「気候変動リスクが経営に関わるとは聞くが、具体的に何を・どう評価すればよいのか分からない」。サステナビリティやIRの現場では、そうした悩みをよく耳にします。
気候変動リスクとは、気候変動が企業の事業や財務に与える負の影響を指します。大きく「物理的リスク」と「移行リスク」の2つの軸に分けて整理するのが基本です。さらに、リスクの裏側には新たな事業機会も存在します。
本記事では、気候変動リスクの全体像、物理的リスクと移行リスクの中身、気候関連の機会、シナリオ分析の考え方、そしてTCFDの4本柱に沿った対応手順と実務ステップを順に解説します。実務の判断に使える形へ整理しました。お役に立てれば幸いです。
物理的リスク
急性:台風・豪雨・洪水・熱波
慢性:平均気温の上昇・海面上昇
※気温が上がるほど増大
移行リスク
政策:炭素税・規制強化
技術・市場:脱炭素技術・需要変化
評判:投資家・消費者の評価
※脱炭素が急ぐほど増大
≡目次
- 1気候変動リスクとは|物理的リスクと移行リスクの2軸
- ►気候変動リスクの定義と2つの軸
- ►なぜ経営・財務の課題になるのか
- ►TCFDが示したリスクの枠組み
- 2物理的リスク|急性リスクと慢性リスク
- ►急性リスク(洪水・台風・熱波)
- ►慢性リスク(平均気温・海面上昇)
- ►サプライチェーンへの波及
- 3移行リスク|政策・技術・市場・評判
- ►政策・規制リスク(炭素税・規制強化)
- ►技術・市場リスク(脱炭素技術・需要変化)
- ►評判リスク(投資家・消費者の評価)
- 4気候関連の「機会」|リスクの裏側にあるチャンス
- ►資源効率・エネルギー源の機会
- ►製品・サービスと市場の機会
- ►リスクと機会を一体で捉える視点
- 5シナリオ分析|複数の将来像で影響を評価する
- ►シナリオ分析とは何か
- ►1.5℃・2℃・4℃シナリオの考え方
- ►分析結果を戦略へ反映する
- 6TCFDの4本柱に沿った対応手順
- ►ガバナンスと戦略
- ►リスク管理
- ►指標と目標(GHG排出量など)
- 7企業が今から進める実務ステップとつまずき
- ►ステップ1:リスクと機会の洗い出し
- ►ステップ2:シナリオ分析と財務影響の評価
- ►つまずきやすいポイントと対応策
- 8まとめ|気候変動リスクは「リスクと機会」で捉える
- 9よくある質問(FAQ)
気候変動リスクとは|物理的リスクと移行リスクの2軸
気候変動リスクとは、気候変動とその対策が、企業の事業継続や財務に及ぼす影響を指します。投資家や規制当局が注目する、重要な経営テーマのひとつです。まずは2つの軸と、経営課題になる理由を押さえましょう。
気候変動リスクの定義と2つの軸
気候変動リスクは、大きく物理的リスクと移行リスクの2軸で整理できます。物理的リスクは、洪水や猛暑など気候変動の物理現象によるリスクです。移行リスクは、脱炭素社会へ移る過程で生じる政策や市場の変化を指す区分になります。
『範囲が広い気候変動リスク・入門編』の解説でも、この2軸で捉えることが理解の出発点だと示されています。両者は性質が異なるため、分けて評価する必要があります。気温が上がるほど物理的リスクが、脱炭素が急ぐほど移行リスクが大きくなる。そうした関係を頭に入れておくと整理しやすいでしょう。
なぜ経営・財務の課題になるのか
気候変動リスクが経営課題とされるのは、企業価値や財務に直接はね返るためです。災害による工場停止、炭素税によるコスト増、脱炭素に出遅れた製品の競争力低下。いずれも業績を左右する要因です。
GPIFの『気候変動のリスクと機会』でも、長期の投資家にとって気候変動は無視できないテーマだと説明されています。資金の出し手が重視する以上、企業も対応を迫られます。環境部門だけでなく、経営の中枢で向き合うべき課題です。
TCFDが示したリスクの枠組み
気候変動リスクの整理に広く使われるのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みです。TCFDは、リスクを物理的・移行の2軸で分類し、財務情報として開示する考え方を示しました。
この枠組みは、いまではISSBやSSBJの開示基準へと引き継がれています。SSBJ基準の詳細は、関連記事のSSBJ基準とは|適用スケジュール・開示項目・ISSBとの違いをご覧ください。TCFDの分類は、気候リスクを語る共通言語として定着しました。
物理的リスク|急性リスクと慢性リスク
物理的リスクとは、気象災害や気温上昇など、気候変動の物理現象がもたらすリスクです。突発的に起こる「急性リスク」と、長期で進む「慢性リスク」に分かれます。具体例とともに見ていきましょう。
