ESG Company Analysis
クルマは電気で走る時代になりました。では、空を飛ぶ飛行機はどうでしょうか。大きな機体を、長い距離、確実に飛ばす。その航空機を、電気やバッテリーだけで動かすのは、まだ簡単ではありません。だからこそ、航空業界の脱炭素は「もっとも難しい挑戦のひとつ」と言われます。この難題に、日本を代表する航空会社ANAはどう挑んでいるのでしょうか。本記事では、ANAのESG経営を、2050カーボンニュートラルとSAFを軸に、公式情報をもとに中立に分析していきます。
この記事の目次
01
ANAのESG経営とは|空の脱炭素という難題
まず、ANAがどんな会社で、なぜ航空の脱炭素が難しいのかを整理しましょう。
空の脱炭素に、挑む
電動化が難しいハード・トゥ・アベイト領域に挑む。
出典:ANAグループの公表情報をもとにgreenote作成
2050年カーボンニュートラル
ANAホールディングスは、日本を代表する航空会社グループです。全日本空輸(ANA)を中核に、国内線・国際線の航空輸送を手がけています。このグループが掲げるのが、2050年度のカーボンニュートラル、すなわち航空輸送によるCO2排出を実質ゼロにする目標です。
遠い将来の宣言では終わらないのです。その中間地点として、2030年度までに、国際線・国内線を合わせたCO2排出量を、2019年度比で実質10%以上削減する目標も掲げています。長期のゴールと、途中の一里塚。その両方を示すことで、着実に脱炭素を進める姿勢を打ち出しています。脱炭素の全体像は、関連記事のカーボンニュートラルとはもあわせてご覧ください。
航空はなぜ脱炭素が難しいのか
航空の脱炭素が難しいのには、はっきりした理由があるのです。飛行機は、大きな機体を長い距離、飛ばし続けなければなりません。それには、軽くて大きなエネルギーを出せる燃料が要ります。ところが、電気自動車のようにバッテリーを積もうとすると、重くなりすぎて、長距離を飛べなくなってしまうのです。
このように、技術的に脱炭素が難しい分野は、「ハード・トゥ・アベイト(削減が困難な)」領域と呼ばれます。鉄鋼や化学などと並び、航空はその代表格です。だからこそ、電動化とは別の道が必要になるのです。ANAが解決の中核に据えるのが、次に見るSAFなのです。
02
SAF|脱炭素の切り札
ANAの脱炭素戦略の中核を担う、代替燃料です。
燃料を、変える
ANAは2030年に燃料の10%以上をSAFへ、2050年にほぼ全量を低炭素化する計画。
出典:ANAグループの公表情報をもとにgreenote作成
航空の脱炭素の切り札。それがSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)です。廃食用油やバイオマスなどを原料につくられる燃料で、原料の生産から燃焼までのライフサイクル全体で、CO2排出量を従来のジェット燃料より約80%減らせるとされます。SAFそのものの仕組みは、関連記事のSAF(持続可能な航空燃料)とはもあわせてご覧ください。
SAFの最大の強みは、既存の航空機やインフラに、そのまま使える点にあります。新しい飛行機を待つ必要がなく、いまある機体で、すぐに排出を減らせるのです。ANAはこのSAFを大きく増やしていく計画を掲げています。公表情報によれば、2030年には消費する燃料の10%以上をSAFに置き換え、さらに2050年にはほぼ全量を低炭素な燃料にしていく方針です。電動航空機のような新技術を待つ間も、SAFなら今日から削減を積み重ねられる。ここに、SAFが「現実的な切り札」と呼ばれる理由があります。
03
4つのアプローチ|SAFだけではない
ANAは、複数の手段を組み合わせて脱炭素を進めます。
4つの手を、組み合わせる
一つの手段に頼らず組み合わせて2050年カーボンニュートラルをめざす。
出典:ANAグループの公表情報をもとにgreenote作成
ANAの戦略は、SAFだけに頼るものではありません。4つのアプローチを組み合わせて、脱炭素を進めます。1つ目が、いま見たSAFへの置き換えです。2つ目が、運航の改善になります。より効率的な飛び方や地上での運用の工夫で、燃料の無駄をなくします。3つ目が、新型機材の導入です。燃費の良い最新の航空機に更新することで、そもそもの消費燃料を減らします。
