ESG Company Analysis
一杯のコーヒー、一枚のチョコレート。その原料は、遠い国の畑で育てられています。世界最大の食品会社ネスレ(Nestlé)にとって、脱炭素の最大の舞台は、自社の工場ではありません。原材料が育つ、世界中の農地です。排出の実に約95%が、そこにあるからです。本記事では、ネスレのESG経営を、ネットゼロ・ロードマップとリジェネラティブ農業を軸に、水やプラスチックの論点も含め、公式情報をもとに中立に分析します。
この記事の目次
01
ネスレのESG経営とは|世界最大の食品会社とCSV
まず、ネスレがどんな企業で、そのESG経営の土台にある考え方を整理しましょう。
社会と事業を、同時に
社会貢献を事業と切り離されたコストではなく、事業と一体のものととらえる。
出典:Nestléの公表情報をもとにgreenote作成
世界最大の食品・飲料会社
ネスレは、スイスに本拠を置く、世界最大級の食品・飲料メーカーです。コーヒーやチョコレート、飲料水、ペットフードなど、幅広いブランドを世界中で展開している。私たちの食卓の、すぐそばにいる企業だといえます。
その事業規模は、桁外れです。だからこそ、影響も大きくなる。とくに、コーヒー、カカオ、牛乳といった膨大な量の農産物を原材料に使うため、農業を通じた環境への影響が、非常に大きくなります。この「規模の大きさ」こそが、ネスレがサステナビリティに本気で向き合う理由になる。
CSV(共通価値の創造)という土台
ネスレのESG経営を理解する鍵が、CSV(共通価値の創造)という考え方です。CSVとは、事業活動を通じて、社会の課題解決と、企業自身の競争力向上を、同時に実現しようとする考え方だ。ネスレは、このCSVを経営の土台に掲げてきた、代表的な企業として知られます。
ポイントは、社会貢献を、事業とは切り離された「コスト」とみなさない点です。むしろ、社会の課題を解決することが、事業の成長にもつながる。そうとらえます。この発想は、日本企業にも広がっています。たとえば、関連記事のキリンのESG経営も、CSVを経営に採り入れた一例です。
02
ネットゼロ・ロードマップ|2030年に排出半減、2050年ネットゼロ
ネスレの気候目標と、その特徴を見ていきます。
オフセットに頼らず、減らす
市場で買うカーボン・オフセットに頼らず、事業の変革とバリューチェーン内の吸収・除去で減らす。
出典:Nestléの公表情報をもとにgreenote作成
ネスレは、気候変動に対して、明確なロードマップを掲げています。SBTi(科学的根拠にもとづく目標イニシアチブ)の承認を受けた、ネットゼロ・ロードマップです。自社だけでなく、サプライチェーン全体(Scope1・2・3)を対象に、2018年を基準として、温室効果ガスの排出を2030年までに50%削減、そして2050年までに90%削減し、ネットゼロを達成する目標だ。脱炭素の全体像は、関連記事のネットゼロとはもあわせてご覧ください。
このロードマップには、ひとつ、際立った特徴があります。市場で購入するカーボン・オフセットに頼らないと明言している点です。他社の削減分を買ってきて自社の排出を相殺するのではなく、あくまで事業そのものの変革と、バリューチェーンの中でのCO2の吸収・除去によって、削減を進めるとしている。安易な相殺に逃げず、実際の排出を減らす。この姿勢が、目標の本気度を示しています。
03
排出の約95%はScope3|農業・畜産という最大の壁
食品会社ならではの、排出構造の難しさを確認しましょう。
壁は、畑の中にある
原材料の生産段階、つまり農業の脱炭素が最大の課題。
出典:Nestléの公表情報をもとにgreenote作成
ネスレの脱炭素を理解するうえで、決定的に重要な数字があります。同社の温室効果ガス排出量の、実に約95%がScope3、つまりサプライチェーン全体の排出だという事実です。工場やオフィスから出る排出(Scope1・2)は、全体のごく一部にすぎません。サプライチェーン排出の考え方は、関連記事のScope3とはもあわせてご覧ください。
では、そのScope3の中身は何か。中心にあるのが、農業と畜産です。牛乳などの乳製品や畜産、そしてコーヒーやカカオといった熱帯の農産物。これらの生産段階で、大量の温室効果ガスが生じます。つまり、ネスレがいくら工場を効率化しても、それだけでは全体の排出はほとんど減りません。原材料が育つ農地をどう脱炭素するか。ここに、食品会社ならではの、最も高い壁があります。
04
リジェネラティブ農業|土に根ざした解決策
最大の排出源である原材料の調達に、正面から向き合う取り組みです。
土から、変えていく
2030年までに主要な原材料の50%をこの農法から調達。農家への技術支援や資金協力で普及を後押し。
出典:Nestléの公表情報をもとにgreenote作成
最大の壁が農業にあるなら、そこを変えるしかありません。ネスレが力を入れるのが、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)です。これは、土壌の健康を回復させながら作物を育てる農法だ。従来の農業が土を疲弊させがちだったのに対し、リジェネラティブ農業は、土を豊かにしながら生産を続けることをめざします。
この農法には、脱炭素の面でも大きな意味があります。健康な土壌は、大気中の炭素を取り込んで、土の中にためこむ働きを持つからです。あわせて、生物多様性を守り、水環境や土壌を健全に保つ効果も期待されます。ネスレは、2030年までに、主要な原材料の50%を、このリジェネラティブ農業を通じて調達することをめざしています。農家への技術支援や資金面の協力を通じて、その普及を後押ししているのです。原材料の生産現場から変えていく。地に足のついた、息の長い取り組みだといえます。
05
水・プラスチック・森林|食品大手ならではの論点
気候以外にも、食品会社には避けて通れない論点があります。
対応と、課題の両面
対応を進める一方、外部からの厳しい指摘を受けることもある。両面を見ることが大切。
