発電所が一つ突然止まっても、私たちの暮らしは普通に続きます。その裏で、電気の品質を一瞬で守っている縁の下の力があります。それが、電力システムの慣性力(イナーシャ)です。再エネが増えるいま、この見えない力が静かに減りつつあります。
本記事では、慣性力とは何かを、できるだけかみ砕いて解説します。なぜ「ふんばる力」になるのか、再エネで減る理由、慣性が減ると何が起きるのか、それをどう確保するのか、そして制度の動きまでを順に見ていきましょう。慣性をインバータで補う技術であるグリッドフォーミングインバータ(GFM)とはや、電力系統の基礎である電力系統とはとあわせて読むと、理解が深まるでしょう。
≡この記事の目次
慣性力(イナーシャ)とは
まず、慣性力をひとことで整理します。「電力システムが、周波数の急な変化にふんばる力」という発想から入りましょう。
慣性力をひとことで言うと
慣性力(イナーシャ)とは、発電機の重い回転体が回り続ける勢いによって、周波数の急な変化を和らげる力のことです。系統全体が持つこの性質は、「系統慣性」とも呼ばれます。
電気は、需要と供給を一致させて、一定の周波数(東日本50ヘルツ・西日本60ヘルツ)を保っています。もし発電所が急に止まるなどして需給が乱れると、周波数は動こうとします。そのとき、回転体の勢いがブレーキとなって、急変をやわらげる。これが慣性力の働きです。
なぜ「ふんばる力」になるのか
カギは、火力・水力・原子力などの発電機にある、巨大で重い回転体です。これらの発電機は、タービンや回転子が高速で回り続けています。重いコマが、少しの力ではびくともしないのと同じ理屈です。
需給が乱れた瞬間、この回転の勢い(運動エネルギー)が、周波数の急低下や急上昇に抵抗します。重要なのは、だれかが指令を出さなくても、物理現象として瞬時に働く点です。制御の反応を待つ必要がありません。私たちが安定した電気を使えてきた裏には、こうした回転体の「ふんばり」が、当たり前のように存在してきたのです。
なぜ再エネで減るのか
いま、この慣性力が静かに減りつつあります。背景にあるのは、電源の主役が交代しつつあるという事情。
重い回転体が、周波数のふんばりになる
慣性力の仕組み
需給の乱れ
発電所が突然止まる など。周波数が下がろうとする。
慣性力
同期発電機の重い回転体の勢いが、急変にブレーキをかける。
結果
周波数の急変がゆるやかになり、停電を防ぐ。
指令を待たず、物理的に瞬時に働くのが慣性力です。
出典:電気学会・OCCTOの公開情報をもとにgreenote作成
同期発電機が支えてきた慣性
慣性力の源は、同期発電機と呼ばれる、回転して電気をつくる発電機です。火力・水力・原子力の発電所は、いずれもこの同期発電機を使っています。これらが系統に合わせて同じリズムで回ることで、大きな慣性が生まれてきました。
長いあいだ、電力システムは火力を中心とした同期発電機で支えられてきました。だれも意識せずとも、十分な慣性が常にそこにあったのです。ところが、その前提が、再エネの拡大によって崩れ始めています。
太陽光・風力は慣性を持たない
太陽光や風力は、事情がまったく異なります。これらはインバータという電子機器を介して系統につながる「非同期電源」で、同期発電機のような重い回転体を持ちません。発電はしても、慣性は基本的に提供しないのです。
そのため、火力発電が減って再エネが増えるほど、系統全体の慣性は下がっていきます。脱炭素のために再エネを増やすこと自体は望ましい一方で、これまで「ただ」で手に入っていた慣性という土台が、自然には確保できなくなってきました。ここに、再エネ時代ならではの新しい課題。
慣性が減ると何が起きるか
慣性が減ると、電力システムはどうなるのでしょうか。カギを握るのが、RoCoF(周波数変化率)という考え方です。
慣性が小さいと、周波数が速く大きく動く
発電所が止まった後の周波数の下がり方
RoCoFが大きいと保護装置が次々に動き、大規模停電に至るおそれ
出典:電気学会・OCCTOの公開情報をもとにgreenote作成(イメージ図)
RoCoF(周波数変化率)が大きくなる
慣性の大きさを測る目安が、RoCoF(周波数変化率)です。これは、周波数がどれだけ速く変化するかを表す指標で、「Rate of Change of Frequency」の略。
慣性が大きいほど、周波数の変化はゆるやかです。逆に、慣性が小さいと、同じ需給の乱れでも周波数が速く、大きく動きます。発電所が一つ止まったとき、慣性に余裕があればじわりと下がってすぐ持ち直す一方、慣性が乏しいと急角度で落ち込んでしまう。この「落ち方の急さ」こそ、RoCoFが大きい状態にほかなりません。
大規模停電につながるリスク
RoCoFが大きくなると、なぜ困るのでしょうか。周波数が急激に動くと、発電機などを守るための保護装置が作動して、次々と系統から切り離されていくおそれがあるからです。
一つの脱落が次の脱落を呼び、それがさらに連鎖する——。こうして、大規模な停電(ブラックアウト)に至るリスクが高まります。実際、海外では慣性の不足が一因とみられる大停電も報告されてきました。慣性は、ふだんは意識されないのに、失われて初めてその大切さがわかる。まさに、電力システムの土台を支える力なのです。
慣性をどう確保するか――4つの打ち手
慣性の低下に対し、それを補う打ち手が開発・導入されています。大きく「回転で支える」と「制御で補う」に分かれます。
慣性を確保する4つの打ち手
回転で支える/制御・制度で補う
回転で支える同期調相機
発電はせず回転する同期機。慣性と電圧安定を支える。退役火力の発電機を活用する例も。
フライホイール
はずみ車に運動エネルギーをためて、短時間の変動に応じる。