そして4つ目が、市場メカニズムの活用です。排出量取引の制度や、カーボン・クレジットを使い、自社だけでは減らしきれない分を補います。この仕組みについては、関連記事のカーボンオフセットとはもあわせてご覧ください。なお、水素で飛ぶ航空機や電動航空機といった新技術の研究も進みますが、実用化には時間がかかると見られています。水素の可能性は、関連記事のグリーン水素とはもご参照ください。一つの手段に賭けるのではなく、使える手をすべて組み合わせる。それが、難題に挑むANAの現実的な戦略です。
04
業界で挑む|ANAとJAL・国際的な枠組み
航空の脱炭素は、一社だけでは実現できません。
ライバルとも、手を組む
SAFの需要をまとめて示し、供給拡大を後押しする。
出典:ANAグループの公表情報および公開報道をもとにgreenote作成
航空の脱炭素は、ANA一社の努力だけでは、到底なしえません。とりわけSAFは、業界全体で需要をまとめ、供給を増やしていく必要があります。そこでANAは、他社や国際的な枠組みと積極的に手を組んでいます。
象徴的なのが、ライバルであるJAL(日本航空)との協力です。両社は、2050年カーボンニュートラルに向けたSAFに関する共同レポートを策定しました。競い合う相手とも、脱炭素という共通の課題では手を組む。その姿勢が表れています。さらに国際的にも、世界経済フォーラムの枠組みに参画し、2030年までに航空燃料に占めるSAFの割合を10%に高めることをめざす声明に署名しました。一社の需要は小さくても、業界で束ねれば、燃料メーカーの増産を後押しできます。連携こそが、空の脱炭素を前に進める力になるのです。
05
SAFの課題という論点|量とコスト
切り札のSAFにも、乗り越えるべき壁があります。
切り札にも、壁がある
手ごろな価格で安定して確保できるかが今後の鍵。期待と現実の両面を見る必要がある
出典:各種公表情報・公開報道をもとにgreenote作成
期待の大きいSAFですが、そこには乗り越えるべき壁も存在します。ここでは、良い面だけでなく、課題も冷静に見ておきましょう。大きな論点は、「量」と「コスト」の2つです。
まず量の問題です。SAFはまだ生産量が限られており、世界の航空需要をまかなうには、遠く足りていません。次にコストです。SAFの価格は、従来のジェット燃料より高いのが現状です。この2つが解決しなければ、いくら計画を掲げても、SAFへの置き換えは思うようには進まないでしょう。手ごろな価格のSAFを、必要な量だけ、安定して確保できるか。ここが、航空の脱炭素の最大の鍵だといえます。ANAの目標は野心的ですが、その実現は自社の努力だけでなく、燃料の供給側の動きにも大きく左右されます。期待と現実の両面を見ておくことが大切です。なお本記事は、特定の企業や投資を推奨するものではありません。
人的資本と多様性(S)|「なでしこ銘柄」5度目の選定
ANAホールディングスは、女性活躍推進に優れた上場企業を選ぶ「なでしこ銘柄」に令和7年度も選定(通算5度目)されるなど、S領域の外部評価が厚い企業です。DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)を最重要テーマに位置づけ、女性役員・女性管理職比率30%以上の早期実現を社長のコミットメントの下で進めており、女性役員比率23%台・女性管理職比率20%台まで到達したとされます。
客室・空港・整備など多様な職種を抱える航空業で、意思決定層の多様化に数値目標を置いて取り組む姿勢は、女性活躍推進法時代の先進例といえます。
ガバナンス(G)|危機を越えた経営の統治
コロナ禍で航空需要が消失するという危機を経験した同社にとって、財務規律と経営の監督はESGの土台です。ガバナンス体制や取締役会の構成・実効性はコーポレート・ガバナンス報告書等で開示されており、DEIの数値目標へのトップコミットメントも統治の一部として機能しています。
E(SAF・CO2削減)が注目されがちですが、S(なでしこ銘柄)とG(危機対応の統治)を含めた三位一体で見ると、同社の回復力の源泉が見えてきます。
06
まとめ|ANAのESG経営から学べること
ANAの挑戦は、簡単には減らせない分野で、いかに現実的に脱炭素を進めるかを教えてくれます。最後に、要点を振り返りましょう。
ANAに学ぶ、3つのこと
出典:ANAグループの公表情報をもとにgreenote作成
ANAのESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。
- 航空は電動化が難しいハード・トゥ・アベイト領域。2050年度カーボンニュートラル(2030年度に2019年度比で実質10%以上削減)
