供給と港

船が代替燃料を使うには、燃料を積み込む港の整備が欠かせません。同サイトによると、ロッテルダムは2025年4月に船舶間のアンモニア燃料補給を完了しました。大連は2025年7月に、グリーンアンモニアの補給を世界で初めて行ったとされています。日本は、アンモニア燃料の専用補給船を発注し、2027年の引き渡しを予定しています。

課題は時間と資金です。補給拠点は、決定から運用まで4〜6年かかり、融資には契約された需要量が必要だと説明されています。同サイトは、船への投資より、補給拠点への投資のほうが、NZFの結果に左右されやすいと見ています。

荷主・Scope3

荷主への影響は、運賃や追加料金を通じて現れます。是正ユニットの費用、代替燃料のコスト、EU規制への対応費が、船会社から荷主へ転嫁される可能性があります。Ammonia Observatoryは、制度が成熟すると、従来燃料の使用者に「燃料1トンあたり数百ドル」の負担が生じうると見ています。

ただし、運賃への影響を定量した公的な資料は、今回の調査では確認できていません。サウジアラビア、UAE、ベネズエラは、商品コストの上昇を警告する社会経済分析をIMOに提出しました。影響の大きさは、立場によって見方が分かれています。

輸送の排出は、Scope3のカテゴリの「輸送・配送」で扱います。海上輸送の区間や船種ごとに、排出量の把握方法を整えておくことが、準備の出発点になります。

EU規制との重なり

IMOの結果にかかわらず、EUでは海運への規制がすでに動いています。King & Spaldingによると、EU ETSとFuelEU Maritimeは、EUの港と域外の港を結ぶ航海の排出の50%に適用されます。Ammonia Observatoryは、EU ETSが2026年1月からCO2の100%を対象にし、許可証の価格を1トンあたり約75ユーロとしています。

EUはIMOの結果を受けて、これらの規制を維持し、e燃料やバイオ燃料への資金支援を続けると表明したと、King & Spaldingは伝えています。制度の全体像は、EU-ETSの記事で確認できます。

残る課題|なぜまとまらないのか

政治|米国の反対と産油国の懸念

最大の争点は、世界共通の炭素価格をつけるかどうかです。海事系の解説記事は、各国の立場を次のように整理しています。

立場 内容
EU 承認された枠組みの支持。黙示の受諾手続きを重視
サウジアラビア、UAE 中央で決める炭素価格に反対
米国 IMOでの世界的な排出への課金に反対
リベリア 入手可能な燃料に連動した目標と、基金の代わりに売買可能な余剰ユニットを提案
ブラジル 2年間の緩やかな開始と、基金より軽い仕組みを提案
ツバル 第1段階の是正ユニットの価格を引き上げる案
豪州、カナダ、南アフリカ、英国 承認案の設計を維持し、基金の運営ルールを詳しくする案

King & Spaldingによると、米国は経済的な負担を理由に、枠組みの否決を各国に求める影響評価をIMOに提出しました。米国政府の閣僚による共同声明は、採択に反対するよう呼びかけ、支持した国への措置の可能性にも触れています。Global Maritime Forumは、2025年10月の会合を、合意を重んじる機関では通常見られない「極めて強い政治的圧力」のもとで開かれたと表現しています。

各国の修正案は、2026年10月時点の解説記事にもとづきます。会合の結果で変わるため、IMOの公式文書で確認してください。

制度設計|基金と算定ルールが未整備

制度の細部にも、未解決の点が残っています。Global Maritime Forum(2026年4月)は、IMOネットゼロ基金を「最も整っていない要素の一つ」と評しています。一部の国は、MEPC 83で合意した条文を再び開く提案を出しており、枠組みの先行きに「大きな不確実性」が生じていると指摘します。

そのほかの未解決の点は、次のとおりです。

  • 燃焼を伴わない技術(太陽光、陸上電力、風力など)をGFIにどう反映するか。「燃料等価量」か「有効エネルギー」かで未解決(ゼロカーボンシッピング研究所)。
  • 船舶登録の年間手数料の算定方法(定額か段階制か)で意見が分かれる。
  • 報奨の対象技術、支払い方法、時期などの細目。
  • ライフサイクルのGHG排出係数を検証するGESAMPのレビューが続いている。
  • 一部の国が、IMO事務局の裁量が大きく、統制が不十分だと異議を唱えている(King & Spalding)。

供給と技術|燃料・港・排出係数

燃料の供給が追いつくかも課題です。2023年のIMO戦略は、2030年までにゼロ・ニア・ゼロ排出燃料を国際海運のエネルギーの少なくとも5%(努力目標10%)にすることを掲げています。しかし、アンモニア燃料は、実運航での亜酸化窒素(N2O)の排出係数がまだ十分に確定していません。EU ETSでは、N2Oも炭素コストの算定に入ります。

