毎年、COPの直前になると、世界に冷や水を浴びせる一冊の報告書が公表されます。各国がどれだけ「やる」と言っても、実際にはまるで足りていない——その差を、容赦なく数字で突きつけるのが、排出ギャップ報告書です。
排出ギャップ報告書とは、国連環境計画(UNEP)が毎年公表する、目標と現実の排出量の「差」を示す報告書です。最新の2025年版でも、世界は1.5℃の目標から大きく外れている、と評価されました。
本記事では、排出ギャップ報告書の役割から、最新版が示す現状、ギャップを埋めるために必要な削減、IPCCやパリ協定との関係、そして企業・実務への示唆までを、最新情報をふまえてわかりやすく解説します。
≡目次
- 1排出ギャップ報告書とは
- ►排出ギャップ報告書とは|UNEPが毎年公表
- ►「ギャップ」とは何か|目標と現実の差
- ►COP前の重要なインプット
- 2最新版(2025年)が示す現状
- ►排出量は過去最高水準
- ►現行政策では約2.8℃の見通し
- ►NDCを完全実施しても2.3〜2.5℃
- 3ギャップを埋めるために必要な削減
- ►1.5℃には2030年に約40%削減(2019年比)
- ►2℃には2030年に約25%削減
- ►縮まらないギャップと「Off target」
- 4他の報告書・枠組みとの関係
- ►IPCC(科学)との違いと補完
- ►パリ協定・グローバルストックテイクとのつながり
- ►主要排出国(G20)の責任
- 5企業・実務への示唆
- ►政策強化の圧力が高まる
- ►1.5℃と整合する目標へ
- ►ギャップを自社の機会と捉える
- 6まとめ|ギャップは「行動の余地」
排出ギャップ報告書とは
まずは排出ギャップ報告書の位置づけを押さえましょう。なぜ毎年注目されるのかが見えてきます。
排出ギャップ報告書とは|UNEPが毎年公表
排出ギャップ報告書(Emissions Gap Report)は、国連環境計画(UNEP)が毎年公表している報告書です。世界の温室効果ガス排出量が、各国の政策や目標のもとでどこへ向かうのかを分析し、パリ協定の目標達成に必要な水準と比べます。
毎年公表される点が、大きな特徴です。気候対策の進み具合を、定点観測のように追いかけます。世界がいま、目標に対してどの位置にいるのか。それを最新のデータで示す、年次の通信簿のような存在です。
「ギャップ」とは何か|目標と現実の差
報告書の核心にあるのが、「ギャップ(差)」という概念です。これは、各国が表明している目標や現在の政策のもとで予測される将来の排出量と、1.5℃や2℃の目標を達成するために必要な排出量との「差」を指します。
このギャップが大きいほど、目標達成から遠いということです。報告書は、毎年このギャップの大きさを定量的に示すのです。「努力している」という言葉ではなく、「あと何割削減が足りないのか」という数字で、現実を可視化するのです。
COP前の重要なインプット
排出ギャップ報告書は、例年、COP(気候変動の国際会議)の直前に公表されます。これには、明確な狙いがあるためです。交渉に臨む各国に、最新の現状認識を共有し、対策の強化を促すねらいがあるのです。
報告書が示す厳しい数字は、COPの議論の出発点になります。「これだけ足りていない」という共通認識があってこそ、より野心的な合意への圧力が生まれます。科学とデータが、国際交渉を後押しする。その役割を担う報告書です。パリ協定とCOPの仕組みは、関連記事のパリ協定とCOPとは|1.5℃目標・NDC・グローバルストックテイクもあわせてご覧ください。
最新版(2025年)が示す現状
最新の排出ギャップ報告書は、依然として厳しい現実を突きつけました。主な数字を整理しましょう。
2100年の気温見通し(EGR 2025)
現行政策もNDCも、パリ協定の目標から外れている
現行政策のまま
約2.8℃
いま実施されている政策だけを続けた場合
NDCを完全実施
2.3〜2.5℃
各国が表明済みの目標をすべて達成しても
パリ協定の目標
1.5℃
2℃を十分下回り、1.5℃を目指す
目標を達成しても1.5℃には届かない=目標そのものの引き上げも必要、という二重の課題です。
出典:UNEP Emissions Gap Report 2025
排出量は過去最高水準
最新版がまず指摘するのが、世界の温室効果ガス排出量が、過去最高水準を更新し続けているという事実です。減少に転じるどころか、依然として増え続けているのが現実です。
対策の重要性が叫ばれて久しいにもかかわらず、世界全体の排出量はまだ頭打ちになっていません。この出発点の厳しさが、その後の見通しを一層難しいものにしています。まずこの現実を直視することが、議論の前提です。