出典:Nestléの公表情報および公開報道をもとにgreenote作成
ネスレの課題は、気候だけではありません。世界最大の食品会社であるがゆえに、いくつかの重い論点を抱えています。第一が、水です。飲料水事業をはじめ、水を大量に使う事業であることから、その水資源の利用のあり方が、長く問われてきました。
第二が、プラスチックです。膨大な容器包装を使うため、プラスチックごみの削減が求められ、同社は包装の再設計やリサイクルなどで対応を進めている。循環経済の考え方は、関連記事のサーキュラーエコノミーとはもあわせてご覧ください。第三が、森林です。パーム油やカカオなどの原材料の調達が、森林破壊につながらないよう、森林破壊のない調達を進めている。もっとも、これらの分野でネスレは、外部から厳しい指摘を受けることも少なくありません。対応を進める一方で、課題も残る。その両面を冷静に見ることが、企業のESGを正しく理解するうえで欠かせません。
06
まとめ|ネスレのESG経営から学べること
ネスレの歩みは、食品というサプライチェーンの長い産業の、脱炭素の難しさと可能性を教えてくれます。最後に、要点を振り返りましょう。
ネスレに学ぶ、3つのこと
出典:Nestléの公表情報をもとにgreenote作成
ネスレのESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。
- スイス発の世界最大級の食品会社。CSV(共通価値の創造)を経営の土台に掲げる
- SBTi承認のネットゼロ・ロードマップ。2018年比で2030年に50%削減・2050年に90%削減
- カーボン・オフセットに頼らず、事業の変革とバリューチェーン内の吸収・除去で減らす
- 排出の約95%はScope3。中心は乳製品・畜産・熱帯農産物の生産=農業が最大の壁
- リジェネラティブ農業で主要原材料の50%調達をめざす一方、水・プラスチック・森林には対応と課題の両面
ネスレから学べるのは、サプライチェーンの長い産業ほど、自社の外にこそ本当の課題があるという事実です。工場の効率化だけでは、排出の95%には手が届きません。だからネスレは、原材料が育つ農地まで踏み込み、農業そのものを変えようとしている。同時に、水やプラスチックのように、対応の途上で厳しい指摘を受ける分野もあります。理想と現実の間で、地道に前へ進む。その姿は、多くの企業のヒントになります。なお本記事は、特定の投資を推奨するものではありません。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. ネスレ(Nestlé)とはどんな企業ですか?
ネスレは、スイスに本拠を置く、世界最大級の食品・飲料メーカーです。コーヒーやチョコレート、飲料水、ペットフードなど、幅広いブランドを世界中で展開しています。事業の規模が大きく、多くの農産物を原材料に使うため、その環境・社会への影響も大きく、早くからサステナビリティに取り組んできたことで知られます。
Q. CSV(共通価値の創造)とは何ですか?
CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)は、企業の事業活動を通じて、社会の課題解決と、企業自身の競争力向上を同時に実現しようとする考え方です。ネスレは、このCSVを経営の土台に掲げてきた代表的な企業として知られます。社会貢献を事業とは切り離された「コスト」ではなく、事業と一体のものととらえる点が特徴です。日本ではキリンなども、この考え方を経営に採り入れています。
Q. ネスレのネットゼロ目標はどうなっていますか?
ネスレは、SBTi(科学的根拠にもとづく目標イニシアチブ)の承認を受けたネットゼロ・ロードマップを掲げています。Scope1・2・3を対象に、2018年を基準として、温室効果ガスの排出を2030年までに50%削減、2050年までに90%削減し、ネットゼロを達成する目標です。特徴は、市場で購入するカーボン・オフセットに頼らず、事業の変革とバリューチェーン内での吸収・除去で削減を進めるとしている点にあります。
Q. なぜネスレの排出はScope3が中心なのですか?
公表情報によれば、ネスレの温室効果ガス排出量の約95%は、Scope3(サプライチェーン全体の排出)が占めます。とくに、牛乳などの乳製品や畜産、そしてコーヒーやカカオなどの熱帯の農産物の生産に由来する排出が大きいとされます。工場やオフィス(Scope1・2)だけを減らしても、全体のごく一部にしかなりません。だからこそ、原材料の生産段階、つまり農業の脱炭素が、ネスレにとって最大の課題になります。
Q. リジェネラティブ農業とは何ですか?
リジェネラティブ農業(環境再生型農業)とは、土壌の健康を回復させながら作物を育てる農法です。土に炭素をためたり、生物多様性や水環境を守ったりする効果が期待されます。ネスレは、排出の中心である農業に対応するため、2030年までに主要な原材料の50%を、このリジェネラティブ農業を通じて調達することをめざしています。農家への技術支援や資金面の協力を通じて、その普及を後押ししています。
Q. ネスレのESG経営にはどんな論点がありますか?
食品大手ならではの論点として、水、プラスチック、森林があります。水を大量に使う事業であることから水資源の利用が、また容器包装ではプラスチックごみの削減が、原材料調達では森林破壊が、それぞれ問われてきました。ネスレは、森林破壊のない調達や、包装の再設計などで対応を進めていますが、これらの分野では外部からの厳しい指摘を受けることもあります。対応と課題の両面を見ることが大切です。
Sources
出典・参考(一次情報)
- Nestlé「Our Net Zero Roadmap(ネットゼロ・ロードマップ)」
- Nestlé「Regenerative agriculture(リジェネラティブ農業)」
- Nestlé「Sustainability(サステナビリティ)」
※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年7月19日