富士フイルムのESG経営を分析|事業転換とCDP気候・水A評価・Sustainable Value Plan 2030

2026.06.12
サステナビリティ開示

ESG Company Analysis

化学・素材国内

「本業が消えたら、会社はどうなるのか」。富士フイルムほど、この問いに鮮やかに答えた企業はないかもしれません。

🏢この記事は特集「企業ESG分析」の一部です。先進企業のサステナビリティ経営を、戦略・取り組み・開示の観点から読み解いています。企業ESG分析の一覧を見る →

主力だった写真フイルムは、デジタル化の波で市場が急減しました。同じ岐路で経営破綻した競合もあったなか、富士フイルムは事業構造を大胆に転換し、むしろ成長を遂げたのです。その変革を貫くのが、ESG戦略「Sustainable Value Plan 2030」です。

本記事では、富士フイルムのESG経営を、事業転換の物語、CDPでのA評価、脱炭素戦略、水と製造プロセス、そして技術をヘルスケアへ転用した価値創造という観点から分析します。なお本記事は公表情報にもとづく解説であり、特定企業への投資を推奨するものではありません。お役に立てれば幸いです。

富士フイルムの事業転換

本業消失を、事業構造の転換で乗り越えた

かつて

写真フイルムが主力。デジタル化で市場が急減した

現在:多角化したポートフォリオ

ヘルスケア医療・医薬・化粧品
高機能材料半導体・ディスプレイ材料
ビジネス複合機など
イメージングチェキ等

同じ岐路で経営破綻した競合もあったなか、富士フイルムは技術を別分野へ転用して再生しました。この力がESG経営の土台です。

この記事の目次

01

富士フイルムのESG経営とは|「第二の創業」を支える戦略

富士フイルムのESG経営を理解する鍵は、「変革」という言葉にあります。なぜ一企業の事業転換が、ESGの文脈で語られるのか。まずは会社の歩みと戦略の骨格を押さえましょう。

富士フイルムはどんな会社か(写真フイルムから多角化へ)

富士フイルムは、1934年に写真フイルムの国産化を目指して創業した会社です。長らく写真フイルムや関連製品を主力とし、世界有数のフイルムメーカーとして知られた存在です。多くの人にとって、なじみ深いブランドの一つでしょう。

その姿は、いまや大きく様変わりしました。事業の柱は、医療や医薬を含むヘルスケア、半導体やディスプレイの高機能材料、複合機などのビジネス分野にまで広がります。写真の会社というイメージだけでは、もはや語れない存在になったのです。

本業消失を乗り越えた事業転換

転機は、写真のデジタル化でした。2000年代に入ると、デジタルカメラやスマートフォンの普及で、写真フイルムの市場は急速に縮小します。主力事業が、足元から崩れていく事態に直面したわけです。

同じ岐路で、経営破綻に追い込まれた海外の競合もありました。しかし富士フイルムは、長年培った技術を別の分野へ転用し、事業構造そのものを組み替えました。危機をしなやかに乗り越えるこの力こそ、後述するESG経営の土台です。

ESG戦略「Sustainable Value Plan 2030」

こうした変革を方向づけるのが、2017年に策定された「Sustainable Value Plan 2030」(SVP2030)です。2030年度を目標年に、事業を通じて社会課題を解決することを掲げた枠組みです。

環境・健康・生活・働き方といった分野ごとに、達成すべき目標を定めた枠組みです。後で触れるCO2や水の目標も、この計画に位置づけられているのです。事業の成長と社会課題の解決を一本の線でつなぐ。それがSVP2030の狙いと言えるでしょう。

02

CDPで気候変動・水のA評価とSBT認定

富士フイルムの環境への取り組みは、客観的な評価にも表れます。とりわけCDPでの高評価と、科学的根拠にもとづく目標が、その実力を裏づけます。

CDPとは|環境情報開示の国際イニシアチブ

CDPとは、企業の環境への取り組みを評価・開示する国際的なイニシアチブです。気候変動、水セキュリティ、フォレストといったテーマごとに、企業の開示や対応をAからDマイナスで格付けします。

最高評価の「A」を得た企業は「Aリスト」として公表され、世界中の投資家が参照する指標になります。ESG投資における評価の位置づけは、関連記事のESG情報開示とは|基礎・開示の枠組みと企業が押さえるポイントもあわせてご覧ください。

