伊藤忠商事のESG経営を分析|三方よしとオフセットゼロ

2026.07.20
サステナビリティ開示

ESG Company Analysis

商社国内

「売り手よし、買い手よし、世間よし」——。江戸時代の近江商人が大切にしたこの言葉を、企業理念に掲げる会社があります。総合商社の伊藤忠商事です。自社の利益と社会への貢献を両立させるこの思想は、いまのESG経営そのものだといえるかもしれません。では、脱炭素という大きな課題に、伊藤忠はどう向き合っているのでしょうか。本記事では、伊藤忠商事のESG経営を、3つの目標と一般炭からの撤退を軸に、公式情報をもとに中立に分析していきます。

この記事の目次

01

伊藤忠商事のESG経営とは|非資源・川下に強い商社

まず、伊藤忠商事がどんな会社で、なぜ商社のESGが注目されるのかを整理しましょう。

消費者に近い、商社

伊藤忠商事=日本を代表する総合商社のひとつ
強み食料・繊維・生活消費関連など非資源・川下の分野
原点近江商人の思想「三方よし」

資源よりも、消費者に近い分野に強い。

出典:伊藤忠商事の公表情報をもとにgreenote作成

「三方よし」という原点

伊藤忠商事は、日本を代表する総合商社のひとつです。総合商社は、原料の調達から製品の販売まで、世界中の幅広いビジネスに関わります。その中でも伊藤忠は、鉱物資源やエネルギーといった資源分野よりも、食料・繊維・生活消費関連など、消費者に近い「非資源・川下」の分野に強みを持つ会社だといえます。

この会社の原点にあるのが、企業理念の「三方よし」です。近江商人の思想で、商売は「売り手よし・買い手よし・世間よし」の三つがそろって初めて良いものだ、という考え方を表します。売り手と買い手が満足するだけでなく、社会全体にとっても良いものであるべき。自社の利益と社会貢献を両立させるこの発想は、現代のCSV(共通価値の創造)に通じる原点として、しばしば語られます。

商社の脱炭素はなぜ難しいのか

商社の脱炭素には、独特の難しさがあります。商社は、自社の工場から大量のCO2を出すわけではありません。しかし、世界中の資源開発や発電事業などに出資し、権益を持っています。その投資先が出すCO2は、間接的に商社の責任とみなされるのです。

つまり、商社が本気で脱炭素に取り組むには、どの事業に投資し、どの事業から手を引くかという、経営の根幹に踏み込む必要があります。石炭の権益を売れば、目先の利益は減るかもしれません。それでも脱炭素へ舵を切れるか。ここに、商社のESG経営の難しさと、本気度が表れます。伊藤忠は、この難題に早くから向き合ってきた一社です。

02

3つの目標|2030年・2040年・2050年

伊藤忠が掲げるのは、段階を追った脱炭素の道筋です。

一歩ずつ、実質ゼロへ

2030年GHGを2018年比で40%削減
2040年オフセットゼロ 相殺に頼らず実際の削減でゼロへ
2050年実質ゼロ ネットゼロ

オフセットに頼らず、実際の削減を重ねる道筋。

出典:伊藤忠商事の公表情報をもとにgreenote作成

伊藤忠商事の脱炭素目標は、3つの段階で組み立てられています。公表情報によれば、まず2030年までに、GHG(温室効果ガス)排出量を2018年比で40%削減します。次に2040年までに、「オフセットゼロ」をめざします。そして2050年までに、排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にすることを掲げています。脱炭素の全体像は、関連記事のネットゼロとはもあわせてご覧ください。

ここで鍵になるのが、2040年の「オフセットゼロ」という言葉です。多くの企業は、自社で減らしきれない排出を、他社の削減分を買うオフセット(相殺)で埋め合わせます。しかし伊藤忠は、そうした相殺に頼らず、実際の削減で排出をゼロに近づけるとしています。安易な相殺ではなく、本当の削減にこだわる姿勢が、この言葉に込められているのだといえるでしょう。オフセットの仕組みは、関連記事のカーボンオフセットとはもあわせてご覧ください。

03

一般炭からの撤退|大手商社で初めて

伊藤忠の脱炭素を象徴する、思い切った決断です。

石炭から、先んじて手を引く

一般炭(発電用の石炭)の権益から完全撤退=大手商社で初めて明言
実績2023年度までにコロンビア・オーストラリア等の権益を売却し撤退完了
論点鉄をつくる原料炭のビジネスは継続。評価が分かれる

出典:伊藤忠商事の公表情報および公開報道をもとにgreenote作成

伊藤忠の脱炭素を、もっとも象徴するのが、一般炭からの撤退です。一般炭とは、発電の燃料に使う石炭を指します。伊藤忠商事は、日本の大手商社の中で初めて、一般炭の権益(炭鉱ビジネス)からの完全撤退を明言しました。公表情報によれば、2023年度までに、コロンビアやオーストラリアなどで保有していた権益を売却し、撤退を終えています。この売却によって、化石燃料事業全体のGHG排出量も大きく減りました。目先の利益より脱炭素を優先する、思い切った決断だったといえます。

