ESG Company Analysis
「ビールの会社」。キリンに対して、多くの人がまず抱くイメージでしょう。けれど、その経営を一歩のぞくと、社会課題の解決を成長の原動力に変える、緻密なESG戦略が見えてきます。
キリンは、CSV経営(共有価値の創造)の先駆者として知られる企業です。とりわけ「水」への取り組みでは、CDPの水セキュリティ分野で最高評価を得てきました。事業の根幹を環境と結びつける姿勢が、その評価を支える土台です。
本記事では、キリンのESG経営を、CSV経営という軸、水資源戦略、持続可能な原材料調達、容器包装、そして健康事業への展開という観点から分析します。なお本記事は公表情報にもとづく解説であり、特定企業への投資を推奨するものではありません。お役に立てれば幸いです。
CSV経営=社会価値と経済価値の両立
社会課題の解決そのものを、成長の原動力に
社会課題の解決
健康・コミュニティ・環境
企業の成長
事業価値・経済価値
= 共有価値(Shared Value)
2つを同時に実現することを目指すのがCSV経営
キリンは、社会課題の解決を事業成長の原動力に変えるCSV経営の先駆者として知られます。
この記事の目次
- キリンのESG経営とは|CSV経営を軸に
- キリンはどんな会社か(酒類・飲料からヘルスサイエンスへ)
- CSV経営とは|社会価値と経済価値の両立
- マテリアリティと環境ビジョン2050
- 水資源戦略|事業の生命線としての水
- なぜキリンにとって水が重要なのか
- 水源の保全と流域全体での管理
- CDP水セキュリティでの高評価
- 生物資源と持続可能な原材料調達
- 農産原料が抱える課題
- 認証の活用とスリランカ紅茶農園の支援
- 生物多様性への配慮
- 容器包装と脱炭素|「やさしいパッケージ」
- 容器の軽量化とリターナブルびん
- リサイクルPETとFSC認証紙
- 容器の工夫が脱炭素につながる
- 健康・ヘルスサイエンスとCSVの実践
- ビールからバイオサイエンスへの挑戦
- 健康事業を成長の柱に育てる
- 社会課題の解決と成長の両立
- 人的資本と多様性(S)|女性経営職15%目標を達成、次は2030へ
- ガバナンス(G)|取締役会の女性比率30%目標
- まとめ|キリンのESG経営から学べること
- よくある質問(FAQ)
01
キリンのESG経営とは|CSV経営を軸に
キリンのESG経営を理解する鍵は、「CSV」という言葉にあります。なぜビール会社が、社会課題の解決を経営の中心に据えるのか。まずは会社の姿とCSVの考え方から見ていきましょう。
キリンはどんな会社か(酒類・飲料からヘルスサイエンスへ)
キリンは、ビールや清涼飲料で知られる、日本を代表する飲料メーカーです。創業はおよそ120年前にさかのぼり、長い歴史の中で酒類・飲料を主力に成長を遂げてきた企業です。一番搾りや午後の紅茶など、誰もが知るブランドを数多く抱えます。
近年、その姿は大きく変わりつつあります。解説動画『キリンの大勝負:ビールからバイオサイエンスへ』でも語られるとおり、ビールで培った発酵やバイオの技術を、健康分野へと広げているのです。酒類・飲料・医薬に続く「ヘルスサイエンス」を、新たな柱に育てようとしているのです。
CSV経営とは|社会価値と経済価値の両立
キリンのESGを語るうえで欠かせないのが、CSV経営です。CSVとは「Creating Shared Value(共有価値の創造)」の略で、社会課題の解決と企業の成長を同時に実現するという考え方を指します。
利益の一部を社会に還元する従来の発想とは、根本が異なります。社会課題を解くこと自体を、事業の成長エンジンにする。キリンは、このCSVをいち早く経営の中核に据えた企業として知られてきました。ESG経営の全体像は、関連記事のESG投資とは|評価基準・手法と企業が押さえるべきポイントもあわせてご覧ください。
マテリアリティと環境ビジョン2050
CSVを実践するため、キリンは重点的に取り組むテーマ(マテリアリティ)を定めています。柱となるのが、健康・コミュニティ・環境という領域です。本業の強みを、これらの社会課題へ向けるのが特徴です。
環境面では、長期の指針として環境ビジョンを掲げ、2050年を見すえた目標を描く点も特徴です。水・生物資源・容器包装・気候変動といったテーマを、長期の時間軸で捉える。この姿勢が、後述する各分野の取り組みを貫きます。
02
水資源戦略|事業の生命線としての水
キリンのESG経営で、最も象徴的なテーマが水です。なぜ飲料メーカーが、ここまで水を重視するのでしょうか。その理由と取り組みを掘り下げます。