気候変動・水セキュリティでのA評価

富士フイルムホールディングスは、このCDPの気候変動と水セキュリティの分野で、最高評価のAに選定された実績を持ちます。気候と水という、製造業にとって核心的な2分野で評価された点に意味があります。

化学・素材を扱う企業にとって、CO2と水は事業の根幹に関わるテーマです。その両面で高い評価を得たことは、環境への取り組みが本業に深く組み込まれている証左と言えるでしょう。

SBT(1.5℃目標)の認定

評価を支えるのが、目標の科学的な裏づけです。富士フイルムのCO2削減目標は、SBT(Science Based Targets)イニシアチブから認定を受けたものです。これは、パリ協定が掲げる「1.5℃」の水準に整合する目標だと、第三者に認められたことを意味します。

思いつきの数値目標ではなく、科学が求める削減ペースに沿う。SBTの考え方は、関連記事のSBT(科学的根拠に基づく目標)とは|認定基準・取得のメリットと設定の進め方で詳しく解説しました。目標の信頼性が、CDP評価の土台にもなるわけです。

富士フイルムの環境評価

気候・水という製造業の核心分野で高評価

気候変動

A

CDP最高評価。CO2削減と開示

水セキュリティ

A

CDP最高評価。水資源の管理

削減目標

SBT

1.5℃目標として認定

CO2削減目標はSBTイニシアチブが1.5℃整合と認定。科学的な裏づけが、CDP評価の土台にもなっています。

03

脱炭素戦略|製品ライフサイクル全体でCO2を削減

富士フイルムの脱炭素は、自社の工場だけにとどまりません。製品が生まれてから使われ、廃棄されるまでを視野に入れます。製造業ならではの広い発想を整理しましょう。

ライフサイクルCO2を2030年度に半減(2019年度比)

富士フイルムは、製品のライフサイクル全体で生じるCO2を、2030年度までに2019年度比で50%削減する目標を掲げています。原材料の調達から製造、輸送、使用、廃棄まで——すべての段階の排出を対象にした、踏み込んだ目標です。

さらに、自社の事業活動については、より長期の視点でカーボンニュートラルを見すえているのです。脱炭素の基本的な考え方は、関連記事のカーボンニュートラルとは|意味・脱炭素との違いと2050年目標・企業の取り組みで整理しました。なお、こうした目標は時点により見直される場合があります。

自社の削減と「環境価値製品」

富士フイルムの脱炭素には、2つの方向があります。1つは、自社の製造プロセスでの省エネや再エネ導入による削減です。もう1つは、製品を通じて社会全体の排出削減に貢献する道です。

後者の象徴が、環境性能の高い製品を社内で認定する仕組みです。自社が減らすだけでなく、顧客や社会の削減にも効く製品を増やしていく。「減らす」と「貢献する」を両輪で回す発想に、製造業らしさが表れているのです。

再生可能エネルギーとサプライチェーン

自社の削減に向けて、富士フイルムは事業所で使う電力の再エネ化を進めてきました。国内外の拠点で、段階的な切り替えを進める方針です。

加えて重要になるのが、サプライチェーン全体の排出、いわゆるScope3です。原材料や部材の調達など、自社の外で生じる排出も大きいためです。Scope3の考え方は、関連記事のScope3とは|サプライチェーン排出量の算定方法と15カテゴリを解説で詳しく解説しました。ライフサイクル全体の目標は、このScope3まで含めて初めて意味を持ちます。

富士フイルムの脱炭素ロードマップ

製品ライフサイクル全体のCO2を削減する

2019年度

基準年

製品ライフサイクル全体のCO2排出を起点に置く

2030年度

CO2を50%削減

調達・製造・輸送・使用・廃棄の全段階が対象(2019年度比)

その先

自社カーボンニュートラル

自社の事業活動での排出ゼロを見すえる

自社で減らすだけでなく、環境性能の高い「環境価値製品」で社会全体の削減にも貢献します。目標は時点により見直される場合があります。

04

水と製造プロセスの環境配慮

化学・素材を手がける富士フイルムにとって、水と製造プロセスの環境負荷は避けて通れないテーマです。目標と取り組みを見ていきましょう。

水使用量を2030年度に3割削減(2013年度比)

富士フイルムは、水の使用量についても明確な目標を持ちます。2030年度までに、2013年度比で30%削減することを掲げています。フイルムや高機能材料の製造には、多くの水を使うためです。

