生物多様性クレジットとは|仕組みとカーボンクレジットとの違い・課題をわかりやすく解説

2026.06.15
生物多様性

気候変動に「カーボンクレジット」があるように、自然の保全にも、貢献を見える化して取引する仕組みが生まれつつあります。それが、生物多様性クレジットです。いま、世界的に関心が高まる新しい分野といえます。

生物多様性クレジットとは、自然の保全や回復という前向きな成果を測定し、取引できる単位にした仕組みです。ネイチャークレジットとも呼ばれます。企業が購入することで、自然を守る活動に資金を届けられます。

本記事では、生物多様性クレジットの基本から、カーボンクレジットとの根本的な違い、国内外の動き、企業に期待される役割、そして測定や信頼性をめぐる課題までを、最新の動向をふまえて整理します。

目次

生物多様性クレジットとは

まずは生物多様性クレジットの基本を押さえましょう。「自然への貢献を見える化する」という発想が見えてきます。

生物多様性クレジットとは|自然の成果を取引する

生物多様性クレジットは、森林や湿地、海洋といった自然を保全・回復した「成果」を、一定の単位に換算したものです。その単位を、企業などが購入します。資金は、自然を守る活動の担い手へと流れていきます。

ねらいは、自然への貢献を客観的な形で示せるようにすることです。「自然を大切にしています」という言葉ではなく、保全の成果という裏づけをもって、取り組みを説明できます。お金の流れと自然の回復を結びつける、新しい発想の仕組みです。

生物多様性クレジットの基本的な流れ

お金の流れと自然の回復を結びつける

1

保全・回復

森林・湿地・海洋などの自然を守り、回復させる。

2

測定・クレジット化

成果を測定し、取引できる単位(クレジット)にする。

3

企業が購入

企業などがクレジットを購入する。

4

資金が届く

資金が保全活動の担い手に届き、次の保全へ。

自然への貢献を、言葉ではなく保全の成果として客観的に見える化します。

なぜ今、注目されるのか

背景にあるのは、2022年のCOP15で採択された、昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)です。ここで、2030年までに陸と海のそれぞれ30%を保全する「30by30」や、生物多様性の損失を止めて回復に向かわせる「ネイチャーポジティブ」という目標が掲げられました。

これらの目標を実現するには、巨額の資金が要ります。しかし、自然保全に回るお金は、まだ大きく不足しているのが現実です。この資金不足を、民間の力で埋める手段の一つとして、生物多様性クレジットへの期待が高まってきました。ネイチャーポジティブの全体像は、関連記事のネイチャーポジティブとは|2030年目標と企業に求められる対応もあわせてご覧ください。

生物多様性オフセットとの違い

似た言葉に、「生物多様性オフセット」があります。これは、開発などで生じた自然への損失を、別の場所での保全によって埋め合わせる考え方です。差し引きでマイナスを出さない「ノーネットロス」を目指すのが基本です。

一方、近年広がる生物多様性クレジットは、埋め合わせにとどまりません。損失の穴埋めを超えて、自然をプラスに回復させる前向きな貢献を後押しする手段として語られるようになりました。ただし、用語の使われ方はまだ固まっておらず、文脈によって幅がある点には注意が必要です。

カーボンクレジットとの違い

よく比較されるカーボンクレジットとは、根本的な性質が異なります。両者を整理しましょう。

カーボンクレジットとの違い

「測りやすさ」が大きく違う

↓ 単一の単位にできるか、できないか ↓

カーボンクレジット

  • 単位は「CO2換算1トン」
  • どこで削減しても価値は同等
  • 単一指標で世界共通・取引しやすい

生物多様性クレジット

  • 単位を一つに決めにくい
  • 生態系・種・生息地ごとに地域固有
  • 標準化が難しく市場は発展途上

生物多様性は多面的・地域固有のため、炭素のように単純化できません。

炭素は「単一・世界共通」の単位

カーボンクレジットが扱う温室効果ガスは、「CO2換算1トン」という単一の指標で測れます。二酸化炭素を1トン減らす価値は、削減した場所が日本でもブラジルでも、基本的に同じとみなせます。