なぜキリンにとって水が重要なのか
キリンの製品は、その大半が水を主成分とします。ビールも清涼飲料も、水なしには成り立ちません。しかし、水との関わりはそれだけにとどまらないのです。
ビールの大麦やホップ、紅茶やコーヒーといった農産原料もまた、育つために大量の水を必要とします。つまりキリンは、製品から原料の産地まで、水に支えられているわけです。水リスクは、事業の継続そのものに関わる。だからこそ、最重要のテーマと位置づけられているわけです。
水源の保全と流域全体での管理
水を守るため、キリンは「使う量を減らす」だけにとどまりません。工場が立地する地域の水源や、原料の産地の流域まで視野に入れています。森林の保全活動などを通じて、水を育む自然そのものを守ろうとしているのです。
自社の中だけで水を効率化しても、流域全体が枯れてしまえば意味がありません。地域や行政と連携し、流域全体で水を管理する。こうした広い視点が、キリンの水戦略を特徴づけています。生物多様性との関わりは、関連記事のネイチャーポジティブとは|30by30・生物多様性枠組と企業の取り組みも参考になるはずです。
CDP水セキュリティでの高評価
こうした取り組みは、外部からも高く評価されてきました。環境情報開示の国際イニシアチブであるCDPの水セキュリティ分野で、キリンは最高評価のAを継続的に得てきた実績を持ちます。
評価されるのは、実績だけではありません。水リスクをどう把握し、どう管理し、どう開示しているか。その透明性も問われます。情報開示の枠組みは、関連記事のESG情報開示とは|基礎・開示の枠組みと企業が押さえるポイントで整理しました。なお評価は毎年見直され、年により変動する場合があります。
キリンを支える「水」
製品と農産原料の両面で水に支えられている
飲料の主成分
ビール・清涼飲料は、水なしに成り立たない
農産原料が育つ水
大麦・ホップ・紅茶・コーヒーの栽培に必要
水リスクは事業の継続に直結します。この徹底した姿勢が、CDP水セキュリティでの高評価につながってきました。
03
生物資源と持続可能な原材料調達
水と並んで重要なのが、農産原料の調達です。紅茶やコーヒーといった原料は、自然と地域の人々に支えられています。キリンは、その持続可能性にも踏み込んできました。
農産原料が抱える課題
紅茶やコーヒー、大麦やホップは、いずれも自然の恵みです。気候変動が進めば、収穫量や品質が脅かされかねません。原料の産地は、環境変化の影響を最も受けやすい場所と言えます。
さらに、産地を支える農家の暮らしや労働環境という、社会的な課題も無視できません。良質な原料を安定的に得るには、産地そのものが健全であり続けることが前提となるでしょう。原料調達は、環境と社会が交わる領域なのです。
認証の活用とスリランカ紅茶農園の支援
こうした課題に対し、キリンは認証制度を活用してきました。持続可能性に配慮した農園からの調達を進める取り組みです。とりわけ知られるのが、紅茶の主要産地であるスリランカでの活動です。
キリンは、現地の紅茶農園が国際的な認証を取得できるよう、長年にわたり支援を続けてきました。栽培の知識を伝え、農園の持続可能性を高める。原料を「買う」だけでなく、産地とともに育つ姿勢が、ここに表れているのでしょう。
生物多様性への配慮
原料の持続可能性は、生物多様性とも深く結びつきます。健全な生態系があってこそ、農産物は安定して育つからです。キリンは、原料調達を通じて生物多様性の保全にも目を向けてきました。
自然資本を守ることは、長い目で見れば事業を守ることにほかなりません。短期の調達コストだけでなく、産地の未来まで見すえる。こうした考え方が、キリンのESG経営の底流にあります。
産地とともに育つ調達
原料を「買う」だけでなく、産地の持続可能性を高める
原料の産地リスク
気候変動で原料が脅かされる/産地の農家の暮らし
認証と農園支援
国際認証の活用/スリランカ紅茶農園の取得支援・栽培知識の伝達
持続可能な調達
原料の安定確保と、生物多様性の保全
自然資本を守ることは、長い目で見れば事業そのものを守ることにつながります。
04
容器包装と脱炭素|「やさしいパッケージ」
毎日大量に消費される飲料には、それだけ多くの容器が伴います。容器包装は、環境負荷の大きな要素です。キリンは「やさしいパッケージ」として、この課題に取り組んできたわけです。
容器の軽量化とリターナブルびん