製造プロセスで水を効率的に使い、循環させ、排水の負荷も抑える。こうした地道な改善の積み重ねが、CDPの水セキュリティ分野でのA評価につながってきたわけです。水は、富士フイルムにとって気候と並ぶ重点テーマと言えます。

高機能材料と製造プロセスの責任

半導体やディスプレイ向けの高機能材料は、富士フイルムの成長を支える事業です。しかし化学製品の製造には、エネルギーや化学物質の管理という責任も伴います。

だからこそ富士フイルムは、製造プロセスそのものの環境負荷を下げる取り組みを重ねてきました。環境性能と製品の競争力を、両立させる必要があるからです。本業の足元を環境配慮で固めることが、信頼の前提です。

資源循環への取り組み

脱炭素や水と並んで意識されるのが、資源の循環です。原材料を無駄なく使い、廃棄物を減らし、再生利用を進める。こうした循環型の発想も、SVP2030に組み込まれています。

つくって終わりではなく、資源を回し続ける。循環型経済の考え方は、関連記事のサーキュラーエコノミーとは|3原則・ビジネスモデルと企業の取り組みもあわせて参考になるはずです。製造業にとって、資源循環は競争力にも直結する論点です。

水・製造プロセスの環境への取り組み

化学・素材を扱う企業としての責任

テーマと取り組み・目標
テーマ取り組み・目標
水使用量2030年度までに2013年度比で30%削減
製造プロセス省エネ・化学物質管理で環境負荷を低減する
高機能材料環境性能と製品の競争力を両立させる
資源循環原材料を無駄なく使い、廃棄物を削減・再生利用する

地道な改善の積み重ねが、CDP水セキュリティ分野でのA評価につながってきました。

05

本業の技術を社会課題へ|ヘルスケアでの価値創造

富士フイルムのESG経営を最も象徴するのが、写真フイルムの技術を健康分野へ転用した点です。事業転換とESGが交わる、核心の部分を見ていきましょう。

写真技術をヘルスケアへ転用する

写真フイルムには、実は人の体に通じる技術が詰まっていました。フイルムの主成分はコラーゲンであり、画質を守る抗酸化や、微細な粒子を均一に分散させる技術も蓄積されていたのです。

富士フイルムは、これらを健康分野へと応用しました。たとえば、抗酸化やコラーゲンの知見は化粧品に、ナノ分散の技術は医薬品の開発へとつながったのです。本業の強みを、まったく別の社会課題へ橋渡しした好例です。

医療・医薬・再生医療という社会価値

ヘルスケアは、いまや富士フイルムの主力事業の一つです。医療画像の機器から、医薬品、さらには再生医療を支える事業まで、人々の健康を多面的に支えます。

これらは、高齢化が進む社会が抱える切実な課題に応えるものです。事業として利益を生みながら、社会の健康にも貢献する。ESGのS(社会)に、本業で直接応えている点が際立ちます。同じく本業の技術を社会課題へ向けた事例として、関連記事のキリンのESG経営を分析|CSV経営と水資源戦略もあわせてご覧ください。

事業成長と社会価値の両立

富士フイルムの歩みは、社会課題の解決が成長の源泉になりうることを示しています。本業が揺らいだとき、技術を社会の課題へ向け直したことが、再生の原動力になったのです。

危機を、価値創造の機会に変える。守りの環境対応にとどまらず、攻めの社会価値づくりへ。この姿勢こそ、富士フイルムのESG経営を貫く一本の筋と言えるでしょう。

本業の技術を、人々の健康へ

写真フイルムの技術を社会課題の解決に転用する

写真フイルムで培った技術

コラーゲン/抗酸化/ナノ分散(微細な粒子を均一に分散)

化粧品 ― 抗酸化・コラーゲンの知見を応用
医薬品 ― ナノ分散の技術を創薬に応用
医療・再生医療 ― 画像診断・バイオで健康を支える

本業の技術を健康という社会課題へ向ける——これはESGのS(社会)に直結する価値創造です。

人的資本と多様性(S)|2030年目標群と「多様な人材」の重点課題化

写真フィルムからヘルスケアへの事業転換を成し遂げた富士フイルムにとって、人材は変革の原動力です。同社は「多様な人材の育成と活用」をサステナビリティ計画(CSRプラン)の重点課題に位置づけ、2030年に向けた目標群——女性活躍の推進、育児・介護による離職の抑制、法定を上回る障がい者雇用、外国籍人材の採用など——を設定して進捗を開示しているとされます。