ただし、ここには評価が分かれる論点もあります。伊藤忠は、発電用の一般炭からは撤退する一方で、鉄をつくるために使う「原料炭」のビジネスは継続しています。鉄鋼の製造には、いまなお原料炭が欠かせず、代わりとなる技術が広く普及していないためです。この継続を「現実的な判断」と見る立場もあれば、「脱炭素として不十分」と見る立場もあります。どちらが正しいと断じるのではなく、こうした難しさが残ることを知っておくことが大切です。なお本記事は、特定の企業や投資を推奨するものではありません。

04

クリーンテックビジネス|「減らす」より「貢献する」

商社ならではの、もうひとつの脱炭素の道です。

減らすだけでなく、貢献する

クリーンテックビジネス=脱炭素に貢献する成長分野
再生可能エネルギー
蓄電池
水素・アンモニア

自社の排出を減らすだけでなく、事業を通じて社会全体の削減に貢献する。商社のつなぐ力を活かす。

出典:伊藤忠商事の公表情報をもとにgreenote作成

伊藤忠の脱炭素には、もうひとつの柱があります。クリーンテックビジネスです。これは、脱炭素に貢献する成長分野を指します。具体的には、再生可能エネルギー、蓄電池、水素やアンモニアなど、CO2の削減に役立つ技術や事業のことです。

伊藤忠の考え方で特徴的なのは、自社の排出を「減らす」だけでなく、こうした事業を通じて、社会全体の削減に「貢献する」ことを重視する点です。世界中の企業や地域をつなぐ、商社ならではの力を活かすわけです。2040年のオフセットゼロも、この「貢献するビジネス」の推進とセットで語られます。水素の役割について詳しくは、関連記事のグリーン水素とはもあわせてご覧ください。減らす努力と、社会に貢献する事業。この両輪で、伊藤忠は脱炭素を前へ進めようとしている段階です。

05

三菱商事との対比|同じ商社でも道は違う

総合商社の中でも、脱炭素への向き合い方はさまざまです。

同じ商社でも、道は違う

共通=2050年に排出を実質ゼロへ
伊藤忠商事非資源・川下に強い。三方よしとオフセットゼロ、クリーンテックで貢献
三菱商事資源にも強い。EX(エネルギー・トランスフォーメーション)戦略で大規模に転換

アプローチの違いであり、優劣ではない

出典:各社の公表情報をもとにgreenote作成

同じ総合商社でも、脱炭素への道は一つではありません。ここで、三菱商事と比べてみましょう。両社に共通するのは、2050年に排出を実質ゼロにするという大きなゴールです。一方で、そこへ向かう道筋には、それぞれの強みが表れます。

伊藤忠は、非資源・川下に強みを持ち、三方よしとオフセットゼロを掲げ、クリーンテックで社会の削減に「貢献」しようとします。これに対し三菱商事は、資源分野にも強く、EX(エネルギー・トランスフォーメーション)戦略のもとで、大規模な事業転換を進めています。どちらが優れているという話ではないのです。得意分野の違いが、脱炭素の進め方の違いになって表れているといえるでしょう。複数の会社を並べて見ることで、企業のESGはより立体的に理解できます。

人的資本と多様性(S)|商社最多クラスの女性役員比率

伊藤忠商事はS領域で商社の先頭を走る存在です。朝型勤務をはじめとする働き方改革で長時間労働の構造を変え、女性の執行役員登用を加速。役員に占める女性比率は2割超と商社最多クラスに達し、2030年までに女性役員比率30%以上の目標を掲げているとされます。

女性社員のみを対象とする登用ルールの新設など、思い切った「構造への介入」で登用パイプラインを作りにいく手法は賛否を呼びつつも、女性活躍推進法時代の実験として注目されています。

ガバナンス(G)|取締役会の諮問委員会に「女性活躍推進委員会」

特徴的なのは、女性活躍を取締役会の任意諮問委員会として制度化した点です。2021年に設置された女性活躍推進委員会は、委員の半数が社外・半数が女性という構成とされ、S施策をガバナンスの仕組みに組み込んでいます。

「商人(あきんど)」の実利主義で知られる同社が、多様性を業績ドライバーとして統治に載せた——ESGの統合の好例です。

06

まとめ|伊藤忠商事のESG経営から学べること

伊藤忠の歩みは、古い商人の知恵が、現代の課題にも生きることを教えてくれます。最後に、要点を振り返りましょう。

伊藤忠に学ぶ、3つのこと

三方よしは今も生きる自社の利益と社会貢献の両立はESGの原点
先んじて決断する大手商社で初めて一般炭から完全撤退
貢献という発想クリーンテックで社会全体の削減に貢献

