ESG Company Analysis
これまで見てきた鉄鋼や化学の会社は、自らの工場から出るCO2と格闘していました。では、その工場に設備を納める会社は、どう脱炭素と向き合うのでしょうか。三菱重工業は、発電設備やプラントを世界に供給する重工大手です。自社の排出よりも、納めた設備が動くときの排出のほうが、はるかに大きい。だからこそ同社は、2040年ネットゼロという踏み込んだ宣言を掲げました。本記事では、三菱重工のESG経営を、MISSION NET ZEROと脱炭素インフラを軸に、公式情報をもとに中立に分析していきます。
この記事の目次
01
三菱重工のESG経営とは|つくる側の脱炭素
まず、三菱重工がどんな会社で、その脱炭素の立ち位置を整理しましょう。
設備を納める側の、脱炭素
だから納める設備そのものを脱炭素にする必要がある。
出典:三菱重工業の公表情報をもとにgreenote作成
発電設備やプラントを供給する重工大手
三菱重工業は、日本を代表する重工業メーカーです。発電用のガスタービンやボイラー、化学プラント、産業機械、輸送機器など、社会の土台となる大型の設備を幅広く手がけています。私たちが使う電気の多くは、同社が納めた発電設備からつくられている、といっても大げさではありません。
この事業の性格が、脱炭素の立ち位置を決めます。同社の工場から出るCO2も当然ありますが、それ以上に大きいのが、納めた設備が世界各地で動くときの排出です。火力発電所のガスタービンが動けば、そこからCO2が出ます。つまり三菱重工の脱炭素は、自社の工場をきれいにするだけでは終わりません。納める設備そのものを、CO2を出さないものへ変えていく必要があるのです。ここが、鉄鋼や化学といった「自ら排出する側」とは違う、供給側ならではの構図です。
MISSION NET ZERO
この構図に対する答えが、「MISSION NET ZERO」です。2021年10月に発表されたカーボンニュートラル宣言です。公表情報によれば、2040年までに、事業活動から出るCO2をネットゼロにすることをめざします。脱炭素の全体像は、関連記事のネットゼロとはもあわせてご覧ください。
注目すべきは、その年限です。日本政府が掲げる2050年カーボンニュートラルより、10年も前倒しの水準になります。中間目標も明確で、2030年に2014年比で50%削減を掲げています。設備産業でありながら、政府目標を先取りする。この意欲的な設定の背景には、次に見る「対象範囲の広さ」があるのです。
02
2040年ネットゼロ|10年前倒しとScope3
三菱重工の目標は、時期も範囲も踏み込んでいます。
10年前倒し、そして全範囲
製品そのものを脱炭素にしなければ達成できない目標。
出典:三菱重工業の公表情報をもとにgreenote作成
MISSION NET ZEROが踏み込んでいるのは、年限だけではありません。対象とする排出の範囲にも特徴があります。多くの企業は、まず自社の直接排出(Scope1)と、使う電力の排出(Scope2)から手をつけます。三菱重工の宣言は、そこにとどまりません。Scope3まで含めたバリューチェーン全体が対象です。Scopeの分け方については、関連記事のScope3とはもあわせてご覧ください。
これは、同社にとって非常に重い約束です。なぜなら、納めた発電設備が動くときの排出が、Scope3の大きな部分を占めるからです。世界中で稼働する自社製の設備からの排出まで、ネットゼロの射程に入れる。それは、製品そのものを脱炭素なものへ置き換えなければ、達成できません。つまりこの宣言は、事業の中身を根本から変えるという意思表明でもあるわけです。では、具体的にどう変えるのか。次に見ていきましょう。
03
水素・アンモニアのガスタービン|燃やすものを変える
発電設備メーカーならではの脱炭素技術です。
燃やすものを、変える
水素を混ぜて燃やす・水素だけで燃やすガスタービンや、アンモニアを燃料にする技術を開発。既存の発電インフラを活かせる。
出典:三菱重工業の公表情報をもとにgreenote作成
納める設備を脱炭素にする、その核心が燃やすものを変えるという発想です。従来の火力発電は、天然ガスや石炭を燃やして電気をつくるため、どうしてもCO2が出ます。ならば、燃料そのものを、燃やしてもCO2を出さないものに置き換えればよい。そこで登場するのが、水素とアンモニアです。