MEPC 84は、アンモニア燃料機関のNOxの認証に根拠を与える、NOxテクニカルコードの改正を承認しました。安全基準や港の体制づくりと、燃料の生産が同時に進む必要があります。

今後の3つのシナリオ

Ammonia Observatoryは、先行きを3つに分けています。

シナリオ 見立て
原案どおりに採択 2028年3月の発効に向けて、世界共通の需要の合図が生まれる
弱めた形で採択 目標や価格を緩めた形で成立する。投資判断は慎重になる
再延期・頓挫 世界の需要の合図は弱まり、EUのETSとFuelEU Maritimeが主な牽引役になる

同サイトによると、MEPC 84では、NZF以外の代替案は大きな支持を集めませんでした。一方で、Global Maritime Forumは、政治的な膠着が長引けば、規制の確実性が数年遅れるおそれがあると述べています。

実務の視点|今できる準備

結果が出るまで待つ必要はありません。公開資料から、次の3点を準備できます。

1つ目は、日程と結果の確認です。MEPC 85(2026年11月30日〜12月3日)と、12月4日の臨時会合の再開が、次の節目です。発効の最短時期は2028年3月1日です。

2つ目は、自社の海上輸送の把握です。EUの港を使う輸送は、すでにEU ETSやFuelEU Maritimeの影響を受けえます。航路、船種、輸送量ごとに排出量を整理しておくと、運賃の変動を見通しやすくなります。

3つ目は、代替燃料の動きの注視です。アンモニア、水素、バイオ燃料の供給は、グリーン水素やアンモニア燃料の見通しと関わります。航空の類似の動きは、SAF(持続可能な航空燃料)の記事で整理しています。

まとめ

要点は次のとおりです。

  • IMOネットゼロ・フレームワークは、船の燃料のGHG強度に基準を設け、超過分に支払いを求める国際ルール案です。
  • 2025年4月に承認されましたが、10月の臨時会合で賛成57、反対49で採択が1年延期されました。
  • 2026年11月30日〜12月3日のMEPC 85を経て、12月4日に臨時会合が再開される予定です。
  • 影響は船会社だけでなく、造船、燃料、港、荷主に広がります。一方で、米国の反対、基金の未整備、燃料の供給など、課題も多く残っています。
  • EU ETSとFuelEU Maritimeは、IMOの結果にかかわらず動いています。

結果が出た段階で、本記事を更新します。最新の情報は、IMOの公式ページで確かめてください。

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出典・参考資料(一次情報)

リンク先は2026年11月時点で確認した各機関の公開情報です。最新は各公式情報をご確認ください。

IMO:Intersessional Working Group on GHG Emissions from ships meets in London, 1-4 September(IMOニュースルーム)

国土交通省:IMO GHG削減戦略の採択(令和5年7月11日)

業界団体・法律事務所・解説:Global Maritime Forum「A guide to the IMO’s Net-Zero Framework」(2026年4月20日)/King & Spalding「Impacts of Postponed IMO Vote on Global Carbon Pricing Rules on Shipping」(2025年11月26日)/DNV「Decision on the IMO Net-Zero Framework delayed for one year」/Esenyel Denizcilik「A decisive December at the IMO」(2026年10月26日)/Ship & Bunker「ISWG-GHG 22」/Ammonia Observatory「IMO Net Zero Framework and the Ammonia Shipping Investment Case」(2026年6月)/ゼロカーボンシッピング研究所「MEPC/ES.2とISWG-GHG 20を振り返る」

よくある質問(FAQ)

Q. IMOネットゼロ・フレームワークは、もう決まったのですか。

A. 決まっていません。2025年4月に案が承認されましたが、同年10月の臨時会合で採択が1年延期されました。2026年12月4日に臨時会合が再開される予定ですが、MEPC 85での議論しだいです。

Q. いつから適用されますか。

A. 発効の最短時期は2028年3月1日とされています。採択が遅れたり内容が変わったりすれば、後ろ倒しになります。

Q. 米国はなぜ反対しているのですか。

A. King & Spaldingによると、米国は世界海運への経済的な負担を理由に、枠組みの否決を各国に求めています。サウジアラビアやUAEなども、炭素価格やコスト上昇を理由に反対や懸念を示しています。

Q. 荷主企業に影響はありますか。

A. 直接の対象は船ですが、燃料転換のコストは運賃や追加料金を通じて波及しえます。ただし、運賃への影響を定量した公的な資料は確認できていません。輸送の排出はScope3で扱うため、Scope3のカテゴリの記事で確認してください。

Q. 日本にとってどんな意味がありますか。

A. 日本は2021年に、国際海運からのGHG排出ゼロを目指すと発表しています。アンモニア燃料の専用補給船も発注済みで、2027年の引き渡しが予定されています。国全体の方針は地球温暖化対策計画で解説しています。

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