急性リスク(洪水・台風・熱波)
急性リスクは、台風・豪雨・洪水・熱波といった、突発的な異常気象によるリスクです。工場の浸水や物流の寸断、操業停止など、事業に直接的な打撃を与えます。
近年は、想定を超える豪雨や猛暑が各地で頻発しています。一度の災害で生産拠点が止まれば、売上も信用も損なわれます。こうした突発事象への備えが、事業継続計画(BCP)の観点からも問われています。
慢性リスク(平均気温・海面上昇)
慢性リスクは、平均気温の上昇や海面上昇など、長期にわたってじわじわ進む変化です。急性リスクのような派手さはないものの、事業の前提を静かに侵食するものです。
たとえば、農産物の収穫量の変化や、冷却コストの増加、海抜の低い拠点の浸水リスクなどが挙げられます。ゆっくり進むだけに気づきにくい。だからこそ、長期の視点で影響を見積もる姿勢が欠かせません。
サプライチェーンへの波及
物理的リスクは、自社だけでなくサプライチェーン全体に及びます。原材料の産地が被災すれば、調達が滞り、生産も止まりかねません。海外の取引先も例外ではありません。
サッポロビールをゲストに迎えた解説では、対策のカギが「原料」にあると語られています。気候変動が農産物の生育に影響すれば、製品そのものが揺らぎます。自社の拠点だけでなく、調達網全体を見渡す視点が求められます。
| 区分 | 種類 | 具体例 |
|---|---|---|
| 物理的 リスク | 急性 | 台風・豪雨・洪水・熱波による操業停止・浸水 |
| 慢性 | 平均気温の上昇・海面上昇・干ばつ・収穫量の変化 | |
| 移行 リスク | 政策・規制 | 炭素税・排出量取引・規制強化 |
| 技術 | 脱炭素技術への転換・既存設備の陳腐化 | |
| 市場 | 需要の変化・原材料価格の変動 | |
| 評判 | 投資家・消費者からの評価低下 |
移行リスク|政策・技術・市場・評判
移行リスクとは、脱炭素社会へ移行する過程で生じるリスクです。政策・規制、技術、市場、評判という4つの観点で整理されます。気温上昇による被害ではなく、社会の変化そのものがリスク源になる点が特徴です。
政策・規制リスク(炭素税・規制強化)
政策・規制リスクは、脱炭素に向けた政策や規制の強化によるリスクです。炭素税の導入や排出量取引の負担、省エネ規制の強化などが該当します。日本のGX推進法によるカーボンプライシングも、その一例です。
こうした制度は、排出量の多い企業ほど負担を重くします。GX推進法の詳しい内容は、関連記事のGX推進法とは|カーボンプライシングと企業への影響で解説しました。規制の動向を先読みし、早めに備える姿勢が問われます。
技術・市場リスク(脱炭素技術・需要変化)
技術リスクは、脱炭素technologyへの転換に乗り遅れるリスクです。既存の技術や設備が陳腐化し、競争力を失う恐れがあります。市場リスクは、消費者や取引先の需要が脱炭素型へ移ることで生じます。
ガソリン車から電気自動車への移行は、その象徴的な例と言えるでしょう。求められる製品が変われば、対応できない企業は市場を失います。技術と市場の変化は、表裏一体で進むものです。
評判リスク(投資家・消費者の評価)
評判リスクは、気候変動への対応の遅れが、投資家や消費者からの評価低下を招くリスクです。脱炭素に消極的と見なされれば、資金調達やブランド価値にも響きます。
筆者がIR支援の現場で感じるのは、投資家が気候対応を企業評価の一項目として明確に組み込んでいる点です。対応の巧拙が、株主構成や資金調達コストにまで波及します。評判は一度損なうと回復に時間がかかるだけに、軽視できません。
気候関連の「機会」|リスクの裏側にあるチャンス
気候変動は、リスクであると同時に機会でもあります。省エネや再生可能エネルギー、新製品・サービスなど、対応を成長につなげる視点が欠かせません。リスクと機会を一体で捉える考え方を解説しましょう。
資源効率・エネルギー源の機会
省エネや再生可能エネルギーの活用は、コスト削減という機会を生みます。エネルギー効率を高めれば、炭素税の負担も和らぎます。リスク対応が、そのままコスト競争力につながる構図です。
再生可能エネルギーの調達は、移行リスクへの備えにもなるのです。電力コストの安定や、脱炭素を求める取引先への対応という面でも利点があります。守りの投資が、攻めの効果も生む好例です。
製品・サービスと市場の機会
脱炭素のニーズは、新たな市場を切り開きます。環境負荷の低い製品や、省エネを実現するサービスには、世界的に需要が高まっています。先んじて応えた企業ほど、選ばれる立場を得やすいはずです。