事業転換の歴史を持つ会社らしく、「既存事業の人材を再教育して新領域へ」という人材流動の実績も同社の人的資本の強みです。人的資本経営の観点では、多様性の目標と事業戦略の結びつきを開示で示す好例といえます。

ガバナンス(G)|社外取締役と実効性評価

取締役会は11名のうち社外取締役が5名(4割超)とされ、コーポレート・ガバナンス・ガイドラインの制定や、取締役会の実効性評価の結果公表など、コーポレートガバナンス・コードに沿った運営を続けています。

M&Aを重ねてヘルスケア企業へ変貌した同社では、大型投資の監督がガバナンスの焦点です。E(環境)だけでなく、事業ポートフォリオ転換を支えた統治の仕組みまで見ると、同社のESG経営の底力が見えてきます。

06

まとめ|富士フイルムのESG経営から学べること

富士フイルムのESG経営は、本業消失という危機を、事業転換で乗り越えた「レジリエンス」に特徴がありました。写真技術を健康分野へ転用し、社会課題の解決を成長につなげたのです。その取り組みは、CDPの気候・水でのA評価や、SBT認定という形でも裏づけられています。

他社が学べるポイントは、2つに整理できます。第一に、市場が激変しても、本業の技術を別の社会課題へ向け直す柔軟さです。第二に、自社の排出削減だけでなく、製品を通じて社会全体の課題解決に貢献する発想です。危機をESG的な価値創造の機会へと変えたこと。ここに最大の学びがあると言えます。

ESG先進企業の事例には、自社を見直すヒントが詰まっているはずです。greenoteでは、国内外の先進企業の分析を世界のESG先進企業 特集で順次お届けしています。あわせて、花王のESG経営を分析もご覧いただければ幸いです。

FAQ

よくある質問(FAQ)

Q. 富士フイルムのESG経営の特徴は何ですか?

最大の特徴は、本業だった写真フイルム市場の急減を、事業構造の大転換で乗り越えた「レジリエンス(しなやかな強さ)」にあります。写真技術をヘルスケアや高機能材料に応用し、社会課題の解決を新たな成長につなげてきました。この変革を支えるのが、ESG戦略「Sustainable Value Plan 2030」です。

Q. 富士フイルムのCDP評価はどうなっていますか?

富士フイルムホールディングスは、環境情報開示の国際イニシアチブCDPの気候変動・水セキュリティの分野で、最高評価のA(Aリスト)に選定された実績があります。さらに、CO2削減目標はSBT(科学的根拠にもとづく目標)イニシアチブにより、パリ協定の1.5℃目標に整合する目標として認定されています。なお評価は毎年見直されます。

Q. 富士フイルムの脱炭素目標はどのような内容ですか?

富士フイルムは、製品のライフサイクル全体で生じるCO2排出を、2030年度までに2019年度比で50%削減する目標を掲げています。自社の排出削減に加え、環境性能の高い「環境価値製品」を通じて社会全体の排出削減にも貢献する考え方が特徴です。なお目標は時点により見直される場合があります。

Q. 富士フイルムはなぜヘルスケアに力を入れているのですか?

写真フイルムの開発で培ったコラーゲンや抗酸化、ナノ分散などの技術が、医薬品や化粧品、医療画像、再生医療といった健康分野に応用できるためです。本業の技術を人々の健康という社会課題の解決に向けることで、社会価値と事業成長を同時に実現しています。これはESGのS(社会)に直接つながる取り組みです。

Q. 富士フイルムの「Sustainable Value Plan 2030」とは何ですか?

富士フイルムが2017年に策定したCSR(ESG)計画で、2030年度を目標年とするものです。環境・健康・生活・働き方といった分野で、事業を通じて社会課題を解決することを目指しています。CO2や水の削減目標もこの計画に位置づけられ、事業活動と社会課題解決を結びつける枠組みになっています。

Q. 富士フイルムのESG経営から企業が学べることは何ですか?

第一に、市場環境が激変しても、本業の技術を別の社会課題へ転用して生き残る「事業転換のレジリエンス」です。第二に、自社の排出削減だけでなく、製品を通じて社会全体の課題解決に貢献する発想です。危機をESG的な価値創造の機会に変えた点が、最大の学びと言えます。

Sources

出典・参考(一次情報)

※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。

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サステナビリティ実務・編集統括

ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。

最終更新日:2026年6月20日

この記事の著者

greenote編集部

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