- 脱炭素の中核はSAF=ライフサイクルで約80%削減、既存機材に使える。2030年に燃料の10%以上→2050年にほぼ全量
- 4つのアプローチ=SAF・運航の改善・新型機材・市場メカニズムを組み合わせる
- 業界で挑む=ライバルのJALとも共同レポート、国際枠組みに署名し供給拡大を後押し
- 論点はSAFの量とコスト=手ごろな価格で安定確保できるかが鍵(期待と現実の両面を見る)
ANAから学べるのは、簡単に減らせない分野でも、現実的な手段から着実に動くという姿勢です。理想の技術を待つのではなく、いまあるSAFで今日から削減を積み重ねる。しかも、一社では解けない課題には、ライバルとも手を組む。この現実感と協調の姿勢は、多くの業界にとってヒントになるでしょう。もっとも、SAFの量とコストという壁は、まだ高いままです。野心的な目標と、その実現の難しさ。その両面を見つめることが、企業のESGを深く理解する助けになります。なお、同じ運輸でも鉄道の脱炭素は事情が異なります。あわせてJR東日本のESG経営もご覧ください。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. ANA(ANAホールディングス)とはどんな会社ですか?
ANAホールディングスは、日本を代表する航空会社グループです。全日本空輸(ANA)を中核に、国内線・国際線の航空輸送を手がけています。航空はCO2排出が多く、しかも電気自動車のように簡単には電動化できない分野です。そのためANAのESG経営は、いかにして「空の脱炭素」という難題に挑むかが焦点になります。
Q. ANAの脱炭素目標はどうなっていますか?
ANAグループは、2050年度までのカーボンニュートラル(航空輸送によるCO2排出の実質ゼロ)をめざしています。その中間の目標として、2030年度までに、国際線・国内線を合わせたCO2排出量を、2019年度比で実質10%以上削減する計画です。これらを達成するため、SAFの活用を柱とするトランジション戦略を掲げています。
Q. SAF(持続可能な航空燃料)とは何ですか?
SAFは、Sustainable Aviation Fuelの略で、持続可能な航空燃料を指します。廃食用油やバイオマスなどを原料とし、原料の生産から燃焼までのライフサイクル全体で、CO2排出量を従来のジェット燃料より大きく(約80%)減らせるとされます。既存の航空機やインフラにそのまま使える点が強みで、航空の脱炭素の切り札と期待されています。詳しくは関連記事もあわせてご覧ください。
Q. ANAはSAFをどれくらい使う計画ですか?
公表情報によれば、ANAは2030年に、消費する燃料の10%以上をSAFに置き換えることをめざしています。さらに2050年には、消費燃料のほぼ全量を低炭素なものにしていく計画です。SAFは、航空機の運航改善や新型機材の導入と並ぶ、脱炭素戦略の中核と位置づけられています。ANAとJALは共同でSAFに関するレポートを策定し、業界を挙げて取り組んでいます。
Q. 航空の脱炭素にはどんな課題がありますか?
最大の課題は、切り札であるSAFの「量」と「コスト」です。SAFはまだ生産量が限られ、価格も従来のジェット燃料より高いのが現状です。需要に見合う量を、手ごろな価格で安定して確保できるかが、今後の大きな鍵になります。電動航空機や水素航空機といった新技術もありますが、長距離路線での実用化には時間がかかると見られています。
Q. ANAのESG経営から学べることは何ですか?
大きく2つあります。1つ目は、電動化が難しい分野でも、SAFのような現実的な手段を軸に、複数のアプローチを組み合わせて脱炭素を進める姿勢です。2つ目は、航空業界のように、一社では解決できない課題に、他社や国際的な枠組みと連携して挑む発想です。理想と、供給量やコストという現実の両面を見ることが大切です。なお本記事は特定の投資を推奨するものではありません。
Sources
出典・参考(一次情報)
- ANAグループ「サステナビリティ(環境)」
- ANAグループ「環境目標と情報開示」
- ANAホールディングス「2050カーボンニュートラル実現に向けたトランジション戦略(プレスリリース)」
- ANAグループ|ジェンダー平等に関する取り組み
- ANAHD|令和7年度「なでしこ銘柄」選定
※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年7月20日