ESG経営の優等生として、食品業界でしばしば名前が挙がるのが味の素グループです。独自の「ASV経営」を掲げ、世界的なベンチマークでも日本企業トップ級の評価を受けてきました。なぜ味の素のESGは高く評価されるのでしょうか。
本記事では、公開情報をもとに、味の素のASV経営、2030年に向けた大目標、強みであるアミノサイエンス、そして環境やフードシステムへの取り組みまでを、実務担当者の視点で読み解きます。
≡目次
味の素グループとASV経営
味の素のESGを語るうえで、避けて通れないのが「ASV経営」という独自の考え方です。これが同社のあらゆる取り組みの土台です。
ASV(共通価値の創造)とは
ASVは「Ajinomoto Group Shared Value」の略で、事業を通じて社会課題を解決し、その結果として経済価値も生み出すという考え方です。社会への貢献と利益を、対立するものではなく「好循環」で回すものとして捉えます。
考え方の根っこにあるのは、ハーバード大学のマイケル・ポーターらが提唱したCSV(共通価値の創造)です。味の素はこれを自社流に体系化し、経営の中心に据えました。ESGを「コスト」ではなく「価値創造の源泉」と位置づける姿勢が、ここに表れているのです。
パーパス「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」
味の素は、自社の存在意義(パーパス)を「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」と定めています(味の素 サステナビリティ)。人の健康、社会、そして地球環境という3つのWell-beingを、自社の科学技術でつなぐという宣言です。
注目したいのは、健康(人)と環境(地球)を別々の活動としてではなく、一つのパーパスのもとに統合している点です。食品メーカーでありながら、栄養と環境を同じ土俵で語る——この構造が、後述する2030年目標へと一貫してつながります。
中期ASV経営2030ロードマップ|2つの大目標
味の素のESGの背骨となるのが、2030年に向けた中期ASV経営ロードマップです。社会と環境の両面で、明確な数値目標が掲げられています。
中期ASV経営2030ロードマップ
パーパス:アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する
社会価値
10億人の
健康寿命延伸
食と栄養を通じて、2030年までに世界の人々の健康に貢献
地球価値
環境負荷
50%削減
事業を成長させながら、2030年までに環境負荷を半減
社会価値と経済価値の好循環をめざすのが、味の素のASV経営です。
出典:味の素グループの公開情報をもとにgreenote作成
10億人の健康寿命延伸
社会価値の柱が、2030年までに10億人の健康寿命を延ばすという目標です。減塩やたんぱく質摂取の支援など、食と栄養を通じて世界中の人々の健康に貢献するという宣言になります。
食品メーカーにとって、健康は事業そのものと直結するテーマです。おいしさと健康を両立させた製品を広げることが、そのまま社会価値と売上につながる——この構図が、味の素のESGを「やらされ仕事」にしない理由です。
環境負荷50%削減(事業成長との両立)
地球価値の柱が、2030年までに環境負荷を50%削減するという目標です。重要なのは、これを「事業を成長させながら」達成するとしている点にあります。
縮小均衡で環境負荷を減らすのではなく、成長と削減を同時に追う。これは簡単な道ではありませんが、ESGと事業を一体で考える同社らしい目標設定です。温室効果ガスやフードロス、プラスチックなど、フードシステム全体での負荷低減がその対象になります。脱炭素の全体像はカーボンニュートラルとはもあわせてご覧ください。
アミノサイエンスを核にした価値創造
味の素のESGが説得力を持つのは、それが借り物ではなく、自社の強みに根ざしているからです。その強みが「アミノサイエンス」です。
独自の強みを社会課題解決へ
アミノサイエンスとは、アミノ酸のはたらきに関する、味の素が創業以来培ってきた知見と技術の総称です。調味料にとどまらず、医薬・電子材料・バイオなど幅広い領域に応用されてきました。
味の素は、この独自の強みを、健康・栄養や環境といった社会課題の解決に振り向けてきました。たとえば、アミノ酸を使うことで農業の環境負荷を抑える技術などです。「自社にしかできないこと」で社会に貢献する——この一貫性が、ESGの説得力を支えています。
社会価値と経済価値の好循環
ここに、ASV経営の本質があります。アミノサイエンスで社会課題を解決すれば、それが新たな事業機会となり、経済価値を生む。その利益を、さらなる課題解決に再投資する——という好循環です。
社会貢献と利益を別々に考えるのではなく、同じエンジンで回す。だからこそ、ESGへの取り組みが社内で「自分ごと」になり、長続きします。マテリアリティ(重要課題)の考え方はマテリアリティとはもあわせてご覧ください。