合成慣性・GFM
インバータの制御で、蓄電池などが慣性のように振る舞う。
制度・市場
最低限の慣性を要件化したり、慣性を取引する市場を整える。
回転する機械と、制御や制度を組み合わせて慣性を確保します。
出典:OCCTO・電気学会の公開情報をもとにgreenote作成
回転で支える――同期調相機とフライホイール
一つめの方向が、実際に回転する機械で慣性を供給する方法です。代表が同期調相機で、これは発電はしないものの、系統につながって回り続ける同期機です。回転体としての慣性に加え、電圧の安定に役立つ無効電力も供給できます。役目を終えた火力発電機を改造して、同期調相機として活用する例もあります。
もう一つが、フライホイールです。はずみ車に運動エネルギーをためておき、需給が乱れた瞬間に出し入れして、短時間の変動に応じます。どちらも、「回る物体の勢い」という慣性の本質を、そのまま生かす打ち手だといえます。
制御で補う――合成慣性とGFM
二つめの方向が、インバータの制御によって、慣性のように振る舞わせる方法です。これは「合成慣性(疑似慣性)」と呼ばれます。物理的な回転体を持たない蓄電池などが、制御の工夫で、あたかも回転体のように周波数の急変に応答します。
その中心的な技術が、グリッドフォーミングインバータ(GFM)とはです。GFM制御を載せた蓄電池なら、ためた電気を使って合成慣性を供給できます。再エネや蓄電池が、慣性の出し手にもなれるわけです。一部の風力発電も、回転翼の勢いを使って合成慣性を出せるとされます。回転で支えるか、制御で補うか——。この二つを組み合わせて、慣性を確保していくのが現実的な道筋でしょう。
制度と日本の動き
慣性は、市場や制度のなかでも価値が認められ始めています。世界の先行例と日本の動きを見ていきます。
慣性の要件化と市場
慣性が「ただで手に入るもの」でなくなった以上、それを意図的に確保する制度が欠かせません。一つの方法が、系統に最低限必要な慣性の水準を定め、その確保を電源に求める「要件化」です。
もう一段進んだのが、慣性そのものに価値をつけて取引する仕組みです。たとえば英国では、慣性を含む系統の安定化サービスを調達する仕組みが整えられてきました。慣性を「サービス」として売り買いするという発想です。これは、容量や調整力を取引する需給調整市場とはなどと同じく、必要な機能に対価を払って確保しようとする流れの一つだといえます。
日本の検討状況
日本でも、検討が進んでいます。資源エネルギー庁や電力広域的運営推進機関(OCCTO)が、系統につなぐ際のルール(グリッドコード)や系統運用の面から、系統安定化の機能をどう確保するかを議論してきました。
再エネの比率が高まるほど、慣性の確保は避けて通れない課題になります。同期調相機の活用、GFMの導入、そして制度の整備——。これらを、再エネの拡大ペースに合わせて、計画的に組み合わせていくことが求められます。慣性をめぐる議論は、これからますます重みを増していくでしょう。
慣性力をどう捉えるか
慣性力は、ふだん誰にも意識されないまま、電力システムの安定を一瞬で支えてきた「縁の下の力持ち」です。再エネが主役になる時代には、この力が自然には手に入らなくなります。だからこそ、回転する機械や、インバータの制御、そして制度によって、意識的に確保していく必要があります。
大切なのは、慣性力を「専門家だけの難しい話」ではなく、「再エネを安心して増やすための土台」として捉えることでしょう。発電する技術が出そろっても、周波数を支える慣性が崩れては、再エネは安心して増やせません。その土台を、同期調相機やGFM、制度で支え直す。これが、再エネ主力化を裏で支える静かな挑戦です。電力システム全体の地図は電力システムまるわかりガイドもご覧ください。
見えない土台ほど、失って初めてその価値に気づきます。慣性力という「ふんばる力」をどう守るかは、再エネ社会の安定を左右する、大切な問いなのです。なお本記事は、特定の技術・事業・金融商品への投資を推奨するものではなく、仕組みと考え方を中立に整理したものです。
よくある質問(FAQ)
Q. 慣性力と周波数は、どういう関係にあるのですか?
A. 慣性力は、周波数の急な変化を和らげるブレーキのような役割を果たします。電力システムは需要と供給を一致させて一定の周波数(東日本50Hz・西日本60Hz)を保っていますが、発電所が突然止まるなどして需給が乱れると、周波数が動きます。このとき慣性が大きいほど変化はゆるやかになり、小さいほど速く大きく動きます。周波数が動く速さはRoCoF(周波数変化率)と呼ばれ、慣性の大きさを測る目安になります。
Q. 蓄電池や太陽光は、慣性力を出せるのですか?
A. 太陽光や蓄電池そのものは、同期発電機のような重い回転体を持たないため、もともとは慣性を提供しません。ただし、グリッドフォーミングインバータ(GFM)という制御を使えば、蓄電池などが慣性のように振る舞う『合成慣性(疑似慣性)』を供給できます。物理的な回転ではなく、制御で慣性の働きを再現する考え方です。詳しくはGFMの解説もあわせてご覧ください。
Q. 慣性力とグリッドフォーミングインバータ(GFM)は、何が違うのですか?
A. 慣性力は、周波数を支える『性質・力』そのものを指します。一方GFMは、その力をインバータの制御で再現する『手段』の一つです。慣性を確保する手段には、ほかにも回転する同期調相機やフライホイールがあります。つまり、慣性力という目的に対して、GFMや同期調相機などの複数の打ち手がある、という関係になります。
最終更新日:2026年6月27日
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