この「どこでも同じ」という性質が、取引を容易にしています。世界共通のものさしがあるからこそ、国境を越えた市場が成り立ちます。カーボンクレジットが先行して普及できたのは、この測りやすさが大きな理由です。仕組みの詳細は、関連記事のカーボンクレジットとは|仕組みと種類・購入の流れをわかりやすく解説もあわせてご覧ください。

生物多様性は「多面的・地域固有」

生物多様性は、そう単純にはいきません。森林、湿地、サンゴ礁——生態系は場所ごとにまるで違います。そこに暮らす種も、生息地の質も、地域によって固有のものです。ある森の保全と、別の海の保全を、同じ「1単位」で比べることには無理があります。

つまり、生物多様性には「CO2換算1トン」のような、誰もが納得する単一の単位がありません。多面的で、地域に深く根ざしている。この複雑さこそが、生物多様性クレジットを難しくしている本質です。

標準化の難しさという壁

単位が決めにくいことは、市場づくりの大きな壁です。何をもって「自然が1単位ぶん改善した」とするのか。その測定方法に共通の基準がなければ、買い手は安心してクレジットを購入できません。

このため、生物多様性クレジットの世界では、測定方法の標準化が最重要の課題となっています。さまざまな機関や国が、信頼できるものさしづくりに取り組んでいる最中です。市場が本格的に育つかどうかは、この標準化の進み具合にかかっています。

仕組みと国内外の動き

生物多様性クレジットは、まだ発展の途上にあります。仕組みと最近の動きを見ていきましょう。

保全・回復の成果をクレジット化する流れ

クレジットが生まれる基本の流れは、こうです。まず、対象となる自然の保全や回復に取り組みます。次に、その成果を定められた方法で測定し、クレジットという単位に換算します。そして、第三者の検証を経て、企業などに販売されます。

得られた資金は、さらなる保全活動に充てられます。重要なのは、その活動が「追加的」であることです。クレジットによる資金がなければ実現しなかった保全であってこそ、価値が認められます。ただ既にある自然を数えるだけでは、意味を持ちません。

発展途上の自主的市場と方法論

現在の生物多様性クレジットは、法律で義務づけられたものではなく、主に自主的な市場で取引されています。市場の規模は、まだ小さいのが実情です。黎明期にある分野だといえます。

測定の方法論(メソドロジー)も、さまざまな団体が開発を競っている段階です。生息地の面積や質、種の豊かさなど、何を指標にするかは取り組みごとに異なります。共通の土台づくりは、まさにこれからの課題といえるでしょう。

英国のネットゲインなど海外の動き

海外では、先行する動きも見られます。たとえば英国は、開発にあたって生物多様性を一定割合プラスにすることを求める「生物多様性ネットゲイン」という制度を導入しました。開発の前後で、自然を差し引きプラスにする発想です。

このほかにも、各国でさまざまなパイロット(試行)プロジェクトが進められています。国際的な原則づくりの動きも始まりました。世界全体で、信頼できる生物多様性クレジットの形を模索している段階にあります。

企業に期待される役割

生物多様性クレジットは、企業にとってどんな意味を持つのでしょうか。期待される役割を整理します。

広がる「自然の資金ギャップ」を埋める

生物多様性の保全には、世界全体で巨額の資金が必要とされています。しかし、現状で投じられている額は、必要な水準には程遠いのが現実です。この差が、「自然の資金ギャップ」と呼ばれる問題です。

公的な資金だけで、この大きなギャップを埋めるのは困難です。そこで鍵を握るのが、民間企業の資金です。生物多様性クレジットは、企業の資金を自然保全へと呼び込むパイプの役割を期待されています。

ネイチャーポジティブへの貢献

多くの企業が、ネイチャーポジティブへの貢献を掲げ始めています。とはいえ、自社の事業活動だけで自然へのプラスを生み出すのは、容易ではないのが実態です。そこで、生物多様性クレジットの購入が、貢献を補う有力な選択肢です。

自社で守りきれない部分を、専門の担い手による保全活動を通じて支える。その貢献を、クレジットという形で示せます。事業の脱炭素と並んで、自然への配慮を経営に組み込む動きが広がっています。