現行政策では約2.8℃の見通し
では、いまのままだとどうなるのでしょうか。2025年版は、各国が現在実施している政策のままでは、21世紀末に世界平均気温が約2.8℃上昇する見通しだと示しました。
1.5℃や2℃という目標と、この2.8℃という見通しの隔たりは、あまりにも大きいものです。現行の政策だけでは、パリ協定の目標には到底届きません。この事実が、対策の抜本的な強化を求める根拠になっています。
NDCを完全実施しても2.3〜2.5℃
では、各国が表明済みの目標を守ればどうなるのでしょうか。報告書は、各国がNDC(国が決定する貢献)を完全に実施した場合でも、約2.3〜2.5℃の上昇が見込まれるとしています。
つまり、いま掲げられている目標をすべて達成しても、なお1.5℃には届きません。目標そのものが、まだ不十分だということです。現行政策との差を埋めるだけでなく、目標自体を引き上げる必要がある。報告書は、その二重の課題を浮き彫りにしています。
ギャップを埋めるために必要な削減
目標と現実の差を埋めるには、どれだけの削減が必要なのでしょうか。具体的な数字を見ていきましょう。
排出ギャップとは
目標と現実の「差」を、必要な削減で埋める
表明目標と必要削減の差は、依然として大きく縮まっていません。
出典:UNEP Emissions Gap Report 2025
1.5℃には2030年に約40%削減(2019年比)
報告書は、必要な削減量を数字で明示しています。地球温暖化を1.5℃に抑える経路では、世界の温室効果ガス排出量を、2030年までに2019年比で約40%削減しなければなりません。
排出量がまだ増えている現状から、わずか数年でこの水準まで減らす。それがどれほど急激な転換を意味するかは、明らかです。残された時間を考えれば、この数字は極めて野心的です。科学的根拠に基づく削減目標は、関連記事のSBTとは|科学的根拠に基づく削減目標もあわせてご覧ください。
2℃には2030年に約25%削減
より緩やかな2℃目標でも、相応の削減が欠かせません。報告書は、2℃に抑える経路では、2030年までに約25%の削減が必要だとしています。
1.5℃に比べれば小さい数字に見えるかもしれません。しかし、増え続ける排出量を減少に転じさせ、4分の1まで削減するのは、容易なことではありません。1.5℃であれ2℃であれ、いまのペースでは届かない。それが、報告書が示す現実です。
縮まらないギャップと「Off target」
最も憂慮すべきは、このギャップがなかなか縮まっていないという点です。毎年報告書が警鐘を鳴らしているにもかかわらず、表明目標と必要削減との差は、大きいままです。
2025年版は、世界が目標から外れている状態を「Off target」と表現しました。やるべきことは分かっているのに、行動が追いついていない。このギャップこそ、いま世界が直面している最大の課題だといえるでしょう。
他の報告書・枠組みとの関係
排出ギャップ報告書は、単独で存在するわけではありません。IPCCやパリ協定との関係を整理しましょう。
気候の主要な報告書・枠組みの関係
科学・進捗点検・国際合意が補い合う
評価報告書(AR)
気候科学全般の到達点を、数年がかりでまとめる。すべての対策の「科学的な土台」となる報告書。
排出ギャップ報告書
毎年、世界の排出量と目標の「差」を点検。いま、どれだけ削減が足りていないかを数字で示す。
パリ協定・GST
国際合意の枠組み。5年ごとのグローバルストックテイク(GST)で世界全体の進捗を評価する。
排出ギャップ報告書は、IPCCの科学とパリ協定の進捗評価を、毎年の数字でつなぐ役割を担います。
出典:IPCC・UNEP・UNFCCCの各報告書/枠組みをもとに作成
IPCC(科学)との違いと補完
よく似た報告書に、IPCCの評価報告書があります。両者は、役割が異なります。IPCCは、気候科学全般の到達点を、数年がかりでまとめます。一方、排出ギャップ報告書は、UNEPが毎年、排出量と目標の差に絞って公表します。
IPCCが「科学的な土台」を示すとすれば、排出ギャップ報告書は「いま、目標にどれだけ足りていないか」を毎年点検する役割です。両者は競合せず、補完し合っています。IPCCの知見は、関連記事のIPCC第6次評価報告書(AR6)の要点|1.5℃目標と必要な削減もあわせてご覧ください。
パリ協定・グローバルストックテイクとのつながり
排出ギャップ報告書は、パリ協定の仕組みとも深く結びついています。パリ協定には、世界全体の進捗を評価するグローバルストックテイク(GST)がありますが、排出ギャップ報告書は、その進捗を毎年補足する役割を果たします。