キリングループの解説動画『やさしいパッケージ篇』では、3R(リデュース・リユース・リサイクル)にもとづく数々の工夫が紹介されています。たとえばペットボトルの軽量化です。樹脂の使用量を減らすことで、製造時のCO2排出も削減できます。
リユースの代表例が、ビールのリターナブルびんです。同動画によれば、キリンビールのリターナブルびんはほぼ100%回収され、繰り返し使われています。国産最軽量のびんを実現するなど、使う容器そのものを軽く、無駄なくしてきました。
リサイクルPETとFSC認証紙
リサイクルの分野でも、取り組みが進んでいます。使用済みのペットボトルを再び容器に生かす、いわゆる「ボトルtoボトル」です。資源を循環させ、新たな石油資源の使用を抑える狙いからです。
紙の容器にも配慮が及びます。同動画によれば、森林保全に配慮したFSC認証紙を採用し、ビールの6缶パックではすでに100%の切り替えを完了しました。容器を包む段ボールの量まで減らすなど、徹底した工夫が見てとれます。循環型の発想は、関連記事のサーキュラーエコノミーとは|3原則・ビジネスモデルと企業の取り組みもあわせて参考になります。
容器の工夫が脱炭素につながる
容器の軽量化やリサイクルは、見えにくいものの、確実に脱炭素へ効いてきます。樹脂や紙の使用量が減れば、その製造や輸送で生じるCO2も減るからです。
こうした排出は、自社の外、すなわちサプライチェーンで生じるScope3に多く含まれます。容器の工夫は、このScope3の削減に効いてくるのです。Scope3の考え方は、関連記事のScope3とは|サプライチェーン排出量の算定方法と15カテゴリを解説で詳しく解説しました。
やさしいパッケージの主な取り組み
3Rの考え方で、容器の隅々まで工夫する
| 区分 | 取り組み |
|---|---|
| リデュース | ペットボトルの軽量化で、PET樹脂と製造時のCO2を削減 |
| リユース | リターナブルびんをほぼ100%回収し繰り返し使用(国産最軽量) |
| リサイクル | 使用済みPETを再生する「ボトルtoボトル」で資源を循環 |
| 原料の 持続可能性 | FSC認証紙を採用(ビールの6缶パックは100%切替済み) |
| 段ボール 削減 | 包装の段ボール量を減らす工夫(スマートカットカートン等) |
容器の軽量化やリサイクルは、サプライチェーン(Scope3)のCO2削減にも効いてきます。
05
健康・ヘルスサイエンスとCSVの実践
キリンのCSVを最も象徴するのが、健康への挑戦です。ビールづくりの技術を、人々の健康という社会課題へ向ける。その大胆な事業転換を見ていきましょう。
ビールからバイオサイエンスへの挑戦
キリンは、長年培ってきた発酵やバイオの技術を、健康分野に応用しようとしているのです。解説動画『キリンの大勝負:ビールからバイオサイエンスへ』でも、その挑戦が取り上げられていました。創業から長い歴史を持つ企業が、次の100年を見すえて舵を切っている、という見立てです。
象徴的なのが、免疫機能に着目した素材などの開発です。ビールの研究で得た知見が、健康を支える製品へと姿を変えつつあります。本業の強みを、社会課題の解決に橋渡しする。ここにCSVの真骨頂があります。
健康事業を成長の柱に育てる
キリンは、このヘルスサイエンス事業を、ビールと並ぶ収益の柱に育てる方針を掲げます。同動画によれば、事業利益で500億円規模を目指し、2025年に黒字化したうえで段階的に積み上げる、という具体的なロードマップが描かれています。
これは単なる社会貢献ではありません。健康という社会課題に応えながら、企業として確かな利益を生む。社会価値と経済価値を両立させる、CSVの考え方そのものです。理念を、数字を伴う事業計画にまで落とし込んでいる点が重要と言えます。
社会課題の解決と成長の両立
健康事業は、CSV経営が掛け声に終わっていないことを示す証左でもあります。高齢化が進む社会で、人々の健康ニーズは高まる一方です。そこに本業の技術で応える戦略は、社会と企業の双方に意味を持ちます。
もちろん、新しい事業には不確実性も伴います。それでも、社会課題を起点に成長を描く姿勢は一貫しているのです。水や容器の取り組みと同じ発想が、健康事業にも流れている。この一貫性こそ、キリンのESG経営の強みなのです。
本業の技術を社会課題へ
ビールの技術を、健康という社会課題の解決に生かす
ビール・発酵・バイオの技術
長年の研究で培った強み(免疫機能に着目した素材など)
ヘルスサイエンス事業
健康という社会課題に応えつつ、ビールと並ぶ収益の柱へ(事業利益500億円規模を目標)