三菱重工は、水素を混ぜて燃やす、あるいは水素だけで燃やすガスタービンの開発を進めています。あわせて、アンモニアを燃料として使う技術にも取り組んでいます。水素については関連記事のグリーン水素とは、アンモニアについてはアンモニア(燃料・水素キャリア)とはもあわせてご覧ください。この方法の利点は、既存の発電インフラを活かせる点にあります。発電所をまるごと建て替えるのではなく、燃料と設備の一部を変えることで排出を減らせる。世界中にある火力発電所を、少しずつ脱炭素へ移していく現実的な道筋だといえます。なお、水素を海外から運ぶ側の取り組みは、川崎重工のESG経営を分析もあわせてご覧ください。
04
CO2回収技術|他社の脱炭素を支える
自社だけでなく、顧客の排出削減も担います。
他社の排出も、減らす
自社の削減だけでなく、顧客の脱炭素を支える役割も担う。
出典:三菱重工業の公表情報をもとにgreenote作成
三菱重工の脱炭素には、もうひとつ大きな柱が存在します。CO2回収技術です。工場や発電所の排ガスから、CO2を分離して回収する技術を指します。同社は関西電力と共同開発した「KM CDRプロセス」などの技術を持ち、世界各地の設備に採用されてきました。
この技術の意義は、自社のためだけではない点にこそあるといえます。鉄鋼・化学・セメントといった、CO2を減らしにくい産業にとって、CO2回収は最後の頼みになりえます。実際、JFEホールディングスのカーボンリサイクル高炉も、カーボンニュートラルの達成にはCCUSの活用が必要とされていました。回収したCO2は、地下に貯留するCCSや、原料として再利用するカーボンリサイクルに回されます。CO2を回収して固定する考え方は、関連記事の炭素除去(CDR)とはもあわせてご覧ください。他社の排出を減らす技術を提供する。これも、供給側企業ならではの貢献の形です。
05
二重の役割|自社の削減と社会の削減
供給側の企業には、独特の責任と機会があります。
自社を減らし、社会も減らす
供給側ゆえの二重の役割。ただし普及にはコストと供給網の課題が残り、達成は社会側の条件にも左右される
出典:三菱重工業の公表情報および公開報道をもとにgreenote作成
ここまで見てくると、三菱重工の立ち位置が浮かび上がってきます。二重の役割です。ひとつは、自社の削減。工場の省エネや再エネ導入でScope1・2を減らし、2040年ネットゼロをめざします。もうひとつが、社会の削減です。水素・アンモニア発電やCO2回収といった脱炭素インフラを供給し、顧客や社会全体の排出を減らします。
この2つは、切り離せません。むしろ、後者こそが同社の存在意義に近いといえます。自社の工場をいくらきれいにしても、納めた設備が世界でCO2を出し続けるなら、社会の脱炭素は進みません。逆にいえば、脱炭素な設備を広く供給できれば、自社の規模をはるかに超える削減を生めます。同様に社会インフラを通じた貢献を掲げる日立製作所とも、通じる考え方です。ただし課題も残ります。水素やアンモニア、CO2回収の本格普及には、コストと供給網という壁が立ちはだかります。三菱重工がよい設備をつくっても、燃料が安く十分に届かなければ普及しません。目標の達成は、社会側の条件にも左右されるのです。期待と現実、その両面を見ておく必要があります。なお本記事は、特定の企業や投資を推奨するものではありません。
人材と事業転換(S)|防衛・エネルギー転換を担う人的資本
三菱重工は火力からガスタービン・原子力・防衛・宇宙まで国の基幹技術を支える人材集団であり、Sの中心は高度エンジニアの確保と技能伝承です。防衛予算の拡大で事業が急成長する中、人材獲得競争と処遇改革が経営課題になっているとされます。
客船事業やSpaceJet(旧MRJ)撤退の経験は、従業員の再配置・スキル転換という痛みを伴いました。事業ポートフォリオの入れ替えをSの面で支える仕組みが問われています。
ガバナンス(G)|巨額損失の教訓と指名委員会等設置会社
客船事業の巨額損失やSpaceJet撤退という高い授業料を経て、同社は事業リスク管理と撤退判断の規律を強化してきました。取締役会の監督機能を重視する指名委員会等設置会社型の統治へ移行し、社外取締役が中核事業の投資判断を監督する体制とされます。
防衛という機微な事業を抱えるだけに、輸出管理・安全保障と企業倫理の両立も同社固有のGの論点です。
06
まとめ|三菱重工のESG経営から学べること
三菱重工の挑戦は、社会の土台となる設備を供給する企業の責任と可能性を教えてくれます。最後に、要点を振り返りましょう。
三菱重工に学ぶ、3つのこと
出典:三菱重工業の公表情報・公開報道をもとにgreenote作成
三菱重工業のESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。