環境とフードシステムへの取り組み
食品メーカーである味の素にとって、環境とフードシステムは事業の根幹に関わるテーマです。脱炭素と資源の両面で取り組みが進みます。
フードシステムを通じた環境への取り組み
事業成長と両立した環境負荷50%削減へ
脱炭素
温室効果ガス排出の削減、再生可能エネルギーの活用
フードロス削減
原料調達から製造・流通・消費までのロス低減
持続可能な調達
主要原材料の持続可能性に配慮した調達
資源循環
容器包装の削減・プラスチック対応
食品メーカーの環境負荷は原材料の段階に大きく存在。調達まで踏み込むのが特徴です。
出典:味の素グループの公開情報をもとにgreenote作成
脱炭素と環境負荷の削減
味の素は、温室効果ガスの削減や再生可能エネルギーの活用を通じて、事業活動の脱炭素を進めてきました。気候変動への対応は、2030年の環境負荷50%削減という大目標の中核を占めます。
食品の製造は、エネルギーを多く使う工程を含みます。だからこそ、生産プロセスの効率化や再エネ転換が、削減のインパクトに直結します。サプライチェーン全体での排出(Scope3)への対応も、食品メーカーにとって重要な論点です。Scope3の考え方はScope3とはで解説しています。
持続可能な原材料・フードロス対応
もう一つの軸が、フードシステムそのものの持続可能性です。味の素は、主要な原材料を持続可能な形で調達することや、原料から製造・流通・消費に至るフードロスの削減に取り組んでいます。
食品メーカーの環境負荷は、自社工場だけでなく、農産物などの原材料の段階に大きく存在します。調達まで踏み込んで持続可能性を追う姿勢は、自然資本や生物多様性への配慮という点でも重要です。自然資本の考え方は自然資本とはもあわせてご覧ください。
外部評価とベンチマーク
味の素のESGは、自社の発信だけでなく、第三者の評価でも裏づけられています。客観的なベンチマークから、その実力を確認します。
WBA(世界ベンチマーク同盟)で日本企業トップ級
味の素は、World Benchmarking Alliance(WBA、世界ベンチマーク同盟)の食料・農業分野のベンチマークで評価を大きく高め、日本企業としてトップ級となる16位に位置づけられました。食と栄養、環境の取り組みが、国際的な土俵で認められた形です。
WBAは、世界の主要企業をSDGsへの貢献度で格付けする国際的なイニシアティブです。グローバルな食品大手がひしめくなかで日本企業の最上位に立ったことは、味の素のESGの実力を示す客観的な証拠だといえるでしょう。
統合報告(ASVレポート)での発信
味の素は、ESGの進捗を統合報告書「ASVレポート」で開示しています。財務情報と非財務情報(ESG)を結びつけ、ASV経営がどう価値を生んでいるかを一体で語る構成です。統合報告の考え方は統合報告書とはもあわせてご覧ください。
数値目標の進捗を継続的に開示し、投資家やステークホルダーとの対話に活かす。この透明性の高さも、同社の評価を支える要素の一つです。
実務担当者がベンチマークすべきポイント
味の素の事例は、ESGを「自社の強み」と結びつける好例です。最後に、自社の実務に活かせる視点を整理します。
味の素に学ぶ3つのポイント
ASV経営から実務へ
自社固有の強みを起点にする
味の素ならアミノサイエンス。自社にしかできない技術・資産を社会課題の解決に振り向ける。
社会価値と経済価値を好循環で語る
ASVのように貢献と利益を一体のストーリーに。だから社内で「自分ごと」になる。
目標を複数軸で具体的な数値に
健康(10億人)と環境(50%削減)のように、社会と地球の両面で測れる目標を置く。
いずれも業種を問わず応用できる学びです。
出典:味の素グループの公開情報をもとにgreenote作成
第一に、自社固有の強みを起点にすることです。味の素のアミノサイエンスのように、「自社にしかできないこと」を社会課題の解決に振り向けると、ESGに独自性と説得力が生まれます。第二に、社会価値と経済価値を好循環として一体で語ることです。貢献と利益を切り離さないストーリーは、社内の納得感を高めます。
第三に、目標を複数の軸で具体的な数値に落とし込むことです。健康(10億人)と環境(50%削減)のように、社会と地球の両面で測れる目標を置けば、進捗を語りやすくなります。これらはいずれも、業種を問わず応用できる学びです。他社のESG経営は、キリンのESG経営を分析や積水化学のESG経営を分析もあわせてご覧ください。自社のベンチマークの参考になれば幸いです。
最終更新日:2026年6月20日
編集責任
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サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。