社会課題の解決と事業成長の両立——これがCSVの実践です。理念を、数字を伴う事業計画にまで落とし込んでいます。
人的資本と多様性(S)|女性経営職15%目標を達成、次は2030へ
キリンホールディングスは「女性活躍推進長期計画2030」を策定し、多様な人財をCSV経営の推進力と位置づけています。2024年には女性経営職比率が15.9%となり、目標の15%を達成したと公表されました。
プール人財の育成から役員候補まで、女性管理職のパイプラインを段階的に構築する手法が特徴で、目標を達成したら次(2030年へ向けた新目標)へ進む——PDCA型のS領域運営は他社の参考になります。
ガバナンス(G)|取締役会の女性比率30%目標
ガバナンス面では、取締役会に占める女性割合を2030年に30%とする目標を掲げているとされます。経営職から取締役会まで多様性の目標を階層的に接続している形です。
医薬(協和キリン)からビールまで事業ポートフォリオの入れ替えを続ける同社にとって、取締役会の多様な視点は事業判断の質を支える基盤です。
06
まとめ|キリンのESG経営から学べること
キリンのESG経営は、CSV経営を軸に、水・生物資源・容器包装・健康という課題へ、本業の強みを向けてきた点に特徴がありました。とりわけ水戦略は、製品から原料の産地まで見すえる徹底ぶりで、CDP水セキュリティの高評価につながってきたのです。
他社が学べるポイントは、2つに整理できます。第一に、社会課題の解決を事業成長と結びつけるCSVの発想です。第二に、水のように事業の根幹に関わるテーマを見極め、原料の産地まで含めて長期で取り組む姿勢です。本業の強みを社会課題へ向けること。それが、独自性のあるESG経営を生むと言えます。
ESG先進企業の事例には、自社を見直すヒントが詰まっているはずです。greenoteでは、国内外の先進企業の分析を世界のESG先進企業 特集で順次お届けしています。あわせて、花王のESG経営を分析もご覧いただければ幸いです。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. キリンのCSV経営とは何ですか?
CSVとは「Creating Shared Value(共有価値の創造)」の略で、社会課題の解決と企業の経済的成長を同時に実現する経営の考え方です。キリンはこのCSVをいち早く経営の中心に据えた企業として知られ、健康・コミュニティ・環境という領域で、社会への価値と事業の成長の両立を目指しています。
Q. キリンはなぜ「水」を重視しているのですか?
ビールや清涼飲料はもちろん、その原料となる大麦・ホップ・紅茶・コーヒーなどの農産物も、育つために大量の水を必要とします。つまりキリンの事業は、製品から原料まで水に支えられているのです。そのためキリンは水を最重要のESGテーマと位置づけ、水源の保全や流域全体での水管理に取り組んでいます。
Q. キリンのCDP評価はどうなっていますか?
キリンは、環境情報開示の国際イニシアチブCDPの水セキュリティ分野で、最高評価のAを継続的に得てきた実績があります。水源の保全や流域管理、情報開示の取り組みが評価された結果です。なお評価は毎年見直され、年により変動する場合があります。
Q. キリンの「やさしいパッケージ」とは何ですか?
キリングループが進める容器包装の環境配慮の取り組みです。ペットボトルの軽量化によるPET樹脂とCO2の削減、ほぼ100%回収されるリターナブルびん、リサイクルPETの活用、FSC認証紙の採用などが含まれます。3R(リデュース・リユース・リサイクル)の考え方にもとづき、容器の隅々まで工夫を重ねています。
Q. キリンが健康・ヘルスサイエンス事業に力を入れるのはなぜですか?
ビールづくりで培った発酵やバイオの技術を、人々の健康という社会課題の解決に生かせるためです。キリンはヘルスサイエンス事業をビールと並ぶ収益の柱に育てる方針を掲げ、事業利益で500億円規模を目指すとしています。社会課題の解決を成長につなげる、CSV経営の象徴的な取り組みと言えます。
Q. キリンのESG経営から企業が学べることは何ですか?
第一に、社会課題の解決を事業成長と結びつけるCSVの発想です。第二に、水のように事業の根幹に関わるテーマを特定し、原料の産地まで含めて長期的に取り組む姿勢です。本業の強みを社会課題の解決に向けることで、独自性のあるESG経営につながると言えます。
Sources
出典・参考(一次情報)
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日