前述のサッポロビールのように、原料の課題を製品開発の起点に変える発想もあります。リスクを入口に、新しい価値を生み出す。そうした転換こそ、競争力の源泉です。
リスクと機会を一体で捉える視点
GPIFの解説が「リスクと機会」を併記するように、両者は切り離せません。リスクへの対応は、見方を変えれば機会の発見でもあります。守りと攻めを一体で描く姿勢が、戦略の質を高めます。
開示の場面でも、リスクだけでなく機会を語れるかどうかが問われます。脅威にどう備え、それをどう成長につなげるか。その物語を示せる企業が、投資家の支持を集めます。
シナリオ分析|複数の将来像で影響を評価する
気候変動リスクの評価では、複数の将来シナリオを用いる「シナリオ分析」が中心的な手法です。1.5℃や4℃など、異なる気温上昇の前提で自社への影響を検討します。手順の考え方を整理しましょう。
シナリオ分析とは何か
シナリオ分析とは、起こりうる複数の将来像を描き、それぞれで自社が受ける影響を評価する手法です。未来は一通りではないため、ひとつの予測に頼らず、幅を持って備える狙いがあります。
気候変動は不確実性が高く、将来の姿を断定できません。だからこそ、複数の前提で影響を試す意味があります。最悪のシナリオにも耐えられるか。そうした問いに答える備えが、シナリオ分析です。
1.5℃・2℃・4℃シナリオの考え方
代表的なのが、産業革命前と比べた気温上昇の幅で分けるシナリオです。1.5℃や2℃に抑えられた世界では、脱炭素が急速に進み、移行リスクが膨らみます。一方、4℃上昇する世界では、物理的リスクが深刻化します。
それぞれの世界で、自社が直面するリスクは異なります。脱炭素が進む世界では炭素コストが、進まない世界では災害が脅威になる。両極を想定すれば、どちらに転んでも慌てない準備が整います。
分析結果を戦略へ反映する
シナリオ分析は、行うこと自体が目的ではありません。得られた示唆を、事業戦略や投資判断へ反映してこそ価値が生まれます。分析を「やりっぱなし」にしないことが肝心です。
たとえば、移行リスクが大きいと分かれば、脱炭素投資を前倒しする判断につながるのです。分析と戦略を結び付ける。その往復が、気候変動への実効的な備えを形づくります。
1.5〜2℃シナリオ
脱炭素が急速に進む世界→ 移行リスクが大きい炭素税・規制・市場変化
4℃シナリオ
脱炭素が進まない世界→ 物理的リスクが大きい災害の激甚化・気温上昇
TCFDの4本柱に沿った対応手順
気候変動リスクへの対応は、TCFD提言の4本柱に沿って進めるのが基本です。ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標という枠組みで、開示と対応を組み立てます。各柱の要点を解説しましょう。
ガバナンスと戦略
ガバナンスでは、気候関連課題を監督する体制を示す部分です。取締役会の関与や、担当役員の責任を明確にします。経営トップが関与する姿勢こそ、対応の本気度の表れと言えます。
戦略では、気候変動のリスクと機会が事業へ与える影響を語る部分です。ここでシナリオ分析の結果が活きます。短期・中期・長期の時間軸で、自社の戦略がどう影響を受けるかを描く柱になります。
リスク管理
リスク管理の柱では、気候関連リスクを特定・評価・管理するプロセスを説明します。どのようにリスクを洗い出し、優先順位をつけ、対応するのか。その仕組みを示す部分です。
リスクマネジャーによる開示解説でも、既存のリスク管理の枠組みに気候リスクを組み込む重要性が語られています。気候だけを切り離すのではなく、全社のリスク管理と統合する。その視点が実効性を高めます。
指標と目標(GHG排出量など)
指標と目標の柱では、進捗を測る指標と目標値を開示する部分です。GHG排出量や削減目標が代表例になります。排出量の算定には、サプライチェーン全体を捉えるScope3の把握も関わります。算定方法はスコープ3排出量の算定方法で解説しました。
数値で語ることで、取り組みの実態が伝わります。目標と実績を継続的に開示すれば、改善の姿勢も示せます。指標は、対応の成果を映す鏡です。
ガバナンス
気候課題を監督する体制・取締役会の関与を示す。
戦略
リスクと機会の事業影響をシナリオ分析で描く。
リスク管理
特定・評価・管理のプロセスを全社管理と統合。
指標と目標
GHG排出量や削減目標を継続的に開示する。
企業が今から進める実務ステップとつまずき
気候変動リスクへの対応は、リスクの洗い出し・シナリオ分析・開示という順序で進めると着手しやすくなります。よくあるつまずきも知っておけば、手戻りを防げます。実務の進め方を整理しましょう。
ステップ1:リスクと機会の洗い出し