出典:伊藤忠商事の公表情報をもとにgreenote作成

伊藤忠商事のESG経営を振り返ると、いくつもの学びが見えてきます。

  • 食料・繊維など非資源・川下に強い総合商社。原点は近江商人の「三方よし」
  • 脱炭素は3段階=2030年に2018年比40%削減→2040年オフセットゼロ→2050年実質ゼロ
  • 一般炭の権益から、大手商社で初めて完全撤退(一方で鉄をつくる原料炭は継続=評価が分かれる論点)
  • クリーンテックビジネスで、排出を「減らす」だけでなく社会の削減に「貢献する」
  • 三菱商事とはアプローチが異なる=得意分野の違いが脱炭素の進め方に表れる(優劣ではない)

伊藤忠から学べるのは、「三方よし」という古い商人の知恵が、そのままESG経営の原点になりうるということです。自社の利益と社会への貢献は、対立するものではありません。両立させてこそ、長く続く商売になる。一般炭からの先んじた撤退も、その理念を行動で示した一例だといえます。もっとも、原料炭の継続のように、評価が分かれる論点も残っています。理想と現実の両面を見つめることが、企業のESGを深く理解する助けになります。ESG・脱炭素の最新動向は、これからもgreenoteでお届けしていきます。

FAQ

よくある質問(FAQ)

Q. 伊藤忠商事とはどんな会社ですか?

伊藤忠商事は、日本を代表する総合商社のひとつです。総合商社は、原料の調達から製品の販売まで、幅広い分野で世界中のビジネスに関わります。その中でも伊藤忠は、鉱物資源やエネルギーといった「資源」よりも、食料・繊維・生活消費関連など、消費者に近い「非資源・川下(かわしも)」の分野に強みを持つのが特徴です。企業理念に、近江商人の思想である「三方よし」を掲げています。

Q. 「三方よし」とは何ですか?

「三方よし」は、伊藤忠の創業者が学んだ近江商人の思想です。商売は「売り手よし・買い手よし・世間よし」の三つがそろって、はじめて良いものだという考え方を指します。売り手と買い手が満足するだけでなく、社会全体にとっても良いものであるべき、というわけです。自社の利益と社会への貢献を両立させるこの考え方は、現代のESG経営やCSV(共通価値の創造)に通じる原点として、たびたび紹介されます。

Q. 伊藤忠の脱炭素目標はどうなっていますか?

伊藤忠商事は、3段階の目標を掲げています。まず2030年までに、GHG(温室効果ガス)排出量を2018年比で40%削減します。次に2040年までに「オフセットゼロ」をめざします。これは、他社の削減分を買う相殺(オフセット)に頼らず、実際の削減で排出をゼロに近づけるという考え方です。そして2050年までに、排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にすることをめざしています。

Q. 伊藤忠が一般炭から撤退したというのは本当ですか?

本当です。伊藤忠商事は、日本の大手商社の中で初めて、発電用燃料に使う「一般炭」の権益(炭鉱ビジネス)からの完全撤退を明言しました。公表情報によれば、2023年度までに、コロンビアやオーストラリアなどで保有していた一般炭の権益を売却し、撤退を完了しています。一方で、鉄をつくるために使う「原料炭(げんりょうたん)」のビジネスは継続しており、この点は評価が分かれる論点でもあります。

Q. クリーンテックビジネスとは何ですか?

クリーンテックビジネスは、伊藤忠が力を入れる、脱炭素に貢献する成長分野です。再生可能エネルギー、蓄電池、水素やアンモニアといった、CO2の削減に役立つ技術や事業を指します。伊藤忠の特徴は、自社の排出を「減らす」だけでなく、こうした事業を通じて社会全体の削減に「貢献する」ことを重視している点です。商社の持つ、世界中の企業をつなぐ力を活かした脱炭素のアプローチといえます。

Q. 伊藤忠商事のESG経営から学べることは何ですか?

大きく2つあります。1つ目は、「三方よし」のように、自社の利益と社会への貢献を両立させる発想が、脱炭素の時代にも通じるという点です。2つ目は、一般炭からの撤退のように、痛みを伴う決断を先んじて実行する姿勢です。ただし、原料炭を継続する点など、評価が分かれる論点も残ります。理想と現実の両面をふまえて見ることが大切です。なお本記事は特定の投資を推奨するものではありません。

Sources

出典・参考(一次情報)

※ 本記事は上記の一次情報および公開報道をもとにgreenote編集部が整理しています。企業評価や投資判断を目的とするものではありません。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。

この記事の著者

greenote編集部

ESG・サステナビリティ専門メディア 編集部

官公庁・国際機関・企業の一次情報に基づき、ESG・環境情報・サステナビリティ開示・IRの実務に役立つ解説を、出典を明記して発信しています。各記事は編集部が一次情報との整合を確認のうえ作成しています。詳しくは編集方針・運営者情報をご覧ください。

編集責任

greenote編集責任者

サステナビリティ実務・編集統括

ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。

最終更新日:2026年7月20日

関連記事

目次