TNFDなど情報開示との接続

近年、企業に対して、自然関連のリスクや取り組みの開示を求める動きが強まっています。その代表が、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みです。生物多様性クレジットの活用は、こうした開示のなかで、自然への貢献を語る具体的な材料になります。

ただし、クレジットを買うこと自体が目的化してはいけません。まず自社の事業が自然に与える影響を減らし、その上で補完的にクレジットを活用する。この順序が大切です。TNFDの詳細は、関連記事のTNFDとは|自然関連財務情報開示の枠組みとLEAPアプローチもあわせてご覧ください。

課題とリスク

期待が大きい一方で、見過ごせない課題もあります。冷静に押さえておきましょう。

生物多様性クレジットの主な課題

期待が大きい一方で、冷静に押さえたい論点

測定・標準化

何をもって「改善」とするか。共通の基準づくりが難しい。

追加性・永続性

その資金がなければ実現しなかった保全か。効果は長続きするか。

グリーンウォッシュ

見せかけの貢献や二重計上を防ぐ、信頼性の確保。

地域コミュニティ

現地の住民や先住民の権利と、利益の公正な分配への配慮。

質を慎重に見極め、透明性と検証を確保することが信頼の生命線です。

測定と標準化の難しさ

くり返しになりますが、最大の課題は測定と標準化です。生物多様性は多面的なため、改善の度合いを数値で示すのは簡単ではないのです。基準がばらばらでは、クレジットどうしを比べることも、信頼することも難しくなります。

信頼できる共通のものさしをどうつくるか。これは、市場全体の信用に関わる根本問題です。標準化が未成熟なうちは、クレジットの質を慎重に見極めることが大切です。

追加性・永続性とグリーンウォッシュ

クレジットの信頼性を支えるのが、「追加性」と「永続性」です。その資金がなければ実現しなかった保全か(追加性)。回復した自然は、その後も保たれるのか(永続性)。これらが曖昧だと、貢献の実態が伴いません。

質の低いクレジットを「自然に貢献した」と喧伝すれば、見せかけの環境配慮、すなわちグリーンウォッシュとの批判を招きます。同じ成果が二重に数えられる二重計上のリスクもあります。透明性と検証が、信頼の生命線です。見せかけを見抜く視点は、関連記事のグリーンウォッシュとは|見せかけの環境配慮を見抜く視点と企業の対応もあわせてご覧ください。

地域コミュニティへの配慮

自然の保全は、その土地に暮らす人々と切り離せません。保全活動の現場には、地域の住民や先住民(IPLC)がいます。彼らの権利を尊重し、活動から生まれる利益を公正に分かち合うことが求められます。

外部の資金や論理だけで進めれば、現地との摩擦を生みかねません。地域の人々を活動の主体として尊重し、ともに進めることが何より重要です。生物多様性クレジットの真価は、自然と地域の双方を豊かにできるかにかかっています。

まとめ|「自然への投資」を支える仕組み

生物多様性クレジットは、自然への貢献を見える化し、資金を呼び込む、生まれたばかりの仕組みです。最後に、要点を振り返りましょう。

  • 生物多様性クレジットとは、自然の保全・回復の成果を測定し、取引できる単位にした仕組み
  • 背景には、GBF(昆明・モントリオール生物多様性枠組み)の30by30やネイチャーポジティブという国際目標がある
  • カーボンクレジットが単一・世界共通の単位なのに対し、生物多様性は多面的・地域固有で標準化が難しい
  • 企業には、自然の資金ギャップを埋め、ネイチャーポジティブへの貢献やTNFD開示に活かす役割が期待される
  • 課題は、測定・標準化/追加性・永続性/グリーンウォッシュ/地域への配慮で、質の見極めが重要

生物多様性クレジットは、万能の解決策ではありません。まず事業の影響を減らし、その上で補完的に活かす。質を見極め、地域とともに進める。そうした誠実な姿勢があってこそ、この仕組みは「自然への投資」を本物にしていきます。ESG・サステナビリティの全体像はESGとは|意味・E/S/G・情報開示・投資まで完全ガイドもあわせてご覧ください。greenoteでは、ESG・サステナビリティ開示の実務情報を、これからもお届けしていきます。

出典・参考(一次情報)

※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。

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ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。

最終更新日:2026年6月20日

この記事の著者

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