最初の作業は、自社に関わる気候関連のリスクと機会を洗い出すことです。物理的リスクと移行リスクの観点で、事業やサプライチェーンを点検します。あわせて、機会となりうる領域も拾い上げます。
この段階では、網羅性よりも全体像の把握を優先する姿勢が肝心です。どこに大きな影響がありそうかを掴めば、その後の分析の焦点も定まってきます。まず地図を描くことが、最初の一歩です。
ステップ2:シナリオ分析と財務影響の評価
次に、洗い出したリスクについてシナリオ分析を行い、財務への影響を評価します。複数の将来像で、コストや収益がどう変わるかを見積もる作業です。
すべてを精緻に数値化する必要はありません。まずは影響の大きい項目から、定性的な評価とあわせて進めるのが現実的です。分析の深さは、年を追って高めていけば十分です。
つまずきやすいポイントと対応策
よくあるつまずきが、「分析のための分析」に陥ることです。精緻さを求めすぎて、戦略への反映が後回しになる例が見られます。私たちgreenote編集部が取材したESG担当者からも、分析を意思決定へ結び付ける難しさをよく聞きます。完璧な分析より、意思決定に使える示唆を優先しましょう。
もうひとつは、気候対応を一部門に任せきりにすることです。気候変動リスクは全社に関わるため、経営・財務・事業部門の連携が欠かせません。早い段階で横断体制を整えると、開示も対応も円滑に進みます。
| つまずきやすいポイント | 対応策 |
|---|---|
| 「分析のための分析」に陥る | 完璧さより、意思決定に使える示唆を優先する。 |
| 一部門に任せきりにする | 経営・財務・事業部門の横断体制を整える。 |
| リスクだけで機会を見落とす | リスクと機会を一体で評価し、戦略へ反映する。 |
まとめ|気候変動リスクは「リスクと機会」で捉える
気候変動リスクとは、物理的リスクと移行リスクの2軸で整理される、企業の重要な経営課題です。物理的リスクは災害や気温上昇、移行リスクは政策・技術・市場・評判の変化として現れます。同時に、対応は新たな機会も生み出します。
評価の中心はシナリオ分析で、複数の将来像から影響を見積もります。対応はTCFDの4本柱に沿って組み立て、リスクの洗い出しから開示へとつなげます。気候関連の自然リスクまで視野を広げるなら、関連記事のTNFDとは|4つの柱とLEAPアプローチもあわせてご覧ください。
気候変動リスクは、脅威としてだけでなく、成長の機会としても捉えられます。リスクと機会を一体で描く企業こそ、長期の競争力を確保していくはずです。
よくある質問(FAQ)
Q. 気候変動リスクにはどんな種類がありますか?
大きく「物理的リスク」と「移行リスク」の2つに大別できます。物理的リスクは洪水や台風などの急性リスクと、平均気温の上昇など慢性リスクに分かれる点が特徴です。移行リスクは、炭素税などの政策、脱炭素技術、市場の変化、評判という観点で整理されます。
Q. 物理的リスクと移行リスクの違いは何ですか?
物理的リスクは、気象災害や気温上昇といった気候変動の物理現象そのものがもたらすリスクです。一方、移行リスクは、脱炭素社会へ移行する過程で生じる政策・技術・市場・評判の変化によるリスクを指します。気温が上がるほど物理的リスクが、脱炭素が急ぐほど移行リスクが大きくなる関係にあります。
Q. シナリオ分析とは何ですか?
シナリオ分析とは、気温上昇の異なる複数の将来像を想定し、それぞれで自社が受ける影響を検討する手法です。たとえば1.5℃に抑えられた世界と、4℃上昇した世界では、直面するリスクが異なります。複数の前提で備えることで、不確実な将来への対応力を高めます。
Q. 気候変動リスクの開示は義務ですか?
TCFDに沿った開示は、これまで主に任意で行われてきました。ただし、TCFDの考え方はISSBやSSBJの基準へ引き継がれ、対象となる上場企業では有価証券報告書での開示が求められる流れにあります。任意から制度開示へと位置づけが移りつつあります。
Q. 中小企業も気候変動リスクに対応する必要がありますか?
直接の開示対象は大企業・上場企業が中心ですが、中小企業も無関係ではありません。気象災害による事業中断や、取引先からの脱炭素要請といった形で影響が及びます。まずは自社の事業に関わる物理的・移行リスクを洗い出すことから始めると備えやすくなります。
Q. 気候変動リスクは機会にもなりますか?
なります。省エネや再生可能エネルギーの活用によるコスト削減、脱炭素に対応した新製品・サービスの開発など、リスク対応を成長の機会に変える企業も少なくありません。リスクと機会を一体で捉え、戦略に組み込む視点が重要です。