各国がNDCを引き上げる際にも、報告書が示すギャップは重要な参考です。「あとどれだけ足りないか」という数字が、目標強化の根拠になるのです。国際的な仕組みを、データの面から支える存在といえます。
主要排出国(G20)の責任
報告書はまた、排出量に占める主要国の比重の大きさにも注目します。世界の排出量の多くは、G20(主要20か国・地域)に集中しています。だからこそ、これらの国々の行動が、ギャップを埋める鍵を握っているといえます。
主要排出国が対策を強化しなければ、世界全体のギャップは縮まりません。報告書は、責任の大きい国々に対し、より野心的な目標と行動を求めています。公平性の観点からも、重要な論点です。
企業・実務への示唆
ギャップが埋まらない現実は、企業にも影響します。実務への示唆を整理しましょう。
政策強化の圧力が高まる
ギャップが大きいままであるという事実は、各国政府に対策強化を迫ります。その結果は、炭素価格の導入や引き上げ、規制の強化といった形で、企業の事業環境に及んできます。
ギャップが埋まらないほど、将来の政策強化の圧力は高まります。つまり、報告書が示す厳しい数字は、めぐりめぐって企業の負担やルール変更につながりうるのです。国際的な進捗を追うことは、政策リスクの先読みでもあります。カーボンプライシングの動向は、関連記事のカーボンプライシングとは|カーボンニュートラルに向けた手法と日本の動向もあわせてご覧ください。
1.5℃と整合する目標へ
報告書が示す1.5℃の道筋は、企業の脱炭素目標の科学的な基準にもなります。世界が必要とする削減ペースを踏まえ、自社の目標を設定する。それが、投資家や取引先からの信頼につながります。
世界全体が目標から外れているからこそ、先んじて1.5℃と整合する目標を掲げる企業の価値は、相対的に高まるはずです。ギャップを直視し、自社の取り組みを前倒しする姿勢が問われています。
ギャップを自社の機会と捉える
ギャップは、課題であると同時に、裏を返せば「埋めるべき余地」でもあります。脱炭素に向けた大きな需要が、そこには眠っています。省エネ、再エネ、新技術——ギャップを埋める取り組みは、新たな事業機会にもなりえます。
リスクとして身構えるだけでなく、ギャップを機会として捉える視点も大切です。世界が目標に届いていないという現実は、それを埋める解決策に大きな価値があることの裏返しでもあります。サステナビリティ経営の全体像は、関連記事のサステナビリティ経営とは|ESGを統合する考え方と進め方もあわせてご覧ください。
まとめ|ギャップは「行動の余地」
排出ギャップ報告書は、目標と現実の差を毎年突きつける、厳しくも重要な報告書です。最後に、要点を振り返りましょう。
- 排出ギャップ報告書は、UNEPが毎年COP前に公表し、目標と現実の排出量の「差(ギャップ)」を数字で示す
- 最新の2025年版では、排出量は過去最高水準を更新し、現行政策では約2.8℃、NDC完全実施でも2.3〜2.5℃の見通しで、目標から外れている(Off target)
- 1.5℃には2030年までに2019年比で約40%、2℃には約25%の削減が必要だが、ギャップは縮まっていない
- IPCC(科学)やパリ協定・GSTを補完し、主要排出国(G20)の責任を問う
- 企業には、政策強化への備え、1.5℃と整合する目標、そしてギャップを機会と捉える視点が求められる
排出ギャップ報告書が示すギャップは、絶望のための数字ではありません。それは、これから埋めるべき「行動の余地」です。差の大きさを直視し、できることから着実に動く。その積み重ねが、ギャップを少しずつ縮めていきます。ESG・サステナビリティの全体像はESGとは|意味・E/S/G・情報開示・投資まで完全ガイドもあわせてご覧ください。greenoteでは、ESG・サステナビリティ開示の実務情報を、これからもお届けしていきます。
出典・参考(一次情報)
※ 本記事は上記の一次情報をもとにgreenote編集部が整理しています。最新の内容は各公式サイトでご確認ください。
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greenote編集責任者
サステナビリティ実務・編集統括
ESG・サステナビリティ開示・脱炭素分野の一次情報を継続的に確認し、greenote掲載記事の企画・編集・公開に責任を持っています。官公庁・国際機関の公式情報に基づく編集方針を統括しています。
最終更新日:2026年6月20日