- 発電設備やプラントを供給する重工大手。納めた設備の使用時排出が大きい「つくる側」の立場
- MISSION NET ZERO(2021年10月)=2040年ネットゼロ。政府目標より10年前倒しで、Scope3まで対象
- 中間目標=2030年に2014年比50%削減
- 水素・アンモニアのガスタービンで「燃やすものを変える」。既存の発電インフラを活かせる
- CO2回収技術(KM CDRなど)で鉄鋼・化学・セメントなど他産業の脱炭素も支える
三菱重工から学べるのは、製品を供給する企業ほど、自社の外側にある排出に責任を持つ意味が大きいということです。工場をきれいにするだけでは、社会は変わりません。納める製品そのものを脱炭素にし、さらに他社の削減まで支える。そこに、供給側企業ならではの可能性が広がっています。もっとも、水素やアンモニアのコストと供給網という壁は高く、達成は社会全体の進み方にも左右されます。理想と現実の両面を見すえることが、企業のESGを深く理解する助けになるでしょう。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。
FAQ
よくある質問(FAQ)
Q. 三菱重工業とはどんな会社ですか?
三菱重工業は、日本を代表する重工業メーカーです。発電用のガスタービンやボイラー、化学プラント、産業機械、輸送機器など、社会の土台となる大型の設備を幅広く手がけます。特徴は、自社の工場から出るCO2よりも、納めた設備が使われる段階の排出のほうがはるかに大きいことです。そのため、脱炭素では「つくる側・供給する側」としての役割が重要になります。
Q. MISSION NET ZEROとは何ですか?
MISSION NET ZEROは、三菱重工グループが2021年10月に発表したカーボンニュートラル宣言です。公表情報によれば、2040年までに、事業活動から出るCO2をネットゼロにすることをめざします。日本政府の2050年目標より10年前倒しの水準です。中間目標として、2030年に2014年比で50%削減を掲げています。
Q. 三菱重工の目標はどこまでの排出を対象にしていますか?
Scope1・2にとどまらず、Scope3まで含めたバリューチェーン全体が対象です。Scope1は自社の直接排出、Scope2は使う電力などの排出、Scope3はそれ以外の取引先や製品使用時などの排出を指します。三菱重工の場合、納めた発電設備が動くときの排出がScope3の大きな部分を占めます。そこまで含めてネットゼロをめざす点が、この宣言の踏み込んだところです。
Q. 水素やアンモニアを燃やすガスタービンとは何ですか?
従来の火力発電は、天然ガスや石炭を燃やして電気をつくるため、CO2が出ます。そこで、燃やす燃料そのものを、CO2を出さない水素やアンモニアに置き換える技術が開発されています。三菱重工は、水素を混ぜて燃やす、あるいは水素だけで燃やすガスタービンや、アンモニアを燃料として使う技術の開発を進めています。既存の発電インフラを活かしながら排出を減らせる点が特徴です。
Q. 三菱重工のCO2回収技術とは何ですか?
工場や発電所の排ガスからCO2を分離・回収する技術です。三菱重工は関西電力と共同開発した「KM CDRプロセス」などの技術を持ち、世界各地の設備に採用されています。この技術は、自社の排出削減のためだけでなく、鉄鋼や化学、セメントなど、CO2を減らしにくい産業の脱炭素を支える役割も担います。回収したCO2は、貯留(CCS)や再利用(カーボンリサイクル)に使われます。
Q. 三菱重工のESG経営から学べることは何ですか?
大きく2つあります。1つ目は、自社の排出だけでなく、納めた製品が使われる段階(Scope3)まで含めて責任を持つ姿勢です。2つ目は、脱炭素インフラを供給することで、社会全体の削減に貢献するという二重の役割です。もっとも、水素やアンモニア、CO2回収の本格普及にはコストと供給網の課題が残り、目標の達成は社会側の条件にも左右されます。なお本記事は特定の投資を推奨するものではありません。
Sources
出典・参考(一次情報)
- 三菱重工業「MISSION NET ZERO(カーボンニュートラル宣言)」
- 三菱重工業「サステナビリティ(環境)」
- 三菱重工業「エナジートランジション/CO2回収技術に関する開示資料」および各種公開報道
※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
編集責